長編8
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約束が違う

「ええ、駅員や署の人間たち数人が集まってから、昨日の朝から作業を進めていたそうなのですが、難航していたらしくて……

飛び込み自殺というのは車の事故に比べると格段に遺体の損傷がひどくて、遺体の処理にはかなりの時間と労力を要します」

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「そんなことお前に言われなくとも分かっとるわ

そんなことより、仏さんは男か女か?」

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くたびれたブラウンのジャケットの明石が少しいらつきながら、篠原に尋ねる。

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「は、はい!すみません。

亡くなったのは、女性です!

身体のパーツのあらかたが見つかったのは昼過ぎだったようなのですが、どうしても頭部だけが見つかっていなかったそうです。

そしたら線路脇の草むらに不審な男が座ってて……」

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新人の篠原がハンドルを切りながら、助手席に座る明石に事件の報告をしていた。

グレーのスーツは、まるで今日新調したかのように小綺麗だ。

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「線路際の腰の高さほどの草の中に、体育座りしていたみたいで……

作業中の人間の一人が不審に思って近づいたら、なんと、そいつが仏さんの「頭」を抱えてたんです。

それで恐る恐る声をかけたら、何かおかしなことをブツブツ言ってたようで……」

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明石は篠原の横顔を見ながら聞いた。

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「何と言ってたんだ?」

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「約束が違うと」

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「約束が違う?」

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「ええ、約束が違う、約束が違うと言いながら「頭」を抱えていたらしくて、それで昨晩署に連行してきたようです」

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車はF市警庁舎内の地下駐車場に着いた。

二人はエレベーターに乗り込む。

明石は今年54歳になる白髪交じりのごま塩頭のベテラン刑事。

見るからに一癖ありそうなタイプだ。

一緒にいる篠原は、今年からF署に就任してきた新人刑事である。

今回のような鉄道での飛び込み案件の場合、刑事が呼び出されることはほとんどないのだが、現場にいた怪しい男の話から事件の可能性もあるということで二人が駆り出されることになった。

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「どう思う?今回のこの件」

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明石は白髪交じりの頭をかきながら、篠原に尋ねる。

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「いやあ、僕は単なる死体愛好者だと思うんですが……先輩は何か引っかかるところがあるんですか?」

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「いや、まだ分からないのだが、ちょっと気になることがあってね」

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明石がそう言うのには、理由があった。

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今年に入って12月の今日まで、F市では合計37件の自殺があったようだ。

その内の数件なのだが、不審なものがあった。

死に方は、首吊り、睡眠薬、練炭自殺と様々なのだが、そのすべてに二つの共通点があるのだ。

一つは全てが女性だということ。

もう一つは遺体にあることが為されていたということだ。

そして今回のこの件においても同様なことが為されていた

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F署5階 取調室 午後3時

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うなぎの寝床のような殺風景な部屋だ。

一番奥には立て付けの悪そうな窓が一つある。

男はただ俯いて、座っていた。

なぜか紺の作業着姿をしている。

塗装工が仕事で着るようなものだ。

年は50過ぎくらいだろうか。

身長はそんなに高くなく小柄な方だろう。

半分以上が白髪の頭をきれいにオールバックにセットしている。

男の正面にはベテランの明石が座り壁際の机に篠原が座っていた。

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明石が男に聞く。

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「さて、じゃあ、名前と年齢、住所を教えてくれるか」

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男は俯いたまま低い声で答えた。

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「名前は木村信二です。

年は今年で53になります。

住所はF市S町5-2のマンションKです」

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「職業は?」

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「F市の駅の北側で美容室をやっております」

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「ほう、美容室……

それで木村さん、美容室をやっているあんたが何であんなところにあんなものを持って座っていたんだ?」

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「約束をしておりました」

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木村は俯いたまま答えた。

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「約束?約束って、何の約束をしたんだ?」

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「……」

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「言えないのか?」

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「はい、そういうふうな約束でしたから……」

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しばらくの間明石は腕を組んで考えていたが、おもむろに篠原の方を振り向き「例のやつを出してくれ」と言った。

篠原は黒のバッグから素早く大型の茶封筒を出すと、明石に手渡す。

彼は封筒から数枚の写真を出すと、机の上に無造作に置いた。

それを見た木村の表情に一瞬焦りの様子が見えたのを、明石は見逃さなかった。

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「これは今年、F市で起こった数件の自殺現場の写真だ。

あんた、見覚えあるんじゃないか?」

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写真には全て、女性が写っていた。

場所も死に方も年齢も全く違うのだが全員きちんと足を揃えて仰向けに横たわっており、目を閉じてまるで眠っているようである。

しかも舞台俳優のような派手な化粧をしていた。

どう見ても、凄惨な自殺現場の写真とはほど遠い。

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「これ、全部、あんたがやったんだろう」

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柱にかかっている時計の針の音がやけに響く。

時刻はすでに午後5時を過ぎていた。

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木村は長い間黙っていたが、やがて「はい」とポツリと言った。

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「何でこんなことをしたんだ?」

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俯く木村の頭に明石は尋ねる。

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すると彼は観念したのか顔を上げると訥々と語りだした。

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「さっきも申しました通り、私は駅の北側で小さな美容室をしております。

お客さんのほとんどは地元の主婦やOLなどで、常連さんばかりです。

カットや髪染めなどをしている間、女性の方は皆さん、いろいろと下世話な話をされます。

まあ席が一つしかない小さな美容室ですから、お客さんが一人だけのときも多いわけです。

そうするとなかには、借金、旦那のDVなど、結構深刻な話をする方もいらっしゃいます。

その中に何人かですが死にたいと言う人もおられました」

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明石も篠原もただ黙って、この木村という男の話を聞いていた。

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「私は元来世話好きな方でして、そんな深く悩んでいる女性の方々と店以外でも会って話を聞いてあげるようになりました。

まあほとんどの方は聞いてあげればある程度気持ちが収まるのですが、中にどうしようもない人もおられまして、明日死ぬとか物騒なことを言うんです。

もちろん止めるのですが、女性というのは心の中で決めてしまうと曲げない方が多いみたいで肝が据わっているというか、そういう意味では男なんかよりジタバタしませんな

また美しさへの執着も男なんかよりずっと強いです」

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「ただ実際に死ぬとなるとそこはやはり、どなたでも怖いわけです。

それでこの私にいろいろと手伝って欲しいとか付き添って欲しいとか、とんでもないことを言ってくるんです。

当然お断りするわけですが、だったらお金を渡すから死んだ後のことだけでも頼みたいと言うんです。

実はここ最近の不景気もありまして、その、、店の方も売上が良くなくてですね、私も金に困っていたんです。

それて魔が差したというか、つい頼み事を受けてしまったんです」

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「どんなことを?」

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篠原が聞いた。

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「さっきも申しました通り、女性は美しさへの執着がかなり強いです。

だから自分が死んだ後に出来るだけ美しく見えるようにして欲しいと真顔で頼むのです。

私は美容師ですから、そういうことだったら協力できるかもしれませんと、つい言ってしまいました。

だから、してあげたんです。

今から考えるとバカなことをしたものだと反省しております。

一番最初は確か睡眠薬での自殺だったと思います。

一つしてあげると、これが不思議なものでまるで噂を聞き付けたかのように様々な方が来られて、立て続けに数件、頼まれました」

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「どんなふうに?」

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明石がため息をつきながら聞く。

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「先ほど申しました通り最初は睡眠薬で亡くなった方でした。

この場合は、そんなに大変ではありませんでした。

アパートで独り暮らしの若い女性だったのですが、もうこれ以上生きる意味を見いだせないと言ってました。

前もって時間と場所を聞いといて、そこに行きました。

線路脇にある古い二階建てのアパートでした。

あれは確か深夜零時頃だったと思います。

二階一番奥の部屋のドアをそっと開いて中に入り、真っ暗な廊下を懐中電灯を片手に進むと、その方は廊下沿いにある寝室のベッドに眠っているかのように横たわっておりました。

私は枕元に立つと、予め準備していた道具をカバンから取り出し、まず髪型を整え後は丹念に化粧をしてあげました」

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「次は首吊りです。

これは少々骨が折れました。

そこは郊外の古い住宅街にある一軒家でした。

ごくごく普通の初老の主婦の方で、旦那さんと二人暮らしということでした。

あまり深くは聞かなかったのですが、遊びのつもりで行きだしたパチンコでかなりの借金を作ってしまい、旦那にも言えず、とうとうにっちもさっちもいかなくなったということでした。

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確か夏の暑い平日の昼間だったと思います。

広く上品な玄関口を上がり、ピカピカに磨かれた廊下を真っ直ぐ進み、奥にある和室の襖を開けると、いきなり着物姿の女性の背中が視界の高いところに飛び込んできました

死に方は前もって聞いておりましたから前もって持ってきていた脚立を真下に置き登ると、なんとかロープから首を外してあげて畳に降ろします。

それから人間というのは、首を吊ると直後に体の穴という穴から体液が噴出しますので、それを全てきれいに拭き取ってあげました。

首にできた青いアザをごまかすのも大変でした。

全てが終わるのにおよそ2時間はかかったと思います」

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「今回の飛び込み自殺も頼まれたのか?」

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明石がこめかみを押さえながら聞いた。

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「はい、確かに頼まれました。

ただ死に方が違っていた。

約束と違っていたんです。

都内の会社に勤めるベテランOLの方でした。

不倫関係の縺れにもう疲れたと言っておりました。

彼女は睡眠薬でと言ってたんですが、突然電話があって、今から逝きますと……

慌てて今どこにいるんですか?と聞いたら、F駅そばの踏切と言われて……

ちょっと待ってくださいと言ったんですが、ダメでした…」

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「それで、あの現場にいたんだな、「頭」を抱いて」

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「……はい、さすがにあの状態だと無理と思ったのですが、約束もしてましたし、ある程度まとまったお金もいただいていましたから、、、

警察や鉄道関係の方々が線路上で懸命に作業をしているところに私も紛れて、必死に探しました。

服装も今着ています紺の作業着を着て、ばれないようにしました。

そしてようやく『頭』を見つけると抱え、見つからないように草むらの陰に隠れました。

そして血まみれの女性の頭部を地面に置くと、まずこびりついた血を丁寧に拭き取り、いつもの通り髪を整え丹念に化粧をしてあげました。

出来るだけのことはしてあげようと思って……」

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そこまで言うと木村は、机に顔を埋めて嗚咽を上げ出した

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「ウウウ、、、、、、

わたしは、わたしは嫌だった。

本当は嫌だったんだ、、、

でも、あの方たちの一途な目で見られたら、、、」

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木村が篠原に連れられて取調室から出て行った後、明石は考えていた。

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─あの木村という男、たいした罪にはならないだろう。

自殺を手助けしたわけではないし遺体を隠したり損傷させたわけでもない。

ただ遺体の身なりを整えて化粧を施しただけだ……

ただ、

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ただどこか後味の悪い不気味な件だった。

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Fin

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Represented by Nekojiro

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