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中編4
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ごめんくださ~い

これは私が小学校高学年の時の話。

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夏休み中のことだったと思う。

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私の両親は二人で食堂をやっていたから、朝出ていったら夜遅くならないと家には帰って来なかった。

だからいつも二階建ての家にいるのは、1歳下の妹と私の二人だけだった。

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その日は朝からひどく雨が降っていて、私も妹も二階の部屋で二人、コミックを読んだりゲームをしたりして、遊んでいた。

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ちょうど昼頃だっただろうか。

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「ごめんくださ~い!ごめんくださ~い!」

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階下から女の人の妙に甲高い声がした後、当時飼っていた柴犬のジョンの吠える声が聞こえてきた。

その声は二階にまではっきり聞こえてきたから、多分外からではなく、玄関口にまで入り叫んでいるのだろう。

物騒と思われるかもしれないが、昔の田舎というのは、玄関に鍵とかはかけていなかった。

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「ごめんくださーい!誰もいないの~!?」

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私も妹も面倒くさかったから無視していたが、あまりにしつこいから私は部屋の襖を開け、階段の踊り場からこっそり階下を見た。

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玄関口には、小豆色のエプロンをした太ったおばちゃんが立っている。

右手にはタッパを持っている。

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このおばちゃん、私には見覚えがあった。

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うちの裏の大きな家に一人で住んでいる人だ。

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以前は私と同じ年齢の息子と一緒に暮らしていたのだが、不幸にも海の事故で息子を亡くしてしまい、それ以来、人が変わったようになってしまった。

まず笑顔が見られなくなり、道ですれ違っても全く挨拶しなくなった。

それからは門の前にジョンの糞があったと文句を言いに来たり、子供の声がうるさいと、夜中にえらい剣幕で怒鳴り込んできたこととかもあった。

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母は「あの人、うちが息子も娘も、すくすく育って幸せそうにしているから、僻んでるのよ」と言って、笑っていた。

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おばちゃんは一頻り声かけをすると、

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「誰もいないの~!?全く無用心なんだから、、だったらちょっとお邪魔しますよー」

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と一人で怒りながら、何と、サンダルを脱いで勝手に廊下に上がると、真っ直ぐ奥の居間へと歩いていってしまった。

唖然としながら見てると、数分後また玄関まで戻ってきて、サンダルを履いてさっさと出ていった。

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─あのおばちゃん、何してたんだろう?

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私は首をかしげながら階段を降り、居間に行ってみる。

部屋は別に荒らされた形跡とかはなく、朝方の状態のままに見えた。

不思議に思いながら部屋を出るとき食卓のテーブルを見ると、菓子パンが数個置いてある。

そしてその手前にはグラスが二つ、置いてあった。

中にはオレンジジュースが入っている。

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母は私や妹のために、おやつとかジュースとかをテーブルの上に置いてから、仕事に出かけていた。

ちょうど喉が乾いていた私がそのジュースを飲もうとグラスを持ち、口元に運ぼうとした時だ。

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「お兄ちゃん!」

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背後から突然の妹の声に驚いた私は、誤ってグラスを床に落としてしまった。

グラスは粉々に割れ、オレンジ色の液が床のあちこちに飛び散った。

その音に驚いたのかジョンが走ってきて、狂ったように吠えまくる。

母に怒られないように慌てて私は破片を拾い、タオルで床を拭き始めた。

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「兄ちゃん、自分の分落としちゃったから、お前、そのジュース飲んでいいぞ」と妹に言ったが、「いらなーい」と言ってテーブルの上の菓子パンを一つ取ると、そそくさと二階に上がって行った。

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翌朝早く私は母の呼ぶ声で起こされ、眠い目を擦りながら居間へと行った。

すると父と母が深刻な顔をして並び立っている。

その足元には、痩せ細ってしまったジョンが手足を伸ばしてグッタリして横向けに寝ていた。

口からはだらりと舌を垂らしていて、胃の内容物と思われるもので床を汚している。

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「ジョン、死んじゃったの?」

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私が言うと、父は悲しそうな顔で頷き、「朝起きてここに来たら、こんな感じでグッタリしてたんだ」と言って膝まずき、ジョンの頭を優しく撫でる。

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「優太、あなた昨日、ジョンに何か食べさせたりしてない?」

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母の質問に私は首を横に振りながら膝まずき、改めて変わり果てたジョンを見る。

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そして次の瞬間、、、

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背筋をぞくりと冷たい何かが走った。

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ジョンの吐瀉物はオレンジ色の液溜まりの中にあった。

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私はゆっくりと立ち上がると、食卓の上のテーブルの隅にポツンと残されたオレンジジュースの入ったグラスに目をやった。

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─もし、あれを妹が、、、

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そんなことを想像しているとまた、背中にぞくりと冷たいものが走るのを感じた。

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Fin

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