中編4
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人形の家

今から振り返ると結局、あれは何だったんだろう、というようなことが、誰にでもあると思う

そのようなことは、その当時はごく自然な日常なのだが、ふと大人になって改めて思い返すと、ゾッとしたりする

私の場合それは、小学校5年の時の友人Sだった

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Sは色白で痩せていて、あまり感情を表に出さない大人しい少年だった

クラスが同じで、自宅も同じ公営団地の同じ棟の3階で、学校が終わると、よくお互いの家を往き来し、ゲームとかをして遊んでいた

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放課後、私とSは一緒に校門を出ると、猛ダッシュで団地まで走り、コンクリートの階段を一気にかけ上がる

S は「ただいま」と言いながら、赤茶けた金属のドアを開ける

玄関の扉を開くと廊下が真っ直ぐ伸びていて、廊下沿いには二部屋、奥にはリビング、その隣には、和室がある

私の家もSのところも、間取りは全く同じなのだ

Sはもどかしげに薄汚れたスニーカーを脱ぎ、廊下沿いにある自室のドアを開けると、さっさと中に入っていく

私も「お邪魔します」と一言言って、後に従う

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その時、廊下奥にあるリビングの扉は開いていて、ダイニングテーブルの前に座る男の人の背中と、その向かい側に座る女の人が見える

テーブルの向こうにあるリビングのサッシ窓からは強烈な西陽が射し込んでいて、二人の姿に鮮やかな陰影を与えていた

座っているのは多分Sの両親なのだろうと、その時私は思っていた

男の人はきちんと黒髪を七三にセットしていて、白いポロシャツを着ている

肩幅のあるガッチリとした背中だ

背中を向けて座っているから、もちろん顔は分からない

向かい側の女の人の姿は、手前の男の人と重なっていて、はっきりと見ることが出来ないが、肩くらいまでの茶髪に、花柄のエプロンをしていたと思う

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こんな情景は一般的な家族のヒトコマで、特に珍しいことはないだろう

だがSとの仲が深まり、家を訪れる回数が増えていくに連れ、私は少しずつ奇妙な違和感を感じ出す

学校が終わる時間は日によってまちまちだから、Sの家に遊びに行く時間も、もちろんまちまちだ

そして訪れる曜日も二人の気分次第だ

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でも、何時も同じなのだ

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廊下の突き当たりの開け放たれた扉

ダイニングテーブルの前に座る男女

男の人は、こちらに背を向けていて、女の人は、その向かい側に座っていて、その姿ははっきりとは確認出来ない

着ている服も何時も同じだ

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おかしいと感じたことは、まだあった

玄関から奥のリビングまでの距離は、せいぜい4、5メートル

扉は開け放たれていて、大人が二人いるのだから、話し声とか聞こえてきそうなものたが全く無音で、何時もシンと静まりかえっている

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そして、もう一つ、、、

動きがないのだ

男の人は一体何をしているのか、何時も背中を向けて、じっと座っている

向かい側の女の人も何をしているのだろう、エプロン姿でただじっと座っている

その様はあたかもデパートとかにあるマネキン人形のようだった

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ある時、私はSに聞いたことがある

「奥の部屋にいる人、きみの両親なの?」

彼は聞こえているのか、いないのか、ゲームに夢中になっていて、答えることはなかった

それから何度となく同じことを尋ねたのだが、結局最後まで、Sが私のこの問いに答えたことはなかった

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あれから月日は過ぎ去り、中年になった私が久しぶりに、小学校の同窓会に出席した時のこと

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貸し切りのコジャレたレストランに、20人ほどの男女が集まっていた

店内のあちこちに丸テーブルが配置され、その上に置かれた銀のトレイには、色鮮やかなオードブルが並べられている

皆思い思いに丸テーブルを囲み、談笑していた

その姿を見た瞬間に記憶が蘇る者もあれば、頭髪が後退したりお腹が出たりして、全く思い出せない者もいた

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私はSの姿を探すのだが見当たらないので、思わずクラス委員長をしていた女性を捕まえて尋ねてみたが、「え、Sくん?ごめん、思い出せないな

今日は来てないんじゃない」という素っ気ない返事

あと数人、かつてのクラスメイトにSのことを聞いてみたのだが、皆一様に覚えてない、と答える

中には、そんな奴いたかなあ?という者までいた

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帰りの電車の中、、、

日曜日の夜だからなのか、人影は疎らだった

私は長椅子に座り、背後の窓に映る自分の顔を見ながら、Sとの思い出の糸を手繰り寄せていた

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廊下奥に見えたリビングの二人、、、

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その背後から射し込む目映い西陽、、、

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そしてSの部屋でゲームをしたり、コミックを読んだりして、遊んだときのこと、、、

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でも不思議なことに、どうしてもSの顔だけは思い出すことが出来なかった

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私は電車の窓から顔を動かし、ガックリと項垂れると、何気なく足元に視線を移す

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その時だ、、、

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なぜだろう、一瞬で目前の光景が色褪せ、時が止まったような感覚に襲われた

そして何ともいえない気配を感じ、ぞくりと背中が粟立ち、膝が小刻みに震えだす

揃えた靴の前方に、ゆっくり視線を動かしていくと

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そこには、、、

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素足に薄汚れたスニーカーを履いた二本の白い足があった

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私は、津波のように押し寄せる恐怖で顔を上げることが出来なかった

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Fin

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Presented by Nekojiro

Concrete
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