《熱にうかされて》
息子が幼かった頃、インフルエンザにかかった時の話。
高熱は続いているものの、荒かった呼吸が静かな寝息に変わったのを確認した私は、息子を和室に残し溜まっていた家事を片付けていた。
トイレ掃除をしている時だった。
息子のキャアという悲鳴が聞こえ、掃除の手を止めて和室へと向かった。
布団に息子の姿はなかった。
四畳半の和室には小さな床の間がある。息子はそこにいた。
私はすぐに息子の異変に気づいた。
息子は怯えた表情で、床の間の壁にすがるように身を寄せている。名前を呼んでみたが、息子は私を見ない。
涙に濡れた瞳は一点に向けられていた。
私はこれはインフルエンザの熱による異常行動の一つと理解した。当時はそういう問題がニュースに取り上げられていて、私も心にとめておいたので比較的冷静だった。
息子は和室の四隅のうちの一角を見つめていた。眼に涙を溢れさせて。
あああ…
開いた唇は言葉を発しているが、何を言っているのかわからなかった。
私は息子の名を呼びながら、視線を遮りつつゆっくりと息子に近寄った。
息子の前に腰を下ろしたが、私は息子の視線を捉えることができなかった。息子の視線は私を通り越して、その後ろの角に向けられている。
「大丈夫だよ」
私は息子を抱きしめた。しばらくして、息子の顔を覗き込むと息子と目が合った。それから息子は私にしがみついて泣き、そのまま眠ってしまった。
この時の息子の怯え方は異様だった。
高熱による幻覚。
息子には何が視えたのだろうか。
separator
《写真》
一年ほど前から物を減らすため、写真をパソコンに取り込む作業をしている。ついつい写真に見入ってしまうから時間がかかって仕方がない。でも楽しいひとときだ。そんな中私は一枚の写真に手を止めた。
その写真は幼い息子が、二階に上がる階段の前に置いた椅子の上に腹這いになって、手足をバタつかせて遊んでいる写真だった。
写真の中の息子は満面の笑みだ。でも私は可愛らしい息子の写真を見て、寒気を覚えた。
息子の背後、二階へと続く階段には白く透ける大きな丸いモノが写っていた。心霊番組でよく見るオーヴだ。
そのオーヴより少し小さいオーヴが息子の周りにも一つハッキリ写っている。
今より12年ほど前のその写真、記憶にはないが多分当時もそれは写っていたんだと思う。でも埃か何かだろうと、気にすることなく、アルバムにしまいこんでそのままになってしまったのだろう。
私たち家族が家で起こる現象を怪異と認識したのはもっと先のことだ。
この写真が撮られるまでに起こった怪異は二つ。
一つはこの家に越してきてきて間もない頃に娘が、玄関の壁から手が出てきて捕まりそうになったといったこと。当時、娘が必死に訴えてきたのに私はそれを信じなかった。娘に霊感らしきものがあることに気づいていながら、私はそれを否定した。
二つ目。それは私の金縛りだ。金縛りにあうのは昔からなので珍しくはなかった。でもこの家に越してからは金縛りになる前に二階から階段を使って何かが降りてくる気配がして、その何かが私の処にやってきてから身体の自由がきかなくなるのが常だった。でも私はこの自分の感覚を信じることができなかった。
疲れてるんだ。
いつもそう思っていた。
そして
階段。
小学校中学年になる頃から娘はイジメを受ける様になった。
陰湿なイジメだった。その頃から娘は階段に女の人がいると言うようになった。私はそれは娘の精神状態が見せる幻だと思った。
それから数年が経過して、霊能者に霊視してもらった結果、隣家に集まっている霊の一部が、我が家の二階の窓から入ってきているとのことだった。
金縛りの時に二階から何かが階段を使って降りてくるのはそういうことだったのかと、私は納得した。
霊視してもらった時には階段には何もいなかったようだが、今、このオーブが写り込んだ写真を見て思う。
娘の言った通り、階段に女の人はいたのだろう。
ほら、よく見てごらん。
写真の中。
椅子の上に腹這いになって手足を広げている幼い頃の息子。
楽しそうに笑ってる。その息子のそばに白いピンポン玉くらいの大きさのオーブ。
背後の階段には更に大きな白く透けたオーブ。
オーブは階段の下から三段目の処にいる。
今、写真を見つめる私の耳元に届く、この写真から数年後の娘の声。
お母さん、三つ目の階段の処、女の人が立ってるよ。
separator
《だれ?》
「この間寝てたら壁に人の横顔があってびっくりした」
夫が当直で不在の夜のこと。娘と我が家で起こる怪異について話していた時、息子が言った。
我が家の二階は、南東角部屋が娘、南西角部屋が夫の部屋で、その二つの部屋に挟まれているのが息子の部屋だ。
夜(そんなに遅い時間ではありません)眼が覚めた時に、ふと壁に視線が向くと、そこには男の人の横顔があったそうだ。男の口元はモゴモゴと動いていて、何か呟いていたらしい。
「めちゃくちゃ怖かった」
何を言っていたのかは聞き取れなかったし、聞こえたら怖いので布団を被ってそのまま寝たそうだ。
おお 怖い怖い
separator
《娘と話していた怪異について》
以前、霊能者に家を霊視してもらった時、最初は和室については特別何も言われなかった。でも最後に霊能者が我が家に来た時には、和室は空間が歪んでいるといわれてしまった。そこで寝ている私をちょっと考えられないという顔して見てた。それからもう5〜6年経つ。
怪異について話していた時に娘が言った。
「(お母さんが寝てる)和室も結構ヤバい」
何がヤバいんじゃろ?
今でも時々娘はこの和室で私と寝る時あるし、熱帯夜の時は子供たちの部屋にはクーラーがついてないため、和室で一緒に寝てる。窮屈なだけで何の問題もない。
でも娘は言う。
「部屋の角、時々何かいるよ」
前に霊能者が和室の空間捻れてると言った時のこと。娘は何となくわかる様な気がしたらしい。
和室は南東角部屋(二階は娘の部屋)で東に小さな窓、南に庭に出ることができるシャッターつきの窓がある。
その庭にでることができる窓の、向かって右側の角にその何かはいるらしい。娘曰く、そこだけ闇が濃いそうだ。
娘と話していると、息子も同じことを言った。
「俺さあ、子供の頃から時々その和室で、女の人見た」
女の人は、先程娘が言った角にいるという。
私はふと、息子がインフルエンザにかかった時のことを思い出した。
あの時、息子が怯えた眼を向けていた場所も、同じ角だった。息子はその時のことを覚えていないので、確認することはできなかったけれども。
以前投稿したことなので詳細は省くがこの和室、いろんな出来事あった。
和室でiPadを反転させて自分を映してた時に背後に女の人が現れたことがあったが、あれは息子が視た女の人と
同じ女だったのか…?
和室で水神らしきものが現れたこともあったっけ。
霊能者が言った、空間がねじれてるってこういうことなのかな。
作者國丸
《写真》にでてくる。椅子とはスツールのことです。念のため。