画面に映し出された画像を見て、ギョッとした。
そこには、プライベート時であろう、女性の何てことの無い姿が写っていたのだが…
それは、俺の推しアイドルだったのだ。
名前は「サン・ミホノ」
黒髪のショートヘアーに、切れ長の一重と薄めの唇という和風な顔立ちで、レトロな衣装をまとい、一昔前のテクノポップを彷彿とさせる歌とダンスが売りの、異色アイドルだ。
一歩違えば、ダサい、ブスと一蹴されがちな見た目だが…それは独特な、魅力を放つ要素となった。
ハーフ系やカワイイ系が跋扈する今時にしては、珍しい存在だろう。
それに加えて、インターネット以外のメディア媒体には頑として一切出ないから、それがより一層、彼女に不思議な存在感を持たせた。
…とまあ、多々ある要素が良い方に働いて、結果ミホノは、デビューから約二年の間に、大勢の視聴者を獲得した。
デビューしたての頃からファンだった俺は…つい先週、新曲をダウンロードしたばかり。
今朝の今朝まで、生き甲斐だと、ミューズだと思っていたのに。まさかこんな姿を見てしまうとは、夢にも思わなかった。
そして、この写真が…「シューティングゲームの的」だと、久々に再会した友人から聞かされるなんて事も…
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写真の中で町中を徘徊するミホノは、何ともお粗末な格好をしていた。
ダルさが漂う薄汚いピンクのパーカーに、グレーのジャージと安っぽいビニールサンダル…
そして、ボサボサの髪をフードで隠しながら、繁華街の中を脇目も触れず歩きスマホをしている。
「だらしねぇよなー、マジ引く(笑)」
隣で、友人の畑野がケラケラ笑いながら、ビールを飲んでいる。
休暇を持て余していた俺は、ふとした思い付きでこの畑野の家を訪ね、昼間から酒盛りをしていた。
そして、「お前今何にハマってんの?」という俺の何気ない質問に、畑野はニヤリと笑った後、ネットを開き…このミホノの写真を見せてきたのだ。
「え、え、ミホノ…?嘘だ、ウソ!」
「こんな特徴的な顔が他に居るかよ?」
俺は信じられなかった。というか…これが、ゲームの的?俺の困惑をよそに、畑野が続ける。
「ほら、足元見てみろよ?」
そう言ってマウスポインタを、ジャージから出たふくらはぎ辺りに向ける。
見ると…痩せてるというレベルじゃない程に、異様に細い…
いや、細いというか…そのふくらはぎの辺りだけが、「骨」になっていたのだ。
「うわぁっ!」
と思わず後退りをし、遠目でパチパチと瞬きをする。だが、見間違いではなかった。
ミホノの右ふくらはぎが、そこだけ皮膚も肉も筋も無い、骨と化していた。
なのに…ミホノは痛そうにしてないし、血が辺りには一片も無い。どういう事だ?
「これで大体は分かったろ?」
「いやごめん、分かんない…」
「相変わらず鈍いな(笑)ほら…」
骨と化したふくらはぎをクリックする。と…吹き出しが現れ、「20xx年2月24日 ハンドルネーム『ヨリヒト』氏」という一文が。
そして…その下に、
「クソダサwwwwアイドル名乗ってんじゃねーよ!バーカ!」
と言う、非情なコメントが表示されていた。
これだけじゃない。写真の下にあるコメント欄へとスクロールすると、そこには、
「明らかに劣化してて笑う」
「アイドルとしての自覚足りないね」
「この顔付きでアイドル自称は痛い」
「この子アイドル向いてないよね?」
「うっわー…目の保養にならねぇアイドルとか初めてなんだけど」
ショックで全部は覚えていないが、大体こんな感じだったと思う。
とにかく…ずらっと画面一杯に、アンチとおぼしきコメントが軒を連ねていた。
特に…さっき見た「ヨリヒト」って奴は、十個の内の一個には必ずいて…時間を追う毎に、コメントの辛辣さが増していた。
「なんでこんな…」
「何でって、それがこのゲームだからだよ、コメントの攻撃性が強ければ強いほどいいんだ。ほら、こいつとか…」
畑野が、戻るボタンを押して別の場所へと移動した。
「ターゲット一覧」と書かれた、その羅列の一つに、「関財ユウコ」という名前があった。
「確かこの人…生配信で色々問題起こして、炎上した…」
「そうそう!で、こいつはっていうとさ…」
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畑野がクリックした次の瞬間、俺は悲鳴を上げた。
ミホノと同じように投稿されていた写真…そこには、確かに関財ユウコらしきものが映っていた。
だが…顔面の半分以上が抉れ、腕や腹や足の至る所が骨や肉塊と化した、恐ろしい姿だった。
特に腹の部分は、肋骨やその奥の内臓らしきものまでうっすら見えていて…直視してしまった俺は、吐き気に襲われてえずいた。
「ぅえ…おえっ…」
「おいおい(笑)ゲームだから!しかし良く出来てるというか…どうやってんだろうな?とりあえずこいつが、このゲームの暫定一位で『骨化』してる」
「え…なに…それって、それってミホノも…!」
「まあ、いつかはそうなるだろうな(笑)」
「畑野…俺がミホノが好きって知ってるよな?何でこんなもん見せんだよおおお!」
「お、落ち着け落ち着け…ミホノちゃんは『骨化』最下位だよ…ほら!」
畑野に肩を持たれてそのまま椅子に座らされた。
ターゲット一覧ページ。名前の隣に、コメント数と骨化率と書かれた箇所があった。関財ユウコは9491コメントで骨化75%。ミホノは…
「総コメント…57…骨化3%?」
「な、安心したろ?しかもこれ、最後の更新から2年も経ってる、デビュー当時の、近親者とかライバルの妬みだろうな、多分」
───最終更新 20xx年3月───
…確かに、日付的にこの頃、ミホノはネットでアイドルデビューした。
プライベートは謎に包まれているが…恐らく、ミホノをよく思わない人が、何らかのきっかけでこのゲームを知って、コメントを書き込んだのだろう。そう思うことにした。
というか、そう思わないと…俺のチキンなメンタルが持たないのだ。
「所詮ただのゲームだよ。皆リアルでは色々溜まってんだろ。俺もだけど(笑)おい、ビール無くね?」
所詮ゲーム、とは言っても…エグすぎだろ。RPGやオンラインの戦争ゲームの方がずっとマシに見える。
俺の凹みっぷりを見たからか、畑野はそれ以降このゲームの話はしなかった。買い出しの後はまたグダグダと過ごして、帰ったのは翌日の明け方。
酒の力が効いたのか、あのショッキングな画面は、脳裏からかなり薄れていて…自宅に帰るなり、俺は安心感からか、再び眠りについた。
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「勇二…元気で…お母…さ、ん…ごめん…ね…」
「お母さん!お母さん嫌だ!ねえ!お母さん!」
「いいかい!?…これからは、婆ちゃんと暮らすんだよ!」
「お母さん…なんで…」
「ふふっ…父親には捨てられて、お母さんにも置いてかれて、あーあ、可哀想(笑)!」
やめろ…やめろよ…
「貧乏な親無し子、可哀想だね!」
やめろ…
「やめろ!!!」
目の前に、昼の日差しが窓から差し込んでいた。
「…また、あの夢…」
身体中が汗ばんで、ぐったりと疲れきっている。不定期に見てしまう…嫌な夢…
「あの、大丈夫ですか?」
ふと、心配そうな声が…壁に寄りかかった背後で聞こえた。…「彼女」だ!
我に返り、急いでベランダの戸を開ける。
彼女、というのは…俺の隣人で、越して来たときには既に居て、何か患っているのか、床に伏している事が多いようだった。
姿は見た事が無い。けど、今では壁越しに、お互いを気遣う間柄だ。
ネットもガス電気水道も、今時の仕様に整備されてるが…壁が薄いこのアパートは、声を張るとすぐ隣に筒抜けになるから、他の住人は、こぞって一年以内に引っ越してしまう。
だから実質、長く住んでるのは、大家さんと俺と彼女ぐらいだ。
「ごめん!驚かせちゃったかな…」
「いえ…でも、『お母さん』って…」
「…あぁ!大丈夫!昔の夢見てたんだ。テストの点数悪くて怒られる夢(笑)」
「そう…ふふっ…良かった」
違う。怒ったのは、婆ちゃんだ。
母一人子一人の慎ましくも穏やかな生活は、母が病気で死んだのをきっかけに儚く終わった。俺が中学一年の事だった。
彼女が気がかりなのも、元を云うと…それがあったから。
何度かたらい回しにされた後…婆ちゃんに引き取られ、どうにか生きてきたけど…未だに、あの別れの場面を夢に見てしまうのだ。
悲しみからなかなか立ち直れずに、意気消沈する俺を、ニヤニヤと笑う「あいつ」の姿を…
顔を洗い、情けない顔をした自分が鏡に映る。どんなに仕事や酒で忘れようとしても、忘れた頃に…傷を抉られる。
傷…待てよ?
「…そうだ…」
頭の中で、ふとアイデアが浮かんだ。
「…もしもし、畑野…さっきのやつなんだけど…」
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「髑髏」
という、いかついフォントの二文字が、黒い背景にドンと映る。
小さいエンターボタンを押すと、そこには畑野の家で見た、ターゲット一覧ページが現れた。
その一番下にある「新規ターゲット登録」に、俺はスマホから転送した一枚の写真をコピペして、投稿欄に張り付けた。
すると、どんな仕組みなのか…自動で、写真の人物の名前が画面に浮き上がった。
「リリナ」
読者モデル兼、動画配信タレント。中学時代の同級生だ。
そして、俺と母を侮辱した奴。母と死別した俺を、仲間ぐるみでバカにしてきた…
「登録しますか?」の問いに、迷わずYESのボタンを押した。
すると、画面が切り替わり、さっきよりも拡大されたリリナの写真とコメント欄が表示され…「シューティング対象の登録完了」の一文が、フッと現れて消えた。
さて、何を書こう…
「心も見た目もキラキラな読モです☆」
動画配信の決め台詞。リリナ、こと坂谷公子は、自他共に認める「陽キャ」として、「陽キャじゃない人間」をことごとく見下し、マウントを取っていた。
特に…奴曰く「ビンボーな欠陥家庭」だった俺は、格好の対象物だったのだろう。なのに今は、そんな事を微塵も知らない素振りで…猫被ったような声で、流行りのメイクやファッション動画を上げ、いいね!を荒稼ぎしている。
それが、たまらなく許せなかった。
「さて、最初は…なんて書こう…?」
キーボードに両手を添え、画面を眺める。十分…二十分…三十分…時間が刻々と過ぎていくのが分かる。
…おかしい。
何でだろうな?許せないから、その気持ちをブチまけたいから…始めたのに。
手が震えて、ロクにキーボードが押せていない。書いては消しの繰り返し。何を怖がっているんだ?いや、怖がってなんか!ここにブチまけて、すっきりしてやるんだ…
「……なんで…!」
ふと頭の片隅から、ミホノの音楽が流れてくる。
───引き込まれないでダークサイド、心が泣いてるわ、私と一緒に歌うのよ───
気が付くと、ボロボロと涙が床に落ちていた。自分の弱さが腹立たしい。ガツンと言えない自分が…
でも…ミホノは、自分のファンがこんな事してるって知ったら、悲しむだろう。実際、ミホノはここで、心無いクソみたいな悪口を書かれてしまってるんだ。俺が、それに飲み込まれてどうする!
自分で自分の頬をつねった。痛くて更に泣いた。
その後、結局何一つ書き込む事が無いまま、「髑髏」のページを閉じた。
その足で動画サイトに飛ぶと、そこにはいつも通り…カラフルな背景をバッグにダンスをするミホノがいた。
───キラキラなの、涙が出ても、世界がダメでも、私とあなたは銀河みたい───
「飯食おう…」
どこか、安心する声。何だか、聞き慣れたような…
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「え?んじゃぁ…結局、ゲームはやんなかったって事か?」
「…うん」
「ははっ!ま、お前には向いてなさそーだな(笑)そんな気はしてたけど…」
「なんか怖くなってさ、俺やっぱ、チキンだわ~」
「まあまあ!飲めって~あ、すいません巨峰サワーひとつ!」
「なんか…ああいうの実際出来る奴すげえよ…いろんな意味で」
「あーあーもう!みんな現実ではあれなんだって!みんなチキンなんだよ」
「…ミホノの写真…どうなっただろ…」
「ああ…あれ?」
髑髏に参加しようと思ったのには、他にも理由があった。ミホノの姿が…これ以上「骨化」しない為に…リリナの写真を投稿すれば、もしかしたら、皆そっちに意識が向くんじゃないか、そう思ったのだ。
実際、リリナの動画は、他の配信者が考えた企画と似た部分が多くて、混乱する視聴者も増えてきているらしい。だから、ターゲットを求める人間には、いいネタになるに違いない。…そんな風に考えたのだ。
でも結局、チキンな俺は何も出来ず…一か月後、畑野に連絡を取って取り留めのない話を肴に、酒を飲んでいた。
「んー…ミホノの写真は、っと…ふうん、こないだ見せた時と全然変わってねえな。骨化ランキングも変動無し!そもそも、広告とか宣伝全くないからな~もうオワコンなんじゃね?」
「そっか…よかった」
「まあ、俺もいま久々に見たわ、やっぱあれ、アンチコメ見てると…俺も毒される気がして…ド陰キャになりそう(笑)」
畑野がそう言って、ぐびーっと中ジョッキを飲み干して笑った。こないだとは違う、カラッとした笑顔になんだかほっとする。アンチコメを眺めながらニヤつくあの顔が、俺は正直怖かった。
「まあ、手段を切り替えて、っと…このあとまだ時間あるか?」
「うん、あるけど?」
「バッティングセンター行こうぜ!バット振って発散だよ。俺、今日はボールの球をクソ上司の頭だと思って打つわ!(笑)」
「はは!なんだそれ!でも、良いね、俺もそうする!」
その言葉通り…そのあと酒が入った体でバッドをブンブン振ったもんだから…帰路につく途中二回も吐きながら、アパートに戻った。
でも、吐いたと同時になんか心もすっきりていて、まるで自分の卑しい部分を、ゲロと一緒に吐きだせた感じ。なんちゅうデトックスだ(笑)と、一人でツッコんだ。
部屋の鍵を開けると…音で分かったのか、窓の方から、彼女が話しかけてきた。
「…こんばんわ」
「こんばんわ!まだ、起きてたの?」
「うん、今日は調子がいいの。…星を眺めてたら、こんな時間に…」
「そうか…確かに今日は、月も星もきれいだな~、ミホノの曲みたい」
「…ミホノ?」
「ああ、サン・ミホノって言って…俺の推しアイドルなんだ」
「フフッ…そうだったんですね、てっきり彼女かと…」
「だったら良いんだけどね~、なんて(笑)でも、いっぺん間近で見てみたいなぁ」
「…会えないの?」
「会えないんだ。ネットアイドルだから」
「…意外と、近くにいるかも知れないですよ?すれ違ってたりして…」
「そうかも…って、おいおいそれって、俺の酔っぱらった姿とか…!恥ずっ!」
「ふふふふっ!…もう寝ますね?おやすみなさい……桐田さん」
「…!俺の名前…ありがとう!えっと…そうだ君は…」
「…ホンノ、本に、野原の野で、本野です、本野」
「本野さん!ようやく名前知れた…おやすみなさい!」
「おやすみなさい」
───闇の中から、いやなもの、ゾロゾロじりじり迫ってくるわ───
…その、二週間後の事だった。
関財ユウコが、意味深な文章を残して、変死体で発見されたのだ。
「体を酸で溶かされたんだって~やばくない?」
「犯人、捕まってないんでしょ?」
でも、この時はまだ、何も知らなかった。
自分が、自分の生活が…考えもしていなかった状況に向かっている事を…
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つづく
作者rano_2