これから話すのは、私と私の家族…いえ、家族だった人間に起きた事です。
ずっと心に仕舞って置くべきと思って来たのですが…ここ最近になり、それも限界になってきました。
かと言って、友人や、私の夫や子供達に話せる勇気も無く、今に至ります。
このサイトは、様々な怖い話を投稿する場所だと、とある知人から聞きました。
ですから、どうか数ある体験談の1つとして聞いて頂けたら…私の心も幾らか落ち着くだろうと、淡い期待を抱いています。
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まず、最初に…私の家族について話さなければなりません。
私の両親、祖父母を含めた我が家族は…長男を大切に扱う事を重んじていました。
昔ならよくある話ですが…今でも、希にそういったご家庭はあるでしょう。世継ぎであり、未来の家長として、男子が優遇される。
ですから、2つ上の兄は格別の寵愛を受け、妹である私は、「兄に従い、兄に恥じぬ存在であれ」と常に言われて育ちました。
今思うと、それは違うと感じるのですが…当時の私にとって、その言いつけを守る事が、この家族の一員である証だと、信じて止みませんでした。
何故ならその通りにすれば、皆「良い子だ」と、褒めてくれたのですから。
こう書くと、私だけが家族から条件付きの愛情しか貰えず、虐げられてきた、と思われるかも知れませんが…それは誤解です。
「兄に従い、奉仕する」という言いつけのみ守りさえすれば、あとは普通に…両親も祖父母も、私を可愛がってくれました。
それに…私にとって兄への奉仕は生き甲斐でした。兄が大好きだったのです。
仕草や姿勢が美しく、礼儀正しく、数々の習い事を悠々とこなし、勉学に秀でている。
近所や親戚からも神童と呼ばれ、他のやんちゃな男子生徒が全て下劣に見える程に…兄は輝いていました。
そして何より…妹の私に対して、意地悪な言動も無理に従わせる事も無く、いつも穏やかに接してくれた…笑いかけてくれた。
だからこそ、私は喜んで、自ら兄の「侍女」となったのです。
朝晩のお膳を用意して運ぶのは勿論、冬場は風呂あがりに布団で身体が冷えぬよう、前もって温めておいたり、夏場は寝苦しくないよう、風当たりの良い場所に床を敷いたり…
登校前に早起きして靴を磨き、そして学校が終われば先に帰宅して、後から帰った兄を迎えに上がりました。
「那津子、有難う」という、その言葉が嬉しくて…
時々、同級生の男子に
「お前は兄貴のドレイだな」
と笑われ、腹立たしく思う事もありましたが…兄の笑顔を見れば、全て下らないと…意に介さずに済みました。
そう…幸せでした。
あの女が来るまでは。
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全ての始まりは、私が中学2年、そして兄が高校に上がった頃の事でした。
祖父と父の始めた家業が上手く行き、我が家は以前に増して、生活が豊かになっていました。
その証に…兄は高校入学と同時に、家の敷地内に増築した専用の離れで、新たに生活を始めました。
一方私はというと…小学5年で初潮が来たのを境に、母や祖母から、兄との密接な関わりを控えるよう言われ始めたのです。
それは…私が兄に対して、兄妹以上の感情を秘めていると、知らぬ間に気付かれていたからです。
妹ではなく、「女」としての気持ちを。
私はこの頃から、母と口論になる事が増えてゆきました。反抗期というよりも、日課である兄への奉仕が削られるストレスからです。
そして、一抹の不安も…
悲しいかな、その不安は的中しました。
ある時広間に呼び出されると、私の前に1人の女が座っていました。すると母が私に向かって…
「言いつけを守る時は終わりです。これからはこの松宮が、兄の一切の世話を行います」
私は信じられず…ただ茫然と、母の顔を見つめていました。
視線を前に戻すと、松宮が三つ指をつき、
「どうぞ宜しくお願い申し上げます」と…
つらくて、何も言わずにその場を立ち去る他ありませんでした。
それが、人生で初めての嫉妬と言って良いでしょう。
兄の周囲には、好意を持つ女が常に複数居たし、兄もその内の誰かと付き合っている事は、秘かに知っていました。
ですが私は、そんな女共には興味などありませんでした。一時の関係…出来る事など、たかが知れています。
何故なら、誰よりも兄を知っていて、一番近い場所に居るのは、この私。
私と兄との絆は、何処ぞの馬の骨かも分からない女には負けないという、絶対的な自信があったのです。
所が…その自信はあっという間に崩れ去りました。
松宮は、すぐに兄と打ち解け、良好な主従関係を築いていったのです。
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松宮は、年の割には幼い地味な顔から、常に屈託の無い笑みを浮かべ…兄だけでなく、父や祖父の身の周りの世話までも行い、家族は皆、その働きぶりに感嘆していました。
彼女の存在を疎んじていたのは私1人だけ。松宮の前では、絶対に挨拶せず、笑顔も見せませんでした。
なのに彼女は…「お嬢様」と、笑顔で見送り、帰宅するとまた笑顔で迎えに上がる…それが、その顔が憎らしかった。
いとも簡単に、私の役目を奪い去ったのですから。
私は、松宮が1日でも早くこの家から出て行くよう願って、彼女への態度を冷酷にしていきました。
すれ違いざまに「ウザい」「消えろ」と呟いてみたり…わざと裾を踏んでよろけさせたり、洗濯したばかりの服を泥だらけにしたり…
ですが、それらは全て徒労に終わりました。
どんなに反抗しても、松宮は意に介さないと言った風で、女中としての務めを手際よくこなすのです。
そして、家族は松宮を優しく受け入れ、とうとう兄は、「那津子」から「松宮」と…頼る相手を変えてしまった。
私に話しかけてくれる事も…「有難う」と言う事も無くなってしまったのです。
その呆気無さと、じわじわ押し寄せる孤独に、私の心は屈辱にまみれ…次第に精神のバランスを失っていきました。
「松宮がいなければ」
「あの女がいなければ!」
気が付くと私は、母と祖母を相手に、そう何度も泣き叫んでいました。
そしていつの間にか、全寮制の学校に転入する手筈が取られ、私はたった1人、生まれ育った家を出る事になったのです。
家族からすれば、教育という名のもとに、兄や松宮から私を遠ざける絶好の手段だったのでしょう。
何処ぞの、我が家に取り入る女中がそんなに大事なのか…兄も本当は、私なんかよりも…年上の女から世話を受けたかったのか…
そもそも私の存在は、一体何だったのか?
絶望を通り越して、私の心は…怒りと諦めと、軽蔑に支配されました─────
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私は日を追う毎に堕落していきました。
全寮制の、歴史ある私立の女子校とはいえ…こんな島流しのように転入させられて、慎ましく学生生活なんて、とても出来ませんでしたから。
実家のある土地に比べれば辺鄙な場所でしたが、何処の街にも不良はいるもので…
私は退屈な授業をやり過ごすと、放課後は地元の若者達と夜遅くまでつるむようになり、次第に学校をサボり、寮にも帰らなくなりました。
母に守れと厳しく言われた貞操も、友人が連れてきたどこかの誰か…本名すら知らない相手にあっさり捧げ、
それから煙草を覚え、酒を覚え…夜も朝も分からなくなるような、不規則な生活に溺れてゆきました。
お金が無くなったら、援助交際と見せかけて誘い出した大人から、手荒に生活費を手に入れ…仲間と分け合って。
実家の堅苦しさから解放され、タガが外れたのもありますが…「あのご子息の妹」ではなく、「那津子」と呼んでくれる…只の1人の人間として、皆接してくれる。それが…何故か嬉しかったのです。
ついこの間まで、兄が自分の全てだったけれど、今は違う、と。
私は転入から半年後に自ら学校を辞め、仲間と一緒に、自堕落だけど楽しい…そんな日常に身を委ねました。
ですが…結局は皆、10代そこそこの子供。
時間が経つ毎に、犯罪行為がバレて警察に捕まったり、色恋沙汰で喧嘩になり、修復が不可能な程に仲間割れが起きたり、金を持ち逃げして急に音信不通になったりと、次第に歯車が狂い…
ついには、私が学校を辞めたと知り、家に連れ戻そうとしたのか…父の部下だと名乗る人間が数名、私の元にもやって来たのです。
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私は、当時付き合っていた彼氏と一緒に駆け落ちし、土地を離れました。
そして、バイトを掛け持ちして食いつなぎ…実家の追手から、身を潜める生活を5年程続けました。
ですが、そのストレスは予想以上で、彼氏とは喧嘩が増え…行く宛も金も、生活を立て直す気力も無く…
ズルズルと続いていく生活の中、フラストレーションだけが蓄積し…
とうとう、彼氏の浮気現場に出くわした事で乱闘騒ぎを起こし、警察に逮捕されました。
ですが、拘留からたった1日程で、私は保釈されました。持っていた学生証で身元が割れ、警察から家族に連絡が行き…母が保釈金を払ったのです。
警察署を出ると、何年か前に見た、父の部下が迎えに来ていました。
私はそのまま実家に連れ戻されると思ったのですが…何故かホテルの一室に案内され、待つよう指示を受けると、暫くして母が部屋に入って来ました。
数年振りの再会…母は私の変わり様に、目を見開き、震えていました。無理もないでしょう。
ブリーチし過ぎてボサボサの髪、酒焼けでしわがれた声、不摂生で栄養不足な為に、くすんで垂れ下がった肌、痩せこけた身体に纏った、露出の多い服…
とても10代後半とは思えないその姿に、かつての面影は、微塵も無いのですから。
母の視線に…私はただ、うなだれていました。きっと大説教を食らうに決まっている。と…
しかし、母の口から出たのは、思いもよらぬ言葉でした。
「あなたが正しかった…」
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母から聞かされた現状は、耳を疑うものでした。
私が実家を出た後…兄は、松宮の献身的な支えのお陰もあって…成績も右肩上がりに伸び、それは素晴らしい成長ぶりだったそうです。
しかしその一方で、松宮との距離が親密になり過ぎていると感じ、母はそれが気がかりで、隠れて様子を伺っていた、と…
それは、祖父母も父も薄々気付いていたようで…最終的に、兄が高校を卒業するタイミングで松宮をお役ご免にし、早々に見合いをさせて嫁を貰おうと、密かに計画していたそうです。
しかし、時既に遅く…
ある朝、いつもなら起きている時間に姿が無く、心配した母が離れの部屋に行くと…
裸で睦まじく抱き合う、兄と松宮の姿があったそうです。
しかも松宮は、傍らで眠る兄の寝顔に微笑み掛け…まるで赤子をあやすかのように、頭やお腹を終始撫でていた、と…。
想像するだけで吐き気がしました。女中の分際で…兄と関係を持ったなんて…
けど反面、追い出されて当然な理由を自ら作った愚鈍さを、心の中で笑いました。
勿論、家族は皆その不貞行為に激怒し…兄から引きはがすと、問い詰めるまでも無く、その日の内に出て行くよう言ったそうです。
しかし松宮は、いつもと変わらない笑みを浮かべ…家族の罵声を気にも留めず、身なりを整えると、先程の兄への態度がまるで嘘のように…何の躊躇も無く出て行ったというのです。
一方、兄は何故か眠ったままで、家族総出で声を掛けたり体を揺すったりするも、一向に起きる気配が無く…
仕方無く外に出して冷水を浴びせよう、と布団をめくると…下腹部に、絵と文字を組み合わせた様な、よく分からないものが書かれていたのです。
匂いと色からして、すぐにそれが経血だと分かり、急いで濡れたタオルで拭ったそうですが何故か拭き取れず、温水やアルコールで拭いても…全く落ちなかったそうです。
もしや毒なのでは…と、警察にも連絡し、松宮の捜索を依頼したのですが…
警察から聞かされたのは、信じがたい事実でした。
松宮という女は、今は存在しない…
もう何十年も昔に、死んでいたのです。
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その後、警察の捜査がきっかけで、松宮の出自が明らかになりました。
松宮は…「陰陽師の末裔」と謳い、各地を回って占いや除霊を行っていた…ある宗教団体の、一族の1人でした。
末裔かどうかは、今となっては定かでは無いけれど、支持者も少なからずいたそうで…今から50年程前に活動をしていたそうです。
しかし、時代の波に飲まれ…そして相次いで、松宮を含む教祖一族が亡くなり、今は名前と噂だけが一部の人々の間で語られるだけで…他の信者もどこかへ消えてしまったそうです。
宗教名はここでは明かせませんが…祖父は知っていたようで、松宮がそうであったと知った時は、青ざめていたと云います。
彼らの力は、「本物」だと…そう伝えられていたのです。
そういえば…我が家の家業について、話していませんでしたね。
祖父と父は…ある種の占い業…開運の方法を人々に伝授したり、開運を引き寄せるとした商品を販売していました。
元々の先祖は、手相や姓名判断をしていたそうですが…それだけでは生活が成り立たないと、祖父の代から商法が変わっていったのです。
風水や占星術など、色々とごちゃ混ぜにしてはいるものの、それなりに効果はあったようで…
更に、雑誌やテレビなどで取り上げられた事もあり、ほんの一時期ですが…繁盛したのです。
兄の離れを立てたのも、松宮を雇ったのも…同時期でした。
警察は最初、第三者が何らかの手法で松宮の戸籍を乗っ取り、なりすましたのでは?と考えていたそうですが…そんな形跡は確認出来ず、
そして、家族が依頼していた家政婦紹介所にも、松宮は在籍していなかったのです。
当の紹介所は、依頼を受けて間も無く、本来派遣されるべきだった女性を家に向かわせたそうですが…
その日のうちに女性から、「既に女性が1人派遣されている」と連絡を受けた為、他の紹介所を利用したのだろうと思っていた、と。
結局、捜査は難航し…証拠も何も出ず、未解決で処理されてしまったそうです。
「浅はかだった…お父さん達の仕事が上手く行っていたばっかりに…ただの女中として雇ったつもりが…挙句に、那津子にまでこんな苦労を…」
俯きながら涙声で話す母の顔だけを見ていたからでしょう。ふと母の腕に、青黒い跡が付いているのに気付き…私は、その跡の原因に察しがつきました。
同棲していた時、彼氏は怒ると、よく私の腕を思い切り締め付けるように握ってきて…それが、指の形の痣として残る事があったのです。
母の腕に付いていたものも、同じでした。
「お兄様が…お兄様にやられたの?」
私の問いかけに…母は泣きながら頷きました。
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目覚めた兄は、今までとは全く違う人格になっていました。
言動も態度も荒く、高圧的になり、常に神経を尖らせている様子で…時折、私が彼氏にされていた様に、じわじわと痛めつけて脅すのだそうです。
学校でもトラブルが増え、停学はどうにか免れたものの孤立し…殆ど学校に足を運ばないまま、結局は辞めてしまったそうです。
その為、家庭教師を雇ったのですが…兄の態度に耐え切れず、皆辞めてしまい…
更に、松宮の代わりを…と何人かお手伝いを雇うも、これもまた家庭教師と同じで、1か月と経たずに出て行ってしまうそうです。
しかもそれが、家政婦業の間で噂になっていたようで、今では我が家の苗字を出すだけで、断られてしまう始末だと。
習い事も全て辞め、籠りがちになってしまった為に、武道で鍛えていた兄の逞しい身体は、今ではふにゃふにゃとしぼみ…健康的だった肌も、青白くなってしまったそうです。
そして、何故私の元に部下を送ったのか…その理由が分かりました。
学校を勝手に辞めた事を問い質すとか、家に連れ戻すとかでは無く…私に対する「警告」を伝える為だったのです。
「那津子を殺す」
兄が、時折そう叫んで、荒れ狂うのだと…。
誰よりも松宮を妬み、憎んでいた私は…いつの間にか、兄から一番憎まれていたのです。
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母は話を終えると、カバンから分厚い封筒を取り出し、私の前に置きました。そして、
「もう家に関わってはいけない…」
そう告げると、私を1人残し、父の部下と共に部屋を後にしました。
…追いかける気力は、私には残っていませんでした。
かつて自分の全てだった兄の変貌ぶりを…そして兄の本心ともいえる言葉を聞かされ、ショックでその場から動けなかったのです。
その後…私は母がくれた資金で、実家から遠く離れた土地に移り住みました。
堕落した生活からもどうにか立ち直り…今はやっと、社会に溶け込む事が出来ています。
ただ一つ。私の身に起きた事を、私の家族の事を誰にも打ち明けないと固く自分に誓って。
夫や友人には、家族は事故で亡くなり、親戚から不当な扱いを受けた為、早くに自立した、という事にしていて…子供達が成長した時も、同様に打ち明けました。
私を親う人達を騙している事になるので、罪悪感で苦しいのですが…こうする他無いのです。
あれからもう、実家には一度も足を運んでいません。ただ…1度だけ、父の部下づてに母から手紙が来た事があります。
そこには…兄の就職を、皆で祝った事が書かれていました。
どうにか、社会でやっていけるだけの躾をし直したとかで、今はもう、私に対する殺意を口にする事はないのだそうです。
その代わりに、「俺は神に選ばれてしまった」とか…「見捨てられないようにしないと…」などと話して怯えるようになり、心配で仕方がない、とも。
手紙を最後に、私は完全に家族を捨てました。
一時は、母だけでも呼び寄せて保護しようとも考えましたが…長男礼賛の考えは、そう簡単には消えないようです。
躾を…などと言っても、松宮に心を支配されている内は、きっと変わらないでしょう。
前述した、松宮が属していた宗教…表向きは占いを主な活動内容としていましたが、その本質は、
「神になる為に、己の本性を解き放つ」
…と云うものでした。
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何故そんな事を知っているかというと…以前ネットの掲示板で、叔母がかつて信者だったという男性と、偶然知り合ったのです。
パート先の同僚から、オカルト系の投稿サイトを見るのにハマっていると聞き、何気なく興味本位で見始めたのですが…まさかこんな偶然があるものか、と…最初は目を疑いました。
しかし男性は…子供の頃、「本当は秘密なんだけど…」と言って、叔母が話してくれた事を、覚えていました。
その叔母曰く、
印は、神になる資格を得たという証として与えられ、資格が無いものとみなされると、それは徐々に消えていくのだそうです。
ならば、兄の印を消す為に資格を取り消せばいい、という訳にも行かず…一度与えられ、後に資格が無いと認識された場合、
死ぬ以外の選択は、残っていないのだそうです。
彼は、具体的な儀式や方法といった事までは、教えて貰えなかったと云います。ですが…叔母の話を聞く分だけでも、それがあまり良くないものだと直感で思った、と。
と言うのも…かつては明るく優しかった叔母が、次第に荒っぽい性格に変わり、何かにつけて神様を引き合いに出すようになった、…と。
そしてある時、印が薄くなったと絶叫しながら家を飛び出し、数日後…獣か何かに身体中を食いちぎられた様な、凄惨な姿で見つかったそうです。
松宮が何故、兄に近付いたのか…その本当の理由は、私には分かりません。
しかし…「占い」に携わる立場でありながら、それをビジネスとして利用していた事に、きっと因果があるのでしょう。開運とは云っても…所詮は、根拠などあって無いようなもの。松宮の「本物の力」には、到底及ばないのです。
とは言え、「神になる」という事が、松宮の居た一族にどんなメリットがあるのか…
「もしかしたら、生身の人間から神を作る為の、実験をしていたのでは?」
と、男性は考察していましたが…何にせよ、もう松宮の一族がいなくなった今…宗教の実態を知る事は出来ません。
ただ…兄は「運悪く」、選ばれてしまった…それだけ。
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私の話は、これで終わりにしましょう。
いつまでも自分語りというのも、読者の皆様の気を害してしまい兼ねませんから。
私の過去は余りにも、衝撃的な事やどうしようもない事ばかりでしたが…今は家族に囲まれ、穏やかに過ごしています。
最後に…最近見た夢の中で、かつての兄の姿を見ました。あの、輝いていた兄が。
昔のように「お兄様!」と駆け寄って行くと、兄は笑って…しかし、涙をボロボロとこぼしながら、私に言うのです。
「『あれ』は僕じゃない…僕の『悪い塊』なんだ」と…
人間の本性…それは、黒く、暗く…恐ろしいものです。
しかし、私達は嘘をつく生き物…笑顔の裏に、何を隠しているかなんて、本人にしか分からない。だから、明らかになると怖いのです。
ですが、もっと怖いと感じているのは…その黒い感情に支配され、身動きが取れず…ただ孤独と死に怯え続ける、その人自身かも知れません。
そう思うと…兄が時々、不憫に思えるのです。家族からの期待を一身に背負い、世話焼きで嫉妬深い妹に気を遣い…そして、初めて意識した女性からは、訳の分からない印を刻まれ…忘れたくても消せず、感情の暴走を抑えられない─────
兄の心の中にあった「悪い塊」が解き放たれてしまったのが、松宮と出会ってしまったのが、たとえ偶然だとしても…その塊が大きくなっている事実を、どこかで気付いてあげるべきだったのだと、今は思います。
こんな時期ですから…特に。
作者rano_2
異音シリーズの番外編です。
前作「黒い念」はこちら。
https://kowabana.jp/stories/34047
異音本編はこちらです。
https://kowabana.jp/stories/33306