お参り(後編)~「異音」番外編~

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お参り(後編)~「異音」番外編~

年が明け、新年特番をダラダラと見ながら、いつもの正月を迎えようとは思うものの…

心の隅には、あの大晦日の出来事がチラつき、落ち着かなかった。

「初詣に行きたい」

俺から自発的に言う事が初めてだったのか…家族は目を丸くしていた。

別に神様を信じている訳では無い。

だが…お参りでもしないと、俺は怖かったのだ。

江澤から、ただ罵声を浴びせられた、それ「だけ」ではない…そんな気がしてならなかった。

その日の内に兄貴と近所の神社に行き、俺は人生で一番という位、時間をかけてお祈りをした。お賽銭、たった100円ぽっちだが。

でも…参拝しただけでも安心感が得られて、こういうのも悪くないな…やってみるもんだな、と、ようやく心が落ち着いた。

川田は大丈夫だろうか?家族でちゃんと初詣に行ってるだろうか?

という心配はあったものの…その後に「明けましておめでとうございます」とメールが来て、その不安は消えた。

だが…その夕飯の席。雑煮をつつきながら、正月のテレビ番組を眺めていた時の事。

番組の途中でニュースが流れ、例年通りに、どこかで起きた火災の様子が映し出されたのだが…その中に見慣れた住所のテロップが出た。

あれ、ここ…知っている様な…そう思っていると、台所にいた母が「えっ!?」と驚嘆の声を上げた。

「えっ…何、母ちゃん知ってるの?」

「知ってるわよ。昔から変な噂多かった所で~、江澤さんっていうんだけどね?」

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────え?

息を飲んだ。江澤って…え?あの江澤?

画面には、懸命な消火活動の傍らで、煌々と火花を散らしながら燃え盛る日本家屋が映し出された。

「今朝未明、○○市○○町にある江澤甚助さんの家で火災が発生し、敷地内を全焼する被害が出ました。尚、火災は5時間後の午前9時に鎮火し、この火災による死傷者は居ないとの事です。火元は今の所不明であり────」

死傷者はいないと聞いて、力が抜けた。江澤は生きてる…だが、今どこに?

「ここのお家ね…私が子供の時からあるんだけど、なんか占い師の家系とかで、一時期儲かってたのよ。お手伝いさんが居た事もあって…大きいお家でしょう?」

「あ、うん…そうだね、燃えちゃったけど」

「ねぇ、びっくりしたわ~!しかしねぇ…息子さん、昔はかなり優等生だったのが、途中から引き籠ったって聞いたけど…大丈夫かしら?妹さんも住んでた筈なんだけど…途中からぱったり見かけなくなっちゃって。どこかに嫁いだのかしら?」

その後、酒で饒舌になった母親曰く…

江澤家は、一時期その占い業とやらで一財を築いたというが、衰退して金回りが悪くなり、祖父母が借金返済を保険金で賄う為に、自殺を図ったが失敗して結局寝たきりになっただとか、

一人息子が優等生の反動から攻撃的になったとか…

その原因が、お手伝いさんと息子が恋仲だったのを無理に引き裂いたから、だとか…暫く、良くない噂が後を絶たなかったそうだ。

「おばーちゃんがね、昔お手伝いさんを見掛けた事あるって言ってたんだけど…上品な方だったそうよ?でも、息子さんと上手くいかなかったのかしらね、妹さんと同じで、ぱったり姿を見なくなった、って…」

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江澤は、進学が遅れたのを病気療養のせいで、と話していたが…母親の話す内容からして、ただの療養とは思えなくなった。

母親の話も所詮は「噂話」だが…江澤の言動を思い出す限り、「陰陽道の人間」…っていうのはあながち間違っていない。

家族について本人から全く聞いた事が無いのは、複雑な家庭環境だった故…それを隠したい、という気持ちがあっての事だったのだろう。

しかし、少し腑に落ちない所がある。江澤の「女」に対する感覚だ。

もし、理不尽な別れ方をしたのであれば…俺だったら女性不信になるかも知れないし、女性の多い環境をあえて避けるかも知れん。

だが江澤は…あえて「そういう環境」に身を置いている。そういう環境…というのは、俺達が所属するサークルの事だ。

活動内容は、役所や地域の支援団体と連携して、10代20代の身寄りが無い女性や、生活苦に悩むシングルマザーのサポートするのが主で…部員の9割が女子生徒。男子生徒は、俺と江澤と…他2人のたった4人だ。

活動の殆どを女子部員が担っているから、男子の役割は、月に一度実施する炊き出しの材料の買い出しとか、行事で移動する際の運転係や用心棒といった、諸々の力仕事を任されているくらい。

実際、俺は島野から「手伝って欲しい」と頼まれたから所属していて…他の男子2人と同様、招集が無ければ、普段はメインの部活動やバイトに専念している。

だが…江澤だけは、自分の意思でサークル活動に身を置いている。普段から役割なんか無いのに、会合にまで必ず顔を出しているのだ。

最初こそ、支援活動に自ら興味を持つなんて偉いな…って思ってたけど、思い返せば…江澤がやっていた事は、疑問だらけだった。

方向性がどうとかで、他の部員と延々口論していたり…

以前、後輩女子と3人で炊き出しの材料を買いにスーパーに行った時なんかは、買う順番だとか、カゴへの詰め方に拘りを押し付けて喧嘩になり、その末に江澤はキレて1人車で帰宅し、後輩を置き去りにした。って事もあった。

この出来事も含め、部長や幹部から辞めるよう言われてる、って島野から聞かされたけど…何故かその後も、肩身の狭い場所に江澤は居続けている。

一体何の為に?良好な関係を築こうともしないのに、何故その場所にこだわる理由があるんだ?そして何故あれ程、川田に執着したんだ?

「ちょっと…ぼーっとしてないで片付け手伝って頂戴!あと、おばーちゃんに電話で挨拶くらいしなさいよ?」

母親に急かされ、俺は「はいはい…」と、重い腰を上げて洗い物を済ませ、その後で祖母に電話を掛けた。

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「あら、康ちゃん、明けましておめでとうね」

祖母は、母親の実家でもある小さな一軒家で1人暮らし。奇しくも、江澤の家と同じ市内で暮らしている。

「明けましておめでとう…火事、大丈夫だった?」

俺は、偶然テレビのニュースで知った、という体で…それとなく祖母に訪ねた。すると、

「ああ、江澤さんとこねぇ…朝から消防車が煩くて…でも、離れてるから我が家は大丈夫よ。まだ若干…きな臭いのが匂ってくるけどね」

「そうか、良かった…」

「でも…どうしてだい?康ちゃんも優ちゃん(兄貴)も、知らないだろ?あの家の事」

「あ、ああうん…母ちゃんが酔った勢いで色々話してくれて…それで気になって」

「そうかい、まあ、あの家はねぇ…色々あったみたいだから…お手伝いさんもねえ…」

「…そうなんだ。なんか上品な人だって…ばあちゃん見た事あるんでしょ?」

「あるわよ~、見た感じは素朴なんだけど、所作が綺麗な子だったわ~、礼儀作法もちゃんとしてて、いつも笑顔で…あんなゴタゴタしてる家で、朝から晩までお仕えしてね…」

「そうなんだ…」

「でも、ね…実は『幽霊』だったんじゃないか、って噂になったのよ!」

「幽霊って…え、どういう事?」

「まあ、噂なんだけど、そのお手伝いさん…『松宮さん』って言うんだけど…むかーしのまじない師の娘で…実はもう、この世にいなかった…って」

松宮────

確か、川田がこの間言っていた。

「江澤先輩から『うちには松宮という凄い人がいる』と言われた」…と。

出て行ったんじゃないのか?とっくに死んでるってどういう事だ?

あの、江澤の息遣い越しにボソボソと話していた女性…もしかしてあれが────

途端に、背筋に嫌な冷気が走った。もうこれ以上は知るべきではない…それに、新年早々こんな闇の深そうな話題を話すのは縁起でもない…

「ごめんな、正月だってのにこんな話題…今年も元気で、今度また遊び行くからさ!」

「はいはい、待ってるからね~」

通話を終えると、俺はしょうもない好奇心を持ってしまった自分のバカさに凹んだ。

だが、川田から聞かされた江澤の言葉が、決して冗談では無く…本気だったと知った。

家が火事で全焼した今、江澤一家の居場所も、そして松宮という女性の真偽も知る由も無いが…

江澤は…何か別の、本当の理由があって、サークルに参加し続けている、と…そう考える他無かった。

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その後、課題に追われている内に冬休みが終わり、大学の授業が始まった。

そして、授業が無い時を見計らって、キャンパス内をそれとなく探してみたのだが…江澤の姿はどこにも無かった。

自宅が全焼して、学校どころじゃないのだろうと思い、試しに電話やメールをしてみたが繋がらず…サークルの会合にも出ていなかった。

「江澤君?知らな―い、てか、来られてもちょっと困るし(笑)」

先輩も同期数人も何も知らず…というより、興味すら湧いていない様子で、ほぼ完全に、あの大晦日の電話を境に、江澤との繋がりは切れてしまった。

しかし…川田にその後、何も危害が無いと分かって、俺は少しばかり安堵した。新年会の飲み会で早々に、

「あの、大晦日はすみませんでした…」

と陳謝され、元日に無事、家族で初詣に行く事が出来たと報告を受けた。そして、あの紙人形を見る事も無くなった、と…

「あの…江澤先輩から、神社行くなんて軽薄だ、的な事言われたじゃないですか、私。でも…私が初詣行くのって…神社じゃないんです。『お寺』なんですよね」

川田の話に、また座敷が笑いに包まれた。

「何それ!あいつ勝手に神社だと思い込んでた訳?(笑)」

「バカ過ぎじゃん、あーお腹痛い(笑)」

「てか、川田!あんた面白いよ!(笑)」

ゲラゲラ笑い転げる周囲。俺は、忘年会の時のように一緒には笑えなかった。

────お前のせいで…お前のせいで俺は…また神になれなかった────

最後に、苦しそうな様子で俺に訴えかけた…ゼェゼェと声を枯らし、松宮という女性のものであろう声を背後に。

祖母の聞いた噂が本当なら…松宮という人間が既に亡くなっていたのであれば…あの女性は一体何者なのだろう?もしかしたら、犯罪絡みなのでは?

そう考えるのは…以前ニュースで報道されていた、故人の戸籍を勝手に利用し、補助金を不正に受け取ろうとした事件を思い出したからだ。

もし、松宮と名乗る女性がその事件と同じであれば…これは陰陽道云々なんてものじゃなく、れっきとした事件だ。

現に、江澤とも連絡が取れず、実家は焼失した。…詐欺?放火?…いよいよ、警察に相談すべきか?…と考えていると、すぐ真横で、

「どうしたの?」

と言う声が聞こえ、思わず我に返った。島野だった。

島野は、大晦日の夜更けに川田の身に起きた事までは知らず、「大丈夫だった?」と…川田と俺の事を心配して声を掛けてきたのだ。

俺は、とりあえず大丈夫だと答えた。あんな不可解な現象、どう説明したって理解されない…そう思っていたから。

すると…島野は神妙な表情で、カバンからタブレットを持ち出して何やら操作し始めた。

あれ以来、何か腑に落ちない感覚を持っていたそうで…色々ネットで調べていたそうだ。

「私の祖父が、江澤家の事知ってたの。それで…覚えている限り教えて貰ったんだけど、そこの家に『松宮』って女中が、一時期確かに雇われてた、って。それで、オカルト板に情報無いか調べたらさ…ほら見て」

島野がタブレットで見せてくれた、某オカルト掲示板。スレッドタイトルが「無題」と書かれたその中に…

「私の親族の1人が、○○教の信者でした」という一文があった。

下の行に目線をやると…もう1人のスレッド参加者が、「松宮とは、一体何者なのですか?」と書き込みをしていた。

見る限り、参加者はこの2人だけだった。

そして、親族が信者だったという…ハンドルネーム「アルノ」さんによると、松宮は、50年~60年以上も前に活動していた、ある新興宗教を率いる親族の1人だったと…そう書いていた。

信者だったのは叔母で、ある時から、体に文字と絵を組み合わせたような、謎の赤いマークが出来ていたそうだ。

当時若かったアルノさんが気になって聞いてみると…叔母は自慢げに話したという。

「神と一体になれる印」だと────

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アルノさんが、叔母から聞いたところによると…

印は、神と一体になり、「力」を得られる証なのだという。

そして松宮という女性は、その印を与える役目をしていた…と。

なんでもその宗教は、陰陽道をベースにした「本物の力の持ち主」だったそうだ。

そして、印を持った者はまず、

「己の本性を解き放つ」

…という事を、まず課され、そうして与えられた「力」は、印が濃くなる毎に強くなるというが…

『私はそこらのネズミを、念力で殺すくらいしか出来ない』

アルノさんの叔母は、時折そう愚痴っていたそうで…ある程度の力は得られるものの、個人差はあるらしい。

素質がある場合は、不特定多数の標的に向けて、生き霊を自在に飛ばす事が出来るそうだ。

そして、標的を殺す事も。

しかし…弊害もある。印が濃くなると同時に、叔母の性格も、かなり荒々しくなっていったそうだ。

「何故そこまで『力』に固執するのですか?印を無くした方が、苦しまずに済むではないですか。わざわざ自分傷つけてまで…」

そう、質問者が問いかけていた。俺達も同じ考えだった。なんで、わざわざ苦しい方向に?そのまま課題を放棄すれば良いのに、と…

しかし、アルノさんは言う。

「印は、『資格』なのだそうです。そして、一旦資格を与えられた者は…棄権する事は出来ない。印が消える時、それは『死』を意味するのだと…だから叔母は怯えていました」

そして結果…叔母は印が消えたと発狂し、逃げ込んだ山の中で行方不明になったのち…獣に身体を喰われたような、凄惨な姿で見つかったそうだ。

「己の本性を解き放つ」

…それは、理性やモラルのタガを外す、危険な行為だったのだと思う。アルノさんは最後に、そう邂逅していた。

そして、松宮の属する新興宗教は、人間を神にする実験をしていたのでは…とも。

スレッドはこれで終わり、以降更新が無いままとなっている。日付を見ると3年前。ちょうど、江澤が「療養」していた時期と重なる。

やっと見つけたのに!!!

印が…ああ、あ…

また神になれなかった────

あれは…印が薄くなっていくさなかの、断末魔だったのか?

「江澤…どこに…」

「ねえ、江澤君、大学内で最近見かけないよね…それに、実家…」

「島野もニュース見たのか?」

「うん…最初びっくりしたけど…でも、そうだろうなって…」

「ごめん…島野、ちょっと黙ってようかと思ってたんだけど…」

俺は、隠すつもりだった…大晦日の江澤とのやりとりや、川田の身に起きた事を打ち明けた。

島野は、終始驚いた様子で黙って聞いていたけど…俺が冗談を言っていない事が分かると、再びタブレットの書き込みに目を向け、呟いた。

「江澤君…もしかしたら、川田に本気で、何かしようとしてたのかも…」

振り返って座敷の奥を見ると、笑みを浮かべながら、仲間と飲みに興じる川田の姿があった。

もしあの時、俺がまともに取り合わなかったら…島野が家に招き入れていなかったら…川田は一体、どうなっていたのだろう?…そう思うと、寒気がする。

江澤は、自分が「神の一部」になる為に、その為に川田を利用したかったのか…?そうじゃないと、「やっと見つけたのに」なんて言葉は出てこない。だが…こうも考えられる。

生き霊を自在に飛ばして、相手を殺す事も出来る…それは、自分の力を示す為なのでは?…と。

「このスレ読む限りだとさ…まあ、ネットの書き込みを真に受ける訳じゃないけど…多分、『松宮』って存在は居るんだと思う。…で、あんたのお婆ちゃんが言ってた『幽霊説』も、多分間違いじゃないよ…」

「って事はさ…江澤は、松宮に力を示す為に…川田を標的に?」

「そうとしか…だって実際、あの紙人形見たでしょ?あんたに至っては…キレられたって、きっと、川田が信心深い人間だって分かったからだよ」

「川田が、お参りを欠かさないって知って…自分の力も信じて貰えると思ったのか…」

「そうかもね…女なら、年下なら従うかもって…」

真相は分からない。だが…これが、俺と島野が推察して出した結論だった。

松宮は確かに「存在」する。だが、今現在、「実在」はしていない。

江澤は…大昔の宗教にハマって、松宮に魅入られ、印…神になる資格を手に入れた。

そして、何らかの「力」を手に入れ、不特定多数の人間…川田を利用して、その力を試し…恐らく松宮に示そうとした。

だが…川田本人に気付かれ、俺にも邪魔をされ…結果、印は薄れ、「神の一部になるチャンス」を逃した────

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それからも、江澤の姿を大学内で見かける事は無くなってしまった。

しかし、ある時ふと学部内の庶務課を通りかかった折、着物姿の初老の女性が窓口の職員と話し込んでいて、去り際に

「江澤様、ちょっと!」

と、声を掛けられていたのを、偶然目にした事がある。

着物の袖からは、細長く白い腕が見え…横顔だけでも…どこか悲しげな表情をしていた。

その、恐らく母親らしき女性の姿を見たのは1回きりで…火事の事はあの後結局報道はされず、事故か放火かも分からず終いだ。

だが…江澤家は何とか逃げて、どこかで生き延びているのだろう。松宮と共に。

祖母の家へ遊びに行った帰りに、江澤の家に…火事現場に行ってみたのだが、既に更地になっていて、だだっ広い空き地があるだけだった。

そしてサークル内では、もう江澤という人間は最初から存在しなかった風に扱われ、誰も話題にすらしなかった。

俺は…皆のように、江澤の事を心の中で切り捨てる事がうまく出来なくて、かなり葛藤した。

何故なら、俺と江澤は確かに、仲の良い時期があったんだ。

その頃の思い出と…大晦日の事とが混じり合って、何度も胸が痛んだ。正直…最近になってやっと、やっと吹っ切れた感じだ。

結婚し、故郷を一旦離れた後も、時折思い出す事がある。

それは…福祉系の仕事をするようになって、人によっては神仏に頼って、医療を受けたがらないという事を、身をもって知ったから。

まあ、病は気からってのもあるし、ある程度は良いけれど。

人間は神になれない。医療だって、心や体力だって限界はある。けど…神になれたとして、それは幸せな事なのだろうか?誰かを救えるのか?

何故なら、近くで寄り添えて、手を差し伸べられるのは、支えられるのは、結局は人間じゃないと…生きている者じゃないと出来ないんだ。

別に、神様や信仰を馬鹿にする訳でも、偏見がある訳でも無い。

心の拠り所の「1つ」として、そういうのは在るべきだと思う。

「ねえ、最近ね…夜中に変な音がするのよ」

「変な音?」

「うん…康介は聞いてない?晴子も聞こえてるみたいで、寝かし付けても起きちゃうのよ」

「…どんな感じなの?」

「う~ん…何て言うか…錆びた自転車みたいな、金属が擦れる音、って感じの…」

キィ…ピキピキ…キキュ…キュルル…ピキッ…

江澤の声が、江澤の音が頭の中で響く。

痛々しい…あの音が。

あいつは今も行方知れずだ。どこかで無事に、幸せに生きてりゃ良いけど。

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~終~

Concrete
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