中編7
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山から来る

まったく、死んだ婆さんときたらいい加減なもんだ。

俺はトラックに廃棄すべき物の数々を載せながら

溜め息をついた。

婆さんが人生を掛けて集め続けたゴミの山は

家だけではなく、その周りに増築された小屋にも溢れんばかりに積み重なっている。

まぁ…まぁ、ゴミはどうでも良い…

年寄りが不要品が捨て切れず溜め込むなんてのは

よくある話さ。

問題は爺さんが死んでから婆さんは死ぬまでの10年間に

神道、キリスト、新興宗教と節操無しに入信してくれた事だ。

故に爺さんは元からの仏壇に入れられながら

隣の部屋には神棚があり、違う部屋には良く分からん像

壁には十字架のネックレスがぶら下がっていた。

こういうのどうしたら良いんだろうな?

十字架の処分を相談しようと教会に行ったら延々と入信を勧められ

俺はもう疲れはててしまった。

キリストでコレなら新興宗教は更に激しい勧誘となるのは火を見るより明らか

(まぁ、親戚連中にやらせるか…)

俺は、そういうのを無視して当たり障りの無いゴミだけを処分したのだった。

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俺の名前は里中正輝、会社員だ。

婆さんが死んで後片付けを親戚から任されている。

冬休みの数日を使って年内には終わらせるつもりだ。

如何にも価値の無いどんぶり鉢の一山をトラックの荷台に積む。

親戚連中が金目の物を浚った後だけに心を動かすような物も無く

どう見ても不要品をトラックに積んでは市の環境センターに運ぶ。

本来なら父親が長男だったのだが、両親共に婆さんより先に他界していた。

よって何一つ相続する物は無い。

掃除は父の兄弟が県外住みってのもあり俺に回って来た。

ま、婆さんへの義理でやってるって感じだ。

「にゃ~ぁ」

もうひとつの悩みは猫だった。

婆さんは野良猫に餌付けをしてくれており

敷地内の納屋の下に数匹が住んでいる。

まぁ、この問題はじきに解決する予定だ。

先日、近所の人が訪ねて来て猫の話を始めた。

俺はてっきり苦情かと思ったんだが違った。

どうやらその人も猫に餌付けをしていたようで

苦情が出たのだろう

近々、全部捕まえるそうだ。

里親を募集してるとか言ってたけど

俺は保健所で処分するのだろうと感じていた。

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「一通りは終わったよ」

俺は親戚に電話をかけて掃除が終わった事を伝えた。

「あー、ご苦労さん代わるわ」

叔父さんは電話を叔母さんに渡した。

「終わったの?お疲れ様」

叔母さんは素っ気なく言うと、これからはトラックに乗らないよう要求して来た。

「距離が延びるからねぇ」

婆さんが残した遺産から買った中古の軽トラックで

不要品を積むのに使っていたが…

用が済めば少しでも高く売却したいのだろう。

「それから、何時までも居ると班に入れと言われるからね!」

これは先日も叔母2人に挟まれて言われた話だ。

俺は婆さんの家に泊まり込みで仕事をしていた。

暫く孫が片付けに住んだからって近所から班に入れなどと言われる訳がない。

要するに仕事が終わったら帰れと言っているわけだな。

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「婆ちゃんはアンタのお父さんにお金を貸す為に土地を売ったんだからね!」

俺の態度が気に入らないのだろう

叔母がマウントを取ろうとしている時に使う言葉だ。

爺さんが死んだ後、婆さんは知らない内に土地を売っており

当初は宗教に散財したと皆が言っていたのだか

父親は死に婆さんは何も語らず死に…

知らない間に親父の借金にされていた。

「婆ちゃんは、アンタの家に同居したくて金を出したんだからね!」

確かに婆さんは同居をしたいと何度か言って来たのだが

叔父や叔母が健在な状況で孫と同居も無いだろうと聞き流していたのだった。

なんせ、婆さんは件のゴミを貯め置く為に家の周りに小屋を建て続けており

増築しながら同居を言われても正直ピンと来なかった。

まさか土地を売って上物を作ってるとは夢にも思わなかったね。

ま、後で話すが同居なんて出来る人じゃなかったんだが…

最後に婆さんが使っていたベッドを解体し

ついでに神棚を下ろせと言われて電話は終わった。

まぁ、言われるまでもなく長居をする理由も無いようだ。

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さて、神棚を下ろした俺は婆さんのベッドを解体すべくひっくり返した。

「?」

棒状の布袋に入った何かが婆さんの寝床の底にあった。

中身は刀だった…

鞘も柄もほとんど金属で出来ており、あちこち塗られたペンキが剥げていた。

刀身も迫力は無くステンレスの包丁みたいだ。

安物だと素人目にも分かるよ。

しかし、どこから?

爺さんが持っていたんだろうか…?

だが、婆さんは爺さんとは俺が知る限り仲が最悪に悪かった。

婆さんは浮気性で盗癖まであり爺さんは昔から婆さんが問題を起こす度に近所に頭を下げて歩いていたらしい。

もちろん爺さんは婆さんを叩きまくって怒るから

婆さんの爺さんに対する感情は悪く、爺さんの臨終にすら行かなかった。

刀を下ろしたあと婆さんの日記帳と思われるノートもベッドの底板にブラ下がってあった。

婆さんには悪いが俺は刀より、そっちに興味を持った。

ま、金目の物が無いのは親戚の保証付きなのだから

俺は形見分けとして、その2つをもらった。

安物だろう刀もヤフオクに流せば幾らかには

なるだろう

タダ働きにならなかっただけ婆さんに感謝だ。

刀はゴミ捨ての帰りに自宅に置いてきた。

「いや、こんにちは」

婆さんの家に戻ると近所の人が庭で猫を追い回していた。

「はぁ…なかなか捕まりませんわ…」

猫はスイッと生け垣を抜け藪に入ってしまった。

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さて、問題は日記だ。

土地を売った理由が書かれているかも知れない。

それが分かれば今後、大きな顔はされずに済む。

俺は解体したベッドを捨てる為に婆さん宅にもう一泊した。

夜中、飯を食ったあと俺は婆さんの日記を開いてみた。

日記は爺さんが死んでから半年ほど辺りから始まっていた。

shake

"爺が死んでから、あれが山から降りてくる。"

最初の1頁に書かれていた。

何が降りてくるのか?

俺は次の頁を捲った。

"仏は駄目だ頼りにならん"

"◯◯さんに神社を紹介してもらい神棚を上げる。"

"変わらない山から降りてくる。"

鹿や猪の類いではあるまい…

婆さんが必死になっている事だけは分かる。

翌年にはキリストに入信し翌々年には新興宗教へと手を出していた。

結局、どこまで読んでも理解が出来ず

俺は掃除の疲れもあって寝てしまった。

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ガチャリ…

夜中に聞こえたその音に俺は最初猫だろうと思っていた。

だが、その音は誰かがドアノブを回している音だと

じきに俺は気付いた…

ガチャ…ガチャッ…

婆さんが無計画に建て続けた小屋のドアノブを何者かが回している。

俺はカーテンの端からソッと外を伺ったが

月明かり1つ無い一面の闇に俺はただ小屋のある方向を見るしかなかった。

ドアノブを回しているって事は動物ではない。

だが真夜中にガチャガチャとドアノブを回し続ける人間が居るとも思えなかった。

ザッ…ザッ…と砂利を踏む音が闇の中で聞こえたあと

今、寝ている部屋のノブが壊れんばかりに回った。

ソイツはノブを回しドアを開けようと引っ張り押す。

俺は警察を呼ぼうかと携帯を出したが…

ドアの外の奴は人間ではないと感じていた。

しばらくすると音は収まり、再びザッ…ザッ…と

砂利を踏む音が聞こえ

足音は山に向かって消えて行った。

婆さんが山から降りて来ると言っていたのはアレだったのだ…

俺はまんじりともせず朝を迎え恐る恐る外を見たが

これと言って変わった事は無かった。

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婆さんのベッドを捨てた帰り、また叔母から電話があった。

神社に神棚を返しておけとの話だった。

もう二度と行きたくないと思っていた婆さんの家に

戻る。

薄暗い部屋から神棚を出す間、俺はずっと背後になるドアを気にしていた。

冬なのに汗が止まらない。

俺は、ようやく神棚をトラックに載せると日が高い内に婆さんの家を去った。

「あぁ、亡くなられたのですか…」

返し方も分からないまま無造作に神棚を持ってきた俺に神主さんはムッとした顔をしたが

婆さんの名前を聞くと彼は覚えていたようだった。

婆さんは氏子の紹介で来たと言っており

やはり、「山から降りて来る」と訴えていたらしい。

神棚を奉り不浄を鎮める祭もしたが、その後

婆さんが神社に来る事は無かったと言う。

「アナタも、もう行ってはなりませんよ?」

結果的に婆さんはキリストや新興宗教まで頼ったのだから

なんの御利益も無かったのかも知れないが

解決出来ないまでも神主さんも異常な事態を感じていたようだった。

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何かが山から降りて来たのは確かだと俺は断言出来る。

婆さんが何かに狙われていたのは間違いない。

爺さんに呪われたのか?

元々がそう言った土地なのか?

婆さん自身が何かをやらかしたのか?

しかし、爺さんが死んで10年

婆さんは大往生と言える歳まで生き

最後は病院で死んだ。

祟りの類いで死んだとは思えない。

俺自身あの日まで異様な経験はしていなかったのだ。

婆さんは何かに守られていたとも言える…

あの日、やった事は…神棚を下ろした。

刀を持ち出した…

日記を開いた…

ベッドを破壊した…

その為に再び山から何かが降りて来たのだろうか…?

あの日に捨てたゴミの山の中に何かが入っていたのかも知れない。

俺は、婆さんが必死で頼り集めた結果に得た偶然の守護をゴミ捨てとして解体していったのだろうか…

そして、あの現象があれ以上酷くはならないとも俺には判断は出来なかった…

ただ、もう

俺はあの家に行きたくはない。

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数日後に叔母達が婆さんの家に入った。

「あちこち汚いままだったから、プロに任せた!」

電話の内容は掃除が行き届いていないと言う文句だった。

「いや、もう触らない方が…」

俺は忠告しようとしたが叔母の声が遮った。

「あの汚い猫も保健所に持って行ってもらったから!」

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