私の名前は麻野霞と言います。
自動車の免許を取ったばかりの夏休みに…
私は友人達と自動車を使って東京見物に出かけたのです。
免許取り立てで右も左も分からない若葉マークが東京まで行けたのは
運転席と助手席の間に鎮座しているカーナビのおかげでした。
さて楽しい時間は、あっと言うまに終わり
私たちは帰路についたのでしたが…
誰言うなしに
明日も夏休みなんだし寄り道しながらゆっくり帰ろう
と、なったんです。
さっそく高速を降り、群馬から長野に抜けようとなりました。
本来なら、高速の看板を睨みながら必死で帰るしかないのですが
カーナビが土地勘の無い私たちをサポートしてくれるはずです。
目的地に自宅の電話番号を入力し有料道路は使いません…っと
「案内を開始します、実際の交通標識に従って運転して下さい」
無感情な女性の声がナビが開始された事を宣言する。
「便利なもんね~」
後ろの座席からアキが感心した顔で言いました。
「へへっ、五年ローンを舐めるなよ!」
私はオートマのレバーをDに入れるとアクセルを踏み込んだ。
1時間も走らない内に車は町中を離れ、田園風景のただ中を走る愛車。
町中と比べて格段に走りやすくなりましたが、行けども行けども道路と田んぼと電信柱しか見えません。
ナビも道なりに走れと言った後は沈黙しているし…
「あ、町があるわね…」
アキが久しぶりに現れた集落を指差したんです。
「あそこの店に寄らないか?」
助手席の裕子がコンビニとも個人経営店ともつかない店を見つけて言いました。
確かにこんな場所じゃ、次に店が現れるのは何時になるか分からない。
私達はトイレを済ませ、飲み物やら抱え込み店を出ました。
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「われ、こんなもじっけぇくるまでけぇるんきゃ?」
「はい?」
店の前のベンチで座っていたお婆さんが私に話しかけました。
80は過ぎてる…かも?
シャツにモンペと三角巾と言う戦争中みたいな格好でした。
「よいじゃねぇ…まぁず、うんまかなかんべぇ」
「ねえ…なに話てるの?」
アキが私の肩を叩いて心配そうに聞いてくる。
「さ…さぁ?」
申し訳ないけど、何を話しているかサッパリでした。
お婆さんは何か話してるのだけど、聞き取る事すら難しい。
「なぁ、行こうか?」
後ろでジュースやらの入った段ボール箱を抱えた裕子が重いから車を開けろと言ってきました。
「じゃあね、お婆さんバイバーイ」
私は手を振りお婆さんに別れを告げたんです。
「まぁず…おやげない…」
意味は分からない、お婆さんは俯いたまま
そう言った。
店の前で裕子と運転を代わり私は後部座席に移り
のんびりジュースを飲む。
「まるで暗号よねぇ」
アキがコーラを片手に笑いだしました。
「ちょっと、それは言い過ぎだよぉ」
私はお婆さんの弁護をしたけど、確かに半分も意味が分からなかった。
「そうだアキは間違ってるぞ」
私とは、うって変わって男勝りなドライビングを開始した裕子が私の側に回る。
「日本軍の暗号はザルだったそうで…」
日本軍って、また難しい話を…
そう言えば、裕子はサバイバルゲームをやってたっけ…
何度も誘われてるけど痛いのが嫌で未だに参加してないなぁ。
「戦争中は方言で話す方がバレなかったんだ。」
アキがコーラを持ったまま笑いだした。
「ぷぷっ!日本軍にも分からなかったんじゃないの!?」
「ちょっと!コーラ溢れる!溢れるって!」
五年もローンがある愛車を汚されたら堪らない。
私はアキが振り回すコーラを奪い取ろうと後席でジタバタしたのでした。
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轟々とエンジンの音が響く
あれぇ…?
私の車…こんなに五月蝿かったっけ…?
流行りのハイブリッドなのに…
ジェット機みたいな音だよ…故障したのかな…
私は、ハッと目を覚ました。
やはり夢だった様でエンジンの音は、すこぶる静か。
どれだけ寝たのか?
すでに外は真っ暗で前に座る二人も無言でした。
CDも聞き飽きたのか回っておらず、車内は静粛が支配していました。
二人が私の悪口を言い出したら、とっちめてやろうと
しばらく寝た振りをしていたけど話し出す様子は無い…
二人とも黙って前を向いていました。
私は、ソッと身を起こし窓の外を見る。
外は1m先も見えませんでした。
車のライトが照らし出す前方にはアスファルトの道と
白いガードレールだけが見えるだけ…
shake
「まぁずおやげない」
呪文の様な言葉をアキがポツリと呟く。
私は自分の背中に汗の粒が浮かんだのを感じました…
「な…何だよっ!変な声出すなっ!」
余程驚いたのだろう裕子が怒鳴りました。
「ねぇ…今何時?」
私は身を起こすと前の座席に身を乗り出しましたが
二人とも返事がありません。
車の時計は22時を示してる…
嘘っ!あれから五時間は走ってるってこと!?
予定なら、とっくに長野に抜けていなければおかしいのに…!
いや、長野の山の中なのかも…
「ねぇ、此処何処なのっ!?」
「さぁ、なぁ…」
裕子が力無くこたえました。
「さぁって、ナビがあるじゃ…!!」
私の目に映ったナビの画面は外と同じく真っ暗で
画面の中央に自車を示す三角がカーブを曲がる度に
キョロキョロと周りを見回すかの様に動くだけだったんです…
山道過ぎてナビに登録されてないんだ…
「まぁさ、ガソリンはあるんだし気楽に行こうぜ…」
裕子はカーブにハンドルを切りながら宥めるように言う。
「このカーブを越えたら町とかあるかも知れないんだし」
カーブを越えても町は…ありませんでした。
「町は無いわ…多分この山を越えるまでね…」
アキがポツリと言ったんです…
「なんでよっ!?」
私と裕子が同時に聞いた。
「気付かない?電信棒が1本も立ってないって…」
私は慌てて窓の外を見た。
外はガードレールが白い線となり、ただ続いているだけでした。
「裕子、先に言っとくけど…」
アキはなおも続けます。
「誰か立ってても絶対に車を停めないでよね!」
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更に30分ほどが過ぎたが下りに入っても、すぐに登りとなってしまい
私達は一向に山から降りる事は出来ませんでした。
車の速度は下がり40キロほどでヨタヨタと走っている。
裕子が疲れてしまったのですが誰一人…
裕子自身も替わりたいとは言いません。
一秒でも早く町の光が見たい…
その為に何十度目かの「次のカーブ」を繰り返す。
何より、此処で車を停め車外に出て席を替わるとか
闇の恐怖に囚われた私達には無理な話でした。
shake
「目的地まで、あと1000メートルです」
突然、無機質な声が車内に響きました。
今が今まで沈黙していたカーナビが急に案内を始めたのです。
「へ?…何言ってんだよコイツ…」
此処が群馬なら設定した自宅まで、あと100キロ以上はあるはず…
裕子が画面をスクロールするが先に目標となりそうな物はありません…
ただ、真っ暗な画面が続くばかりです。
shake
「あと、700メートルです」
「おい、霞!お前イタズラじゃないだろな!」
エアコンの効いた車内で裕子の額の汗を
メーターを映す青白い光が浮かび上がらせる。
「いや、そんなぁ…」
確かに設定は私だけど…
「こんな道も表示されてないナビで仕込むのは無理よ…」
アキは苦笑いをしたが口許が引きつってる。
shake
「あと、500メートルです」
「思えば、あのお婆さん…私達に警告してたのかもね…」
「止めろよ!アキ、止めろ!」
裕子はハンドルにしがみついて叫んだ。
「どうって事はない…どうって事はないんだ」
裕子はハンドルにしがみつきながら
ブツブツと同じ言葉を繰り返しています。
shake
「あと、300メートルです」
アキはグッタリと助手席にもたれ
裕子はハンドルを抱え込むように前を見ている。
私は二人の座席の間から前を見ていました。
shake
「目的地です…」
その瞬間、目前のカーブで闇の中からガードレール以外の人工物が浮かび上がったんです…
「…墜落現場…慰霊碑…登山口…」
私の膝が意思に関係なくガタガタと揺れ始める
「停まっちゃダメよ…絶対…」
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私はガヤガヤとした人の気配で目を覚ましました。
外は白んでおり、時計は五時を指している。
見ると車外に中年の男が立ち、助手席で眠るアキの胸元を覗き込んでいました。
車はコンビニの駐車場でした。
運転席に裕子は居ない。
私は勢い良く車外に出ると男を睨んで追い払い裕子を探しました。
「酷い体験だったな…」
裕子はコンビニの外にあるベンチで
ちょうどタバコに火をつける所でした。
あの後、しばらくして下りとなり山から降りれたと彼女は言いました。
町が現れ1件目のコンビニに飛び込んだのだと
運転し続けてくれた裕子には感謝しかありません。
結局、私達はコンビニに長居の末
昼前に発ち昼過ぎに帰宅出来ました。
後日、私はディーラーでの点検でナビを調べてもらいましたが
何ら異常は無く登録地に群馬はありませんでした。
あと、五時間も迷う道もあの辺りには無いと地図を見て知ったのでした。
墜落で非業の死を遂げた人々に呼ばれたのだろうかとも思いましたが
そういう話は良くないとアキに言われました…
結局、あの山でどういう訳か五時間も迷い
どういう訳かナビが動きだして、あそこへ案内したと言うのが三人の出した結論でした。
あれ以来、私はナビを入れて運転はしなくなりました。
作者はやりや まい
私の話は基本創作ばかりなのですが、今回の話は
実体験として遭遇した話となります。
人物やストーリーは読み物として書き直してますが
起きた現象は確かに体験しました。
今でも真っ暗な山道とナビの無機質な声は怖いです。