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中編4
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老人形

ある日の夕方。

私はショッピングモールのベンチで今晩のおかずをぼんやりと考えていた。

「昨日はお肉料理だったし、今日はパスタにでもするか…」

席を立とうとした時、さっきから横に座っていた老夫婦が話しかけてきた。

「お姉さん、こんにちは。」

突然のことで驚いたが、

「こんにちは。」と返すと、

お爺さんが世間話を始めた。

幸い娘の保育園のお迎えまではまだ少し時間があったので、私は話を聞くことにした。

「今日はいい天気でしたな。お姉さんはお買い物かい?」

「ええ。そうなんです。夕飯の買い出しに来ました。」

「あぁ、そうかい。毎日ご苦労様だねえ。」

思えば結婚してから、誰からも褒められてこなかった。

両親は10年前に他界し、夫も仕事に追われ、家庭のことなど考えてすらおらず、私が家事や子育てをいくらこなしても、褒めてくれやしない。

産休中の職場からも冷たくあしらわれ、唯一の救いはたった1人の娘だった。

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お爺さんの「ご苦労様。」という言葉で、目から涙が零れ落ちた。

そんな私の様子を見て、お爺さんが口を開く。

「実はワシらにも娘がいたんだよ。生きていれば今年で45になっていたかな。交通事故で33の時に死んじまった。働き者で親孝行者の良い娘だった。。」

お爺さんは目頭に涙を浮かべ、そう話した。

隣でお婆さんも一緒になって静かに泣いていた。

「そうだったんですね…お気の毒に。。」

「見るかい?娘を」

そう言うと、お爺さんは手元のリュックをガサゴソと漁り始めた。私はてっきり娘さんの写真のことかと思ったが、お爺さんがリュックから取り出したのは一体の日本人形だった。

「可愛いだろう。ワシらの娘だ。」

反応に困ったが、人形をよく見てみると不可思議なことに、ひどく老けており、顔の皺や黒髪に混じった白髪が妙にリアルだった。

「もしよかったら、娘を貰ってくれんか。」

「え??」

「お姉さん、大変なんだろう?娘が力になってくれるはずだよ。」

「いや…でも、そんな大切なもの受け取れません!」

私は遠慮気味に席を立とうとした。

しかしお爺さんは悲しげに、

「ワシらはもう先が長くない。お姉さんに持っていてもらいたいんだ。」

そう言って日本人形を雑に押し付けると、そそくさと帰っていった。

正直気味が悪かった。

自宅に帰ってから、頭を下にして紙袋に入れ、椅子の上に置いた。

娘を迎えにいった後、晩御飯の支度をしていると夫が帰ってきた。

そして、椅子の上の紙袋を見つけるなり、

「おい…なんだこの人形は。」

と気味悪そうに呟いた。

近くにいた娘が、紙袋を逆さまにした。

shake

ドサ

日本人形が力なく地面に落ちる。

「わーーー可愛いお人形さん!ママ!これどうしたの?」

娘が人形を拾った。

「これね、さっきスーパー行った時に老夫婦にいただいたのよ。気味悪いから捨てちゃおうね。」

私は娘から人形を取ろうと、人形の頭を掴もうとした時、

「い"た"い"」

と、しがれた老婆のような声で娘が唸った。

空いた口が塞がらない私と夫。

「どうしたの?ママ」

ポカンとしている娘の声で、我に返った私達は、きっと疲れていたんだ。

そう思うことにした。

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翌日。

娘を自転車の後ろに乗せ、保育園へと向かった。

娘は日本人形を大事そうに抱えていた。

昼過ぎに保育園から電話があった。

「もしもし。Nちゃんのお母さんですか?」

「はい。そうですが、どうかなさいましたか?」

「実はNちゃんが…」

大急ぎで自転車を走らせ、保育園に着くと、

顔面傷だらけの娘が先生の横に立っていた。

そしてその横に、同じクラスのR君とその母親が不安げな顔でこちらを見ている。

「何度聞いてもR君は何もしてないって言うんです。私がもっと目を配っていれば…申し訳ありません、お母様。」

「先生は悪くないんですから、お気になさらないでください。こちらこそご迷惑をおかけしました。R君は何もしてないのよね。ね、R君。」

母親にしがみついていたR君に優しくそう問いかけた。

するとR君は、

「うん…僕はNちゃんとお人形さんで遊んでただけだよ。」

R母も深々と頭を下げると、今度改めてお詫びしますねと告げ、帰っていった。

私も娘の手を取り、

「大丈夫?痛かったね、」

と聞くと、娘は涙で目をうるっとさせ、私の太腿にしがみついた。

ヨシヨシと頭を撫でていると、娘の左手にプラプラと蠢く日本人形が目に入った。

よく見ると顔が所々破損していた。

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「そんな人形持たせるからこんなことになんだろ!?!?お前の失態だ!!!Nの顔に傷が一生残ったらどう責任を取るんだ!!!」

普段は青白い顔を赤く染めて、夫は怒鳴っている。

私は反論する気力すら起きなかった。

「N。人形を出しなさい。今すぐにだ!」

夫は娘が抱えている日本人形を無理やり取ろうとした。

娘は泣きじゃくりながら人形を離そうとしない。

「嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!!!」

それでも夫は抵抗する娘から人形を引き剥がした。

その時、私の脳裏に今まで起きた出来事が偶然ではなく、これからとても恐ろしいことが起こる、そんな気がしてならなかった。

「あなた!人形に触っちゃだめ!!!」

「お前までそんなこと言ってんのか。こんなもの。こうしてやる。」

夫は息を荒げ人形の首に膝を入れた。

その瞬間。

shake

ミシミシミシミシミシ

と枯れ木の折れるような音が部屋中に響き渡り、娘の首がまるで電池を失ったロボットのようにだらんと垂れた。

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