中編6
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死神

「死神っていると思う?」

数日前の休日、特に遊びに行く宛もないままぶらりとショッピングに来た私達は、お腹が空いたので、手近な喫茶店に入ることにした。

とりあえず、コーヒーとサンドイッチを頼み、コーヒーが来たとき、藪から棒にD子が言ったのが、死神の存在についての冒頭のセリフだった。

私は、いないと思う、と適当に答え、コーヒーを口にした。別に蒐集しているわけではないが、不思議な話を聞くことが多い私だったが、死神の目撃談とはとんと聞かない。

「あなたなら、心当たりあると思ったんだけどな」

D子もコーヒーを口にする。苦かったのか、やや眉をひそめ、ミルクをタップリ入れ、かき回す。

「実は、私、死神、多分・・・だけど、見たことがあると思う」

D子が語ったのは、奇妙な話だった。

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最初に「それ」らしきものを見たのは、D子が5歳頃だった。

D子の住んでいた東京都N区の町内に、ネコ好きのおばさんがいた。家には5匹位ネコを飼っていたようだった。おばさんはネコのほかは同居人はおらず、大人になった今から考えると、未亡人だったのかもしれない。町に住んでいる野良猫のめんどうもよく見てて、ネコと見ると近寄って、撫でている姿もよく目にした。

ネコだけではなく、子供も好きだったようで、小さいD子が通りかかるとよく声をかけてくれていた。

ある日、D子がそのおばさんの家の前を通りかかると、おばさんは家の前の掃き掃除をしていた。いつものように、D子ににこやかに声をかけてくれる。D子も挨拶をする。

ふと、D子が見ると、おばさんの後、これからD子が向かおうとしている道の先に、真黒いネコがいた。そのネコは道の真ん中でじっとして、こっちを、いや、多分、おばさんを見ていた。何故だかわからないけど、D子には「あのネコはおばさんを見ている」と分かったのだ。

「あのネコ・・・」とD子が口にすると、おばさんは後ろを振り返り、また、D子に向き直って「どうしたの?」と言う。あれ程ネコ好きなのに、黒猫には興味を示さない。

『ヘンナの・・・』

と思ってもう一度道の先を見ると、もう、ネコはいなかった。

何日か後、D子がおばさんの家の前を通りかかると、おばさんの家に白黒の幕がかかり、ぷんと線香の匂いがした。黒い服の人が数人家の中に入って行く。幼いD子にとっては、葬式を見るのは初めてであったが、それでも、なんとなく普通じゃないことは分かった。

『おばさん、死んじゃったの?』

ネコはどうなるんだろう?稚心に心配になって、無駄だと思ったが、きょろきょろと周りを見回すと、おばさんの家の塀の上に一匹の黒猫を見つけた。あのときの黒猫だ、ととっさに思った。黒猫はじっとおばさんの家の中を覗いていた。D子はそのネコをじっと見ていた。

ふいに黒猫がD子の方に顔を向けた。この間は気づかなかったが、その両の眼は真っ黒だった。

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「その日は、怖くて家に帰ってしまったんだけど、自分でもどう説明していいかわからなくて、誰にも言わなかったんだ」

その後、特に変わったことはなかったが、次に「それ」と思しきものに出会ったのは小学校5年生の時だったという。

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その日、D子は何人かの友達と公園で遊んでいた。女の子は鉄棒付近でおしゃべりをし、男の子は公園の中央にある小山を模した滑り台を駆け上がったり、足を引っ張って落とし合ったりして遊んでいた。

D子と仲良しだった子が密かに好意を寄せていたクラスメートの男子も一緒に遊んでいたので、D子たちはその様子をなんとはなしに窺っていたのだ。D子は友達の恋を応援するつもりだったので、なんとか、2人の話のきっかけを作れないかと思い、男子たちが遊んでいるところを特に熱心に見ていた。

すると、ちょうど自分たちとその小山を挟んで反対側、公園の植え込みの木立に、D子たちと同じように男子達を見つめている女の子がいた。年もD子たちと同じ位。ただ、真っ黒いワンピースを着て、腰まであるような長い髪の子だったが、まるで見覚えがなかった。

前髪が顔にかかっていて、目の辺は良く見えないが、その子もじっと男子達を見ているのは分かった。

『あの子も誰か好きな子がいるのかな?』

D子が気になって見ていると、不意に、その黒づくめの子が「ニッ」と笑った。

同時に、小山で何人かの男の子の悲鳴に似た声があがる。

「たいへんだ!」

「Fが!Fが!」

あたりが騒然とする。男の子の一人が頭から落ちてしまったのだ。D子が目をやると、友達が好意を寄せていたクラスメートの男の子(Fというのは彼の名だ)がすべり台の下でグッタリ倒れている。

落ちたのは、その子だったのだ。

遊んでいた子たちが駆け寄ってくる。頭を打って意識をなくしている。

その後は、同じ公園にいた大人の誰かが救急車を呼んでくれたり、集まってきた近所の人の一人が心臓マッサージや人工呼吸をしたり、それは大変な騒ぎだった。

結局、その子はそのまま亡くなってしまった。

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「私、その時、その騒ぎの中で、もう一度、その子がいた木立に目を向けたの。その子はそのままいたわ。みんなが大騒ぎしているっていうのに、身じろぎもせず。」

そして、とD子は続ける。

「その子はもう一度笑って顔を上げた。

 その目が初めて見えた。

 目のあるべきところが、真っ黒だった」

あの猫のようにね、とD子は言った。

「どう思う?」

猫と女のコ。姿は違えど、死にゆく人を看取るもの、死神、というわけか・・・。

ーもしかしたら、そういうモノがいるのかもしれないね

「うん。後で聞いてみたら、誰もそんな黒い服の子を見ていないって言うの。これが二回目。それで、実はつい最近・・・」

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コロナウイルスの影響でD子の会社でも出勤抑制がかかり、オンラインで打ち合わせや会議をするようになった。

数日前、先輩の男子社員Gとオンライン打合せをした。同じ部署の先輩とはいえ、自分の家を見られるのはいやだったので、D子は仮想背景を使っていたが、先輩はあまりいにしない人のようで、ワンルームマンションと思われる自室を堂々と写して打ち合わせに臨んでいた。先輩はまだ未婚で、一人暮らしだったが、部屋は(少なくとも見える範囲は)きれいに整頓されており、好感が持てた。

打合せ自体はどうということがないものだったが、先輩から言い渡された仕事の一つをメモしそびれてしまったD子は、オンライン会議システムによって録画してあった打合せのビデオ画像を再生していた。短い打合せだったので、すぐに先輩から言われたことをメモに取ることができた。

ビデオを止めようとした時、ふと、先輩の後ろに写っている鏡の中で何かが動くような気がした。

ビデオを止めて、少し戻す。再生

やはり、鏡の中で何かが動いていた。

今度はその鏡の部分だけを拡大して、再生

そこで、D子は息を呑んだ。

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「そこに、映っていたのよ」

なんとなく、想像がついたが、私はあえて、なにが?と問うた。

「両の目が真っ黒の老婆の顔が。笑ってはいなかったけど・・・」

なんと、D子はその画像を落として携帯に入れて持っているという。私に見てもらいたいと言ってきたが、私は丁寧に断った。

正直、あまり関わり合いたい話ではなかった。

D子は真顔で

「G先輩が死んじゃわないか、心配なんだよね・・・」

と言う。あの黒い目のモノが見ている人は、例外なく数日以内に亡くなっている、とD子は言った。

その日は、その後、なんてことない会話をし、そのままD子とは別れた。

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帰り道、電車の中でふと私は違和感を感じた。

ー鏡の中老婆の眼は最初から黒かった?

だとしたら、それは、誰を見ていたんだろう?

・・・

今日、D子と私の共通の友人からメールが来た。

D子が交通事故で亡くなった、と。

私は、D子の葬式に行くのを躊躇っている。

あの日、オンラインの画像越しにD子を見つめていた、黒い服を着た老婆が葬儀に来ているかもしれない、と思うから。

Concrete
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