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『おしつじさま』
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こんなメールが届いた──。
ある地方都市にお住まいのQさんの家には、昔から小さな木箱があったそうだ。
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とても古めかしく、およそ15センチメートル四方くらいの黒くすすけた箱。
すごく軽くて、振るとカタカタと音がするのに、蓋らしきものも、何処にも打ちつけたような跡もなく、どうやって作ったのかはわからないそうだ。
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それは『おしつじさま』と呼ばれ、大切に保管されていたそうなのだが、山深い集落に住む父方の祖父母の死により、実家を出て独立していた父が引き継ぐ形となったらしい。
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その『おしつじさま』は、Qさんの父の部屋の天袋の中にしまわれていた。
何をするという訳もなく、ただしまわれているソレの存在を知ったのは、Qさんが小学校に上がる頃だった。
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Qさんが『おしつじさま』について訊くと、父親が答えてくれた。
『おしつじさま』は家の守り神だが、決して触ってはいけない。
その家の当主のみ触ることが許され、毎月の朔の日(一日)の夜に月明かりに当て、清めることになっている。
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とは言え、Qさんの父親は信心深いということはなく、祖父の代までは決まりを守っていたそうだが、自分の代ではやっていない──とのことだった。
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Qさんが中学を卒業する間際、Qさんの父親が亡くなった。
死因は心不全。
というのは建前で、実際は壮絶だったそうだ。
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夜中に突然苦しみだし、それこそ七転八倒の大騒ぎの末、母親が救急車を呼ぶも間に合わず、白眼を剥きながら、口から泡を噴いて亡くなった。
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その日まで風邪すら滅多に引かなかった父親が、悶絶して亡くなったのを目の当たりにしたQさんは、その時に父親が何か言っていたのを聞いていた。
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「ごめんなさい」
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何かに向かい、必死に許しを乞うような……そんな感じがした。
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父親の葬儀の後、遺品整理中にそれを思い出したQさんは、ふと天袋に目をやった。
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先祖代々守り続けていた箱を父は蔑ろにしていた。
もしかして、ソレの祟りなのではないか?
そう思ったのだ。
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当主以外に触れることすら許されないその箱は、父が亡くなった今、自分に引き継がれることになる。
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そう思ったQさんは、脚立を使い、天袋の中を探った。
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暗い天袋の奥でホコリにまみれた小さな箱を見つけ、手を触れた瞬間だった。
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「熱い!」
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箱は、まるで焼石のように熱くなっていた。
触れた箇所には水ぶくれまで出来ている。
触れるまでは熱なんか感じなかったのに──。
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Qさんは、軍手をはめて箱を引っ張り出すと、中からカタリと音がする。
木製の玩具の木と木を打ちつけた際に出るような軽い音だった。
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おや?と思ったQさんが開けてみようにも、蓋はおろか、継ぎ目が見当たらない。
しかし、確実に何かが中に入っている。
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どうやって納めたのか、さっぱり見当もつかないほどに精巧に作られた木の箱に、Qさんは興味が湧いた。
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畏怖の念はあったものの、好奇心が勝ったQさんは、その箱を壊してしまった。
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金づちを振るうと、たやすく割れて中身が出てきた。
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3センチメートルあるかないかの黒地で正方形の板が5枚と、茶ばんだ色をした細くて小さな棒状のものが数本。
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5枚の板にはそれぞれ、赤茶けた文字が片面に書かれていて、その裏には謎の記号のようなものが書かれていた。
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文字は『火』、『水』、『木』、『金』、『土』。
記号については詳しく書いてなかったので、説明は出来ない。
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ただ、文字ではなさそうということだ。
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そして、数本の棒状のものは、比較的真っ直ぐなものもあれば、丸みをもったものもあり、小動物か何かの骨のようにも思える。
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見たところ、何かしらの呪物ではないか──。
Qさんはそう直感した。
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それらを箱に納め直し、父親の葬儀をしてくれた寺の住職に相談すると、気味悪がられはしたものの、Qさん家は裕福だったので、御布施を弾むと、供養してくれると預かってくれた。
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しかし、その晩に寺の住職が死んだ──。
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死因については詳しく教えられなかったそうだが、噂によると突然死だったらしい。
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そう大きな寺ではないが、葬儀屋が手配した近所の寺だったので、割かし情報はすぐに入ってきた。
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Qさんは恐ろしくなった。
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『おしつじさま』を預けたその晩に住職が亡くなったのだから、無理もないだろう。
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独り身だった住職が不在になった寺は、程なくして廃寺になった。
寺を管理するものがいないとのことだったが、本山から代わりの住職が来ず、近くの寺が兼任するのも拒絶されたというのは、実に不可解な話だ。
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そんなことは一刻も早く忘れようと、Qさんは努めた。
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高校生になり、大学も卒業して社会人となったQさんに、父と同郷の上司が出来た。
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その集落は過疎化が進み、限界集落となった頃にダム建設の話が持ち上がり、あれよあれよと話は進んで、今ではダムの底に沈んでいる。
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Qさんは、その上司に『おしつじさま』のことを訊いてみた。
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訊くなり表情を固くした上司に、これまでの経緯を話して食い下がると、渋々口を開いてくれた。
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『おしつじさま』はやはり呪物であること。
持っている者の家は栄えることが約束されるが、掟を破ると祟りがあること。
そして、その家から離れてしまうと、祟りが全て現在の持ち主に降りかかるということ。
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そんなことを教えてくれた。
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Qさんは、奇しくも『おしつじさま』を手放せたお陰で難を逃れられたということらしかった。
さらに、上司は続ける。
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『おしつじさま』は、その集落にのみ作り方が伝わっている門外不出の物であり、それを知る者はもうこの世にはいない。
だが、『おしつじさま』の正体に関しては分かる。
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『おしつじさま』とは、元々『おひつぎさま』と呼ばれていて、字では『御棺作磨』と書くことから、磨いて作るのではないか。
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ただ、どうしても切り目のない箱の中に物を入れる方法は分からない。
今、手元にないのであれば、それに越したことはないのだから、すぐに忘れてしまうように。
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そう言われたのだそうだ。
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Qさんは、最後にこう締め括っていた。
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蓋の開いた『おしつじさま』は、今もあの寺にあるのだろうか。
自分は恐ろしくて確かめに行くことも出来ずにいる──。
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これを知ってしまった私に出来ることは、可能な限りの脚色を加えてこれを記し、第三者の目に触れさせることだと思った。
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万が一にも誰かがソレを見つけてしまわないように──。
また、ソレが誰の手にも渡らないことを祈るばかりだ。
作者ろっこめ
この話は、『怪談恋慕弁チャン』さんへ提供するために投稿させていただいております。