年末に近づいた頃の話だ。
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決算を前にして経理課の俺は毎日、残業続きだった。
マンションに帰り着くのは、だいたい12時くらいだったかな。
仕事自体が終わるのは9時くらいなんだけど、途中いつもの飯屋で定食食べてから電車に乗ってたりしたら、そんな時間になるんだ。
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その日も仕事を終えた俺は、いつものルートを経て、12時過ぎにマンションにたどり着いた。
誰もいない薄暗いエントランスからエレベーターホールまで歩くと、「上がる」ボタンを押す。
すると重々しいモーター音が響きだし、5分ほどすると、軽快なベルの音とともに重厚な扉が開きだした。
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空っぽの箱の中に乗り込んで、4階のボタンを押して「閉じる」ボタンを押すと、ゆっくりと扉は閉まり、再び重々しいモーター音とともにエレベーターは上昇しだした。
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やれやれとほっと一息ついて何気に扉の四角い窓を覗き込んだ時だ。
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俺は思わず「うわ!」と声を出して、後退りする。
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赤いエプロンをした中年の女が四角い窓に両手を当て、エレベーターの中を覗きこんでいるのだ。
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女の姿は、エレベーターが2階を通り過ぎるとともに、徐々に床下に沈んでいった。
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─マンションの住人なのか?
それにしてもこんな時間に何をしているんだ?
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俺は混乱状態のまま4階で降りると、エレベーター右前にある自宅ドアの前に立ち、ポケットから鍵を出した。
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翌日もやはり残業で、昨日と同じくらいの時間にマンションに着いた。
エントランスを通り、エレベーターホールに行き、エレベーターに乗り込むと、いつも通り4階のボタンと閉じるボタンを押した。
金属の箱はゆっくりと上昇を開始する。
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そして2階から3階を通り過ぎようとした時だった。
扉の窓を見た瞬間、腰から背中にかけて冷たいものが走った。
俺は仰け反るように後退りすると、背後の姿見に背中をぶつけてしまう。
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─まじかよ、、、
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昨日の女が全く同じ格好で両目を大きく見開き、中を覗きこんでいる。
まるで、珍しいものをしげしげと見るかのように。
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─昨日は2階、今日は3階、、、あの女はいったい?
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その翌日も相変わらず残業だった俺は、やはり前日と同じくらいにマンションに帰り着く。
だがその日はエレベーターホールには向かわず、集合ポスト横にある非常階段の重い金属の扉を開ける。
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─ギギギギ、、、
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扉の向こうには、暗闇の中、冷たいコンクリートの階段があった。
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俺は何故か一歩を踏み出せずにいた。
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Fin
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Presented by Nekojiro
作者ねこじろう
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