なんの前触れもなく、それは起きた。おれが高校から帰っていた時のことだ。
その日は夜の8時を過ぎていた。学校の補習が長くまであったからだ。片道10分程度の距離だから友達と歩いて帰っていた。
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季節は冬、受験シーズンだ。夏の夜とは違う闇の深さがあった。一緒に帰っている友達のサトシとは同じ中学で家も近い。
大体いつも一緒に帰っている。二人で適当に会話をしながら歩いていた。いつも通りの何気ない会話だ
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大きい交差点を跨ぐ歩道橋に差し掛かった。いつも通っている所だが、冬は夜が濃くなっているから不気味に感じる。
サトシと話すことに集中しながら階段を一段ずつ登っていた。
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登り切ったところで違和感があった。橋の真ん中あたりにものすごい勢いで何かを揺らしている人がいた。
近づくにつれてそれはハッキリと見えてきた。母親らしき女性が小さな赤ちゃんを両手で抱え上げて強く揺らしていたのだ。
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「関わらない方がいい」そう瞬時に判断したおれは目が合わないように下を向きながら早く歩いた。
タッタッタッタと早いテンポで橋を歩いていき、下りの階段に差し掛かった頃。
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コロンコロンと音がして自分の真下に赤ちゃんの頭が転がってきた。
おれは恐怖で体が硬直した。寝返りを打つかのように赤ちゃんの頭は静かに向きを変え、顔がちょうどおれと向かい合う位置に来た。
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「バァァアァアアア!」
赤ちゃんは満面の笑みを浮かべながら大きく両目を開いてそう叫んだ。
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その瞬間、おれは硬直から一気に解放され、その場から逃げたいという一心で足を動かした。
赤ちゃんの頭に足が引っかかり、全身が階段に投げ出された。
メトロノームの針のように傾いた体は自分の力では制御できなくなっていた。
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「あ、おれ階段から落ちて死ぬな」そう思った瞬間、
誰かに腕を強く引っ張られた。
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「はぁはぁ、はぁ。お前どうしたんだよ急に」
サトシの声だった。どうやらサトシが落ちそうになったおれを後ろから引っ張って助けてくれたようだ。
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「いや、赤ちゃんの頭が転がってきたから」
おれは自分でも何が起こったか分からないまま返事をした。
「赤ちゃん?そんなのどこにもいないよ。お前が急に走り出して階段から飛び出そうとしたから、慌てて腕をつかみに走っておれはもうヘトヘトだ」
サトシは息を切らせながらそう言った。
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「ありがとう、助かった」
サトシがいないとおれは死んでいただろう。
作者カボチャ🎃