「おいおいマジかよ?
ここが1ヶ月2万円だって?」
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そう言って俺はグラスのアイスコーヒーを一口飲む。
午後からの講義が休講になり特に予定のなかった俺は、クラスメイトの東山のマンションにお邪魔していた。
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地下鉄の駅までは徒歩3分。
築2年の5階建てマンションの3階角部屋。
間取りは3LDK 。
こんな好条件のマンション一室の賃料がなんと2万円らしい。
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8帖程のゆったりしたリビングには、ベージュのカーペットが敷き詰められている。
壁際のソファーで俺と東山は寛いでいた。
白のTシャツにジーパンというラフな格好の東山は「だろう。最初は俺も信じられなかったんだよ」と少し興奮気味に言う。
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「いやいや本当は何かあるんじゃないか?この部屋。例えば事故物件とか、、、」
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そう言って俺はちょっと疑わしげな目で東山の横顔をちらりと見た。
彼はしばらくうつむき無言だったが、やがて俺の方を向いてこう言った。
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「事故物件というかなんというか、、、
最初の内覧の時に不動産屋の営業が言ったのは、ある一室のことを無視さえ出来れば本当にお得な物件なんですということだったんだ。」
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「ある一室?」
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俺の最後の一言と同時に東山は立ち上がると「ちょっとこっちに来てくれよ」と言って歩き出した。
わけが分からず彼の背中に従う。
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東山はリビングの扉を開けると玄関に続く廊下を歩き、左側にある一室の扉をじわりと少し開くと「まあ見てくれよ」と言って俺の顔を見る。
言われるままに扉の隙間から中を覗く。
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緊張気味に覗き込んだその部屋は6帖くらいで家具も何も無くて殺風景そのものというやつで、俺は少々拍子抜けした。
照明器具は使えないのか薄暗い。
奥に一つだけある小さな窓には安っぽいレースカーテンがぶら下がり、そこから緩やかな午後の陽光が射し込んでいて、ゆらゆらと光の斑な文様を床に形作っていた。
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特にこれといった特異な光景は見当たらない
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「俺には普通の部屋にしか見えないけど」
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そう言って俺は東山の横顔に視線を移す。
彼はじっと室内を見ながら「最初は俺もそうだった。でも入居して数日して気付いたんだ。」と呟くと、震える指先で天井を指差した。
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東山の指先を追って頭上を見上げた途端、全身が戦慄した。
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白いネグリジェ姿の女が、蜘蛛のように天井に張り付いている。
女は顔だけをこちらに向け怯えたような瞳で俺を見るや否や、逃げるように素早く前方に移動した。
そして今度は奥の窓の上辺りで留まると怯えた顔だけをこちらに向け、じっとこちらを見ている。
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俺は堪らず目を逸らし「何だ、あれは?」と言って、東山の横顔に視線を移す。
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俺の言葉に東山は無言で首を横に振ると「分からないよ。ただいつ覗いても、ああやって天井をうろちょろしているんだ」と呟く。
それから一回だけ大きくため息をつくと最後にこう言った
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「かといってこっちに何か悪さをするようなことはないみたいだし、この部屋使わないようにすれば済むことだしな、、、」と呟くとニヤリと笑い扉を閉じた。
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作者ねこじろう
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