おーい、A。オーイ。
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親友Bの声がする。
呼ばれて振り返ると、そこは、夕陽に照らされた一面のひまわり畑だった。
遠くで、Bが手を振っている。俺たちの間には、幾重にもひまわりの壁が立ちふさがっていた。
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ああーーここは以前、Bと一緒に旅行に行った時に、たまたま立ち寄った、どこかの田舎のひまわり迷路だな、と俺は思った。
ひぐらしの輪唱が聞こえる。
Bの声がする。
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おーい、A。オーイ。
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俺は声のする方へと走る。
背の高いひまわりに囲まれた小径を、右へ曲がり左に折れて、行きどまってはまた戻る。
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おーい、A。オーイ。
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声がだんだん近くなる。
Bは気の良い奴だった。ゼミの飲み会で知り合って意気投合し、それからいつもつるんでいた。
やがてC子という後輩女子を取り合って険悪になったこともあったけど、それも今では笑い話だ。
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あの日。
強い雨が降っていて視界が悪かった。
俺たちの車はとある峠で道を踏み外し、谷底へと転落した。
俺は痛みの中、助手席で目をつぶったままのBの額から、おびただしい量の血が流れていくのを見た。
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おーい、A。オーイ。
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陽が山際に暮れかけて、薄闇に包まれたひまわり迷路の向こう。
血まみれで手を振るBの姿があった。
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ドン!ドン!ドンーー!
何かを激しく叩く音に目を覚ます。
しかし目の前は闇だった。
身体は、動かなかった。
目の前に、木の板があることが気配でわかる。扉だろうか?
扉の向こうに人の気配がする。
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おーい……Aぇぇ。オーイィィィ……。
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何故だ、B。あれは夢だったんじゃないのか?お前は死んだんじゃなかったのか?
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Aぇ……、Aぇぇ……、Aぇぇぇ……!
やめてくれやめてくれやめてくれ!
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不意に目の前の闇が四角く切り取られた。
光だ。
光の中に逆光のBの顔があった。
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「ーーごめんな、A!ごめんなぁ!」
頭に包帯を巻いた、くしゃくしゃな表情のBがそこにいた。
「ありがとうね、B君。Aの運転のせいで大怪我をした貴方が、お葬式にまで来てくれて……」
今度は俺の母親の顔が覗く。
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「いえ、本当にすいませんでした!俺が運転を代わってやっていれば、こんなことには……」
その言葉に号泣する母親。
「A君……なんでぇ……?嫌だよぅ……」
震えるC子の肩を、Bの腕が力強く抱いている。
おい、テメエなにやってんだ!
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「皆様、そろそろお別れの時間となりました」
誰かの声がそう告げて、俺の顔の前にある小さな穴ーー棺の小窓を閉じた。再び闇に包まれる。
「これから火葬場に向かいます。皆様、お車の方までーー」
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おい馬鹿やめろ!俺はここにいる!やめろ、やめてくれ!
テメエ、B!出せ!出せ!ここから出せぇぇぇ!
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俺は声の限り叫んだが、それは誰の耳にも届かないようだった。
小窓が閉まる前、Bの口元は確かに笑っていた。
俺は深く絶望しながらも、誰にも聞こえない叫びを上げ続けるのだった。
作者綿貫一
ふたば様の掲示板、
8月のお題は「手を振る」、「扉の向こう」、「呼ばれる」。
それでは、こんな噺を。