─今晩こそは絶対に言おう。
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俺はそう決心すると、玄関のドアのノブを回しながら、
「ただいまあ」と声を出す。
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すると、
「お帰りなさ~い」と、いつもの麗香の明るい声が奥のリビングからする。
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スリッパに履き替え、廊下を進み、リビングのドアを開くと、正面にある食卓テーブルに、グラスに入ったいつものビールが置かれていた。
テレビからは、8時からのいつものニュース番組が流れている。
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椅子に座り、ビールを飲んでいると、
「ねぇ、風呂にお湯貯めているから、入ったら?」
という麗香の声。
「ああ、、ありがとう」
そう言って立ち上がると、脱衣場に行った。
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体を洗い、湯船に浸かっていると、
「下着、ここに置いとくからね」
という声がする。
首を動かすと磨りガラスに、麗香の影がぼんやり浮かんている。
俺はその影に向かい、少し緊張しながら、
「なあ、後で話があるんだけど」
と声をかけた。
すると、
「え!何だろう?ふふ、、楽しみね」
という嬉しそうな声が返ってきた。
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食卓テーブルの向こうにある台所からは、水の流れる音と食器のガチャガチャという音に混じり、麗香の楽しげな鼻歌が聞こえてきていた。
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再びテーブルに座った俺はまずテレビを消すと、
「麗香、今から君に大事なことを言うから、しっかり聞いて欲しい」と言って、ちらりと台所の方を見る。
「なあに、もったいぶって。
早く言ってよ」
もどかしそうな麗香の声。
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俺は出来るだけはっきりとした声で言った。
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「麗香、君はもう死んでるんだ」
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「え!?、、、」
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これが麗香の最後の声だった。
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さっきまで騒々しく聞こえていた水や食器の音、そして鼻歌はきれいさっぱり無くなり、代わりに辺りは重々しい静寂に包まれた。
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─これで、これで、良かったんだ。
こんなこと、いつまでも続くはずがない。
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そう呟くと俺は、もう誰もいなくなった部屋で一人、泣いていた。
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Fin
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Presented by Nekojiro
作者ねこじろう
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