1:別天津神(ことあまつかみ)タルパが、衣通(そとおり)カナコの元を去ってから、5年の月日が流れた。
それだけ経つと、完全に消えないにせよ、タルパへ対しての恨みは大分薄れた。
カナコの中で、お互いに利用し合っていた。そんな考えも芽生え始めた頃。いつもの様に出社し、何時もの業務をこなしていた午後。慌てた様子の上司が来た。
どうやら、東京本社に送った書類に不備があった。そんな初歩的なミスを新人がしてしまった。
急いで東京へ行って欲しいと言われたのだ。
その代わり明日は休みにするので、東京見物でもして来たらどうかと言われた。
本日は木曜日、土日は休みな為、3連休が貰えた。
会社から新幹線の回数券を受け取り、東京本社へ向かった。
怒られると思いきや、新人のミスという情報は本社にも伝わっていて、ねぎらいの言葉を頂いたカナコ。
早速宿を探そうとしたが、どうにも安い宿は満室で、少し高い宿を取ろうと考えていた時だった。
声を掛けられた。
『もしかして、カナコ?』
振り返ると、そこには警備員の姿をしたタルパの姿があった。
もうすぐ仕事が終わるとの事で、暇なら飲みに行かないかと誘われた。
特に予定も無かった為、奢りなら良いとカナコは返事した。
近くの喫茶店でお茶をしていると、タルパが来た。
タルパは5年経って、多少落ち着いた印象を持ったが、相変わらず、空っぽな所に変わりは無かった。
それどころか悪化してる様に感じた。
目の前に存在しているのに、存在しない。
不思議な感じだった。
しかし、少しのお茶のつもりが、話しが盛り上がった。
宿が無い事を告げると、自宅に泊まらないかとの申し出をカナコは了承した。
喫茶店を出て、タルパの自宅から近い繁華街の居酒屋で飲み、タルパの自宅へ行く時。
『ブラザーを紹介するよ』
「ブラザー?」
タルパが言うには、自宅近くのコンビニエンスストアのスタッフで、仲良くなった人間が居る。心霊に興味もあり、漫画、アニメなども好きで、タルパと気が合った。お互いにブラザーと呼び合い、今では、一緒に酒を飲む仲と説明された。
そのコンビニエンスストアに近づくと、カナコは何かを感じた。
不思議な感覚だ。
店に入ろうとするタルパを止めて言った。
「待って。1人で入って、私の事は黙ってて」
『なんで?』
「理由は後で話す」
タルパは、カナコの言う通り1人で入り、店員の蘭(あららぎ)ユウジと話しをした。
その姿を隠れながらみていた。
タルパが話す店員こそ、ブラザーと呼ぶ人間だろう。
予想通りだ。
自分が感じた感覚は彼から発するオーラだ。
バックに不動明王も視える。
更に珍しいのは、天と地の属性を持って居る。
天属性とは、精霊、自然霊から、力を借りる事が出来る属性の事である。この属性を持つ者は御守りやパワーストーンの類を持つと能力が上がる事も特徴だ。
また、人の持つ正の感情を力に変える。喜びや、感謝。愛などである。
一方で地属性は、霊などを取り込み自らの糧にする。
精霊や自然霊が嫌う属性で、御守りやパワーストーンも取り込まれる事を恐れて、一部の物を除き、持っても能力は上がらない。
そして、人の持つ負の感情を力に変える。怒り、悲しみ、嫉妬などだ。
どの属性も修行次第で、術という形で、神か仏のいずれかの力を借りる事も出来る。
そのどちらかになるかは、本人の相性次第である。
元来、人間はどちらかの属性しか持たない。
タルパの様にそのどちらも持たないのも珍しいが、天と地、どちらも持つ人間をカナコは初めて見た。
しかも、強く不動明王の加護を持って居る。
普通はあり得ない事である。
ここまで強い加護ならば、もしかしたら、修行してる可能性を考え、タルパの家に行った際に自分の感じた事を全て話した。
タルパから、ユウジが修行してたという予想は否定された。
彼は修行の類をしていないと。
ただ、ユウジの父親が酉年生まれで、不動明王を本尊とする寺へ初詣に行っていたと、タルパから聞かされた。
それだけでユウジのバックに不動明王が視えたか謎が残るが、彼が強くなれば、水霊を祓う事が可能かもしれない。
祓うまで行かなくても、呪いを焼き祓う位は出来る可能性をカナコは感じていた。
2:カナコが立てた作戦は次の通りだ。まず、水霊の呪いを、ユウジにぶつける。タルパを中継として使う。結果的にとはいえ受けているタルパになら、呪いを媒体にして作成した式神を送る事が出来る。
ユウジを知るタルパなら、ユウジに送る事が出来る。
それをユウジに祓わせる事で、能力を高める修行になるというものだ。
カナコは、呪いという形でも、相手と繋がりがあれば、どんな距離でも式神を送る事は出来るが、繋がりが無い相手には送る事は出来ない。
ユウジに呪いを分ける事も出来るが、カナコがそれを拒んだ理由は二つ。
一つは、ユウジは不動明王の加護を強く受けている為、呪いを分ける事が出来ない可能性がある。
もう一つは、流石に、会って間もない男に抱かれる事に抵抗がある事。
他に方法が無いなら、覚悟を決める事も出来るが、今となっては、他の方法がある為、出来る限り、体を差し出す行為はしたくない。
タルパはユウジを良く知る為、ユウジなら、事情を知れば、協力を惜しまないのでは無いかと進言した。しかしカナコは、どんな善人でも、利用される事をよしとしない可能性もあり、安全策として、巻き込む形を取りたいと言った。
カナコの要求をタルパは、飲むしか無かった。
それは、かつて、カナコを裏切り、鍋島リクを追った事への罪悪感からだ。
現時点で、カナコとユウジに繋がりが無い。
その場合、実際の距離は式神を送るには弊害となる。その為、カナコが帰った後、ユウジに式神をぶつける事となった。
3:その決行の日。
タルパは、店の外から店内を見ていた。
ユウジは、納品作業を終え、店内の売り場手直しをしていた。
客も居ない。
カナコの式神をユウジに向けた。
カナコはまず、ユウジが、何もしない状況で式神をどう対処するかを見る様にタルパへ言っていた。
ゆっくりとユウジに近づく式神。
まず、タルパが驚いたのは、式神の強さである。
ユウジを傷付け兼ねない。
タルパは、急いで店内に入り、印を結び、真言を唱える。
タルパの真言は、霊などの動きを止める効果がある。
そして、ユウジに不動明王印の結び方を教えた。
4:タルパからの報告を受け、カナコは冷静に考えた。
自身は神社に生まれ、陰陽術の修行を受けた。
そんな理由から、カナコには、寺系の術は使う事は出来ない。
しかし、ユウジは、寺系である、不動明王の真言を使う事が出来た。
国籍が違うとは言え、神が住む島と言われるバリ島、インドネシアの雑貨が反応した。それは、日本で例えると、神社系の加護である。
普通に考えればありえない事だ。
更に、ユウジはカナコの式神を水霊の呪いだけを焼き祓っている。
謎は深まるばかりである。
カナコはここから数ヶ月。
僅かに残ったユウジの霊力を探る事に集中した。
5:タルパがユウジと出会ったのは、1年ほど前だ。
引っ越し先のコンビニの店員がユウジだった。
ユウジは常連客であるタルパを覚え、少し世間話をする様になった。
その時、女性関係の派手さを持つタルパは、お店に連れて行く女性が毎回違っていた。
その事を何も言わないユウジに、少し好感を持ち始めるタルパ。
更に、漫画アニメ等も好きと分かると、そんな話しもする様になっていく。
ある日の事。
タルパは1人でユウジの働く店に行く事が多くなったある日の事。タルパが着るドクロのTシャツを見て
「ガシャドクロ?それ」
聞かれた。
突然聞かれたので、対応に困っていると、ユウジはそのTシャツが妖怪の絵である事を説明した。
タルパは、妖怪などの伝承に詳しく、元来、これはガシャドクロとは言わないと説明すると、ユウジがそういった怪談噺も好きだと分かった。
タルパの体験談をユウジに聞かせる事が多くなった。
何よりタルパが驚いたのは、先にユウジがオチを言い当ててしまう事だ。
タルパの体験談は、どれも、怪談噺を知っていても掴みにくい。
何故なら、誇張した噺では無いからだ。
ユウジにそれを質問すると、
「何となく、そう浮かんだ」
と言うばかり。
そう。自分では、視えない、感じない。
しかし、本物かどうかは何となく感じる。
ユウジは持っている。タルパの直感がそう告げている。
自分が使う、霊の動きを止める真言もあくまで、かつて知り合った友人から教わったもので、友人が言うには使えてると言われたからである。
タルパからすると、本物の能力を持つ者は魅力的に思うと同時に、憧れの感情も芽生え始める。
更に、ユウジはタルパの今までやって来た事を聞いても、
「自分をクズって自覚してるんなら、良いんじゃね?俺的には、本当のクズは自分をクズとは言わない」
そんな事を言われたのは、初めてだった。
タルパとユウジが今読んでいる漫画で、好みの女性が主人公と同じ事である事から、主人公を『ブラザー』と呼ぶキャラクターがいる。
タルパがユウジをその漫画から『ブラザー』と呼ぶ日は遠く無かった。
作者蘭ユウジ
4話です。
この物語はフィクションです。
作者の想像と妄想で書かれてます。
第1話https://kowabana.jp/stories/34868
第2話https://kowabana.jp/stories/34888
第3話https://kowabana.jp/stories/34920