1:近代に入り、衣通(そとおり)カナコが、この世に生を受けた。
衣通家では、久しぶりの女子である。
その為、掟も廃れて来ていた。
更に、近年、衣通家で代々、受け継がれて来た池も、湧き水は枯れていた。
カナコの父も、掟を不安に思う一方で、それを軽くみていた。
神職に携わる者として、それは、最大の間違いであろう。時代の流れとは、残酷である。
しかし、これは、偶然か、神の気まぐれか。
カナコには生まれつき、それらを感じる才能があった。
成長と共に、自分は水霊(みづち)に取り憑かれ、呪いを受けている事、その事実は感じ取っていた。
まず、カナコは父親に神社で行う祭り事の仕方を学んだ。
そして、宮司を務める父親の人脈を使い、陰陽術の修行も始めた。それは、カナコが10歳の時である。
カナコが20歳になる頃には、自身の霊感も相まって、宮司の手伝いも出来る様になっていた。
しかし、どの手段を用いても、この水霊だけは、祓う事も、呪いを解く事も無理だった。しかし、呪いを抑える事は可能だった。
最初は事を軽く考えていた父親も、カナコを修行に出した陰陽師でもある宮司からも言われた為、事を重く捉えた。カナコには、神社の事は兄に任せ、自由に生きる様に言った。
水霊を体に宿すカナコは、長くは生きられない。
カナコには、一人暮らしをする部屋を与え、ある程度の生活費を与えられた。
娘を一人暮らしさせる不安は父親にもあったが、神社の敷地内の家に居れば、娘も安心出来ないだろうとの親心である。
定期的に連絡をする事。
何かあった時の為に、神社の連絡先を書いた紙を持つ事は言われた。
2:修行中は泊まり込みなどは基本的には無く、カナコは普通に学校に通っていた。
その為、友人が全く居ないわけでも無い。
高校時代には恋人も居た。
高校卒業後、大学進学もしていた為、父親が探した部屋は大学から近かった。
「大学卒業まで生きられるかなぁ」
これが彼女の心配事だった。
大学生としての生活を楽しみ、友人達と遊び、平穏な生活を送っていた。
ある日、同期の男から告白され、付き合う事となった。
彼氏となった男と酒を飲んで居た時。
唐突に感じた。
水霊の呪いが自身を蝕んで居る事に。
もう長くは無いだろう。
せめて、最期の思い出に。
残される彼に悪いとは思ったが、その男は、カナコの初めての男になった。
目覚めてカナコが感じた事があった。
身体が少し軽くなった。
隣で寝ている彼氏を視た。
彼に少しではあるが、水霊の呪いを受けて居る。
まさか、こんな方法で水霊の呪いを少しでも、移す事が出来るなどとは、思いもしなかった。
父親にも、彼氏にも言えない事だか、自分は生きる事が出来るかもしれない。
カナコは知らない事だが、元々は『その行為』を知らずに死んだ娘の怨念を水霊が取り込んでいる。
つまり、『その行為』にて、相手の男に呪いを分ける事が出来る。
カナコがその事実を知らなかったのは、水霊が禍つ神と化したきっかけを知らなかったからだ。
カナコは、自分が助かる為に、彼を利用して良いか悩んだが、自分の命の為と自分に言い聞かせた。
3:分かった事があった。
『その行為』によって、カナコに憑く水霊の呪いは相手に蓄積する。
自身に取り憑いた水霊から生まれた呪いなので、自分では祓えない。ほぼ一体化しているからだ。
「最近ついてないんだよなー」
「お祓いでも受けたら?」
「俺そうゆうの信じて無いから」
こんな事言われれば、どうする事も出来ない。
そんなある日の事。彼氏から、先輩を視て欲しいと言われ、紹介された。
これが、3歳年上の別天津神(ことあまつかみ)タルパとの出会いであった。
見た目がイケメンだった事よりも、カナコが驚いたのは、驚くくらい、空っぽだった事。
彼氏が言うにはタルパは、身体が重い、怠さを感じるとの事、カナコが神社の娘で、霊感がある。ので、そうゆうの信じてるなら、視て貰えばと言ったと。
意識を集中してタルパを視る。
生霊だ。それも1体じゃない。5体は憑いているのでは無いだろうか?
「生霊だね。5体は憑いてる」
「やっぱかー。カナコちゃん。祓えない?」
「祓えないよ?別天津神さんへの気持ちが消えても、生霊は残るから」
生霊の厄介な所は、祓っても、生霊を飛ばした本人に戻れば良いが、大抵は飛ばされた所に戻る。
しかし、飛ばした本人も、生命力を減らす為、ダメージはある。
今度何か奢るよと礼を言われ、その日は解散した。
その後、程なくして、タルパと再会した。
大学のメンバーで飲み会をした帰り。
男性陣は2次会行く事となり、女性陣は帰る事となったのである。
駅で解散し、歩いていると、声をかけられた。
「あれ?カナコちゃん?」
そこに居たのはタルパであった。
どうやら、タルパは彼女を送った帰りだった。
酒も入っていた。
悪い事だと分かっている。
しかし、カナコは、生霊を持つタルパに呪いを分たらどうなるか。それを試したくなった。
誘惑に勝てず、近くのコンビニで酒、つまみを買い、部屋に招き入れた。
その一夜だけ、タルパと『その行為』をしてしまった。
朝起きて、隣に寝るタルパを視た。
予想通りであった。
タルパに巣食う生霊と水霊の呪いが戦っている。
暫くしたら、どうなるか。
結果を見たくなってきた。
しかし、自分にも恋人が居る。
何か方法は無いか考えて居たら、タルパが起床した。
タルパは連絡先の交換を持ち掛けてきたが、それを断った。
「昨夜の事は2人だけの秘密ね」
とお約束の様な台詞を言ってタルパを送り出した。
4:月日は流れ、卒業が近づいていたある日の事。
カナコは突然の訃報を受ける事になる。
彼氏が亡くなった。
遺体は川に浮かんでいた。
友達と飲んだ帰りに誤って川に転落。
事故では無いかと警察は話した。
カナコは泣き崩れた。
自分のせいだ。
きっと、約1年、水霊の呪いを受けたからだ。
彼の両親はカナコの事を知っていた。
葬儀中にも泣きながら、『ありがとうね』と言われた。
辛かった。自分には、その言葉をかけてもらえる資格など無い。それを言えない自分を責めた。
自分は生きていて良いのだろうか。
そんか考えが頭によぎるが、これは自分が生き残る為と自分に言い聞かせた。
そんな葬儀から、一月程経った時。
知らない番号からの着信を受けた。
誰かと思いながら、電話に出た。
なんと、その相手はタルパだった。
タルパはどうやら、彼の両親と面識があり、彼の携帯から、カナコの連絡先を入手していた。
何故そんな事をしたか聞くと
『あいつの葬儀の時のカナコちゃん、何か違うって感じた。何かなぁ、自分を責めてる様な。気になったから』
驚いた。まるで自分の心を見透かされてるみたいだ。
直ぐに、待ち合わせをして、以前の様にコンビニで、酒やつまみを買い、部屋に招き入れた。
そう言えば、彼は霊視の依頼をカナコにしている。
彼なら分かってくれるかも、と全てを話した。
話を聞いたタルパが怒る可能性もあった。
何せ自分も巻き込まれているのだ。彼氏の様に命を落とす可能性だってある。
しかし、タルパが言ったのは
「なるほど、今まで大変だったね。なら、僕が救ってあげるよ」
意外な言葉だった。
命を落とす可能性だってある。現にタルパの後輩は命を落とした。
「死んでも良いの?」
「死なないよ。僕は不死身の吸血鬼(ヴァンパイア)だから。何なら死にたい位さ」
子供の様に笑ってタルパは言った。
それを聞いたカナコは、人間が吸血鬼なわけが無いと思いながら、その無邪気な笑顔に惹かれた。
5:カナコの霊感が原因で、怪現象が日常茶飯に起こる部屋でタルパと暮らし始めると、呪いと生霊の喧嘩の結果が判明した。
結果的に、タルパに呪いは効かない。
生霊が、水霊の呪いを取り込んでしまうのだ。
しかし、呪いは消えない。生霊は呪いを取り込んで、少しずつ強くなって来る。しかし、呪いで相手は死ぬ事は無い。生霊はタルパを殺すつもりは無い。ただ、タルパを求めるだけなのだ。
呪いの効かない者が現れた事は、カナコにとってはまさに救済者であった。
自身の呪いも軽くなり、死の危険は無くなった様に思えた為、自身も就職した。
最初にカナコがタルパの異常性に気付いたのは、1ヶ月程経った時である。カナコが帰宅すると、タルパが刃物で自ら傷付け、自分の血を飲んでいる。
「何やってるの!」
そう言うとタルパから刃物を取り上げた。
「会社で何かあったの?」
タルパは、カナコに抱き付き子供の様に甘えた。
その姿を見たカナコは、更にタルパを愛おしく思った。
それはまるで麻薬の様に、カナコを蝕んでいった。
自傷行為を繰り返し、自分の血で遊んでいる。
手当てをしながらカナコは言う。
「タルパが死んだら、私も水霊の呪いで死んじゃうんだよ?」
カナコがタルパの態度に異変を感じたのは、3ヶ月程経った時だ。帰りが遅れる。帰宅しない。
タルパを問い正すと、残業になった。友達と飲んで朝帰りになった。と言うばかり。
最初は信じていたが、どうもおかしい。自分とは、別の香水の香りがする時がある。
カナコは式神を使い、タルパを監視し始める。
タルパは、当時高校生の鍋島(なべしま)リクと浮気していた。
カナコが問い詰めると、友達だと誤魔化したが、カナコは式神を通して、何処で何をしてたかを言い当てた。
流石に、タルパも少し恐怖を感じ始めた。
しかし、カナコはタルパが居なければ、生きていけない。
タルパもカナコに取り憑く水霊の呪いが、自身に巣食う生霊を強化する。お互いに依存し合う型なのだ。
それでも、リクとの浮気をやめないタルパ。
それは、カナコに対してリクの持つ憎悪の感情が、この上無く心地よいのだ。
ある日、カナコはタルパに、ラピスラズリのブレスレットをプレゼントした。
タルパが欲しいと言ったからだ。
リクに見せると、リクの憎悪の感情が増す。
リクも、タルパにラピスラズリのブレスレットを贈った。
しかし、カナコが贈ったブレスレットの全てがラピスラズリだったが、リクが贈った物はラピスラズリの玉が一つで後は木製。高校生の限界だろう。
流石のタルパも恐怖する事件が起きた。
それは、カナコから贈られたブレスレットのラピスラズリが変化していた。
ラピスラズリという石は確かに変化する不思議な石ではあるが、一つ、また一つと、開眼を始めた。
流石のタルパも恐怖した。
タルパは、ブレスレットをカナコに返し、カナコと別れて浮気相手の鍋島リクを追い、東京へ行く事にした。
そして、カナコは、タルパを恨む余り、禁忌を犯す。
水霊の呪いを媒体にして、式神を制作。
それをタルパに飛ばした。
それこそ、ユウジ達が呪いと呼ぶモノで、定期的にタルパに飛ばす事により、呪いを軽くする為、呪いを分ける事と同じ結果となった。
作者蘭ユウジ
第3話の改修版です。この作品は、かなり軽度な、出血、性描写を含みます。この物語はフィクションです。作者の空想と妄想で書かれてます。
第1話https://kowabana.jp/stories/34868
第2話https://kowabana.jp/stories/34888