1: シャリーン!
蘭(あららぎ)ユウジは職場である深夜のコンビニエンスストアにて、鈴の音を聞いた。
今年で35歳になるというのに、オカルト好きが高じて、この手の現象に遭遇すると、まず、超常現象と思ってしまうのは、彼の悪い癖であろう。
しかし、暫くすると、その原因が何か気付いてしまった。
「なんだコイツか…」
身に纏うユニフォームの中に着る、ワイシャツに隠したガムランボール。
ユウジが好きなアイドルグループのメンバーが持っていたアイテムで、インドネシア・バリ島の雑貨である。
言うまでも無く、ガムランボールを知り、購入したきっかけはそれが理由である。
ガムランボールは、インドネシア・バリ島において、願いが叶う。魔除けの御守りとされる物だ。銀製の小さなボールで、真鍮製の玉が中に入っている。その為、振ると美しい音色が響く。
ユウジはガムランボールを取り出し、軽く指で弾く。
シャリーン!
と良い音色が辺りに響く。
「もっと大きい玉なら、もっと大きい音鳴るんだけどな…」
ユウジがそれを買わなかった理由は2つあった。
一つは経済的理由だ。輸入雑貨は国内の銀製アクセサリーに比べれば、安価な物も多いが、大きな物になれば、それなりの価格がする。
もう一つは、持ち歩きたいと思っているからだ。
歩く度に、大きな音がしてしまえば、仕事に支障を来たす恐れがある。
考えた結果、レディースサイズの小さなガムランボールを購入して、チョーカーの紐を使い、ネックレスにして持ち歩いている。
「ふっ、良い音色だろって言いたくなるな」
すると、ガムランボールがものすごい勢いで鳴り始めた。
流石にユウジも驚いた。
「なんだ?」
すると、入口の自動ドアが開き、入店を報せるチャイムが店内に鳴り響く。
コンビニ店員歴が長いユウジは、まず、チャイムが鳴ると入口を確認する癖がある。
来店の挨拶をする前に、来た人物を見ると、馴染みの顔だった。
別天津神(ことあまつかみ)タルパである。
少し長めの髪を染め、ユウジより5つ年下の30歳。
「ブラザー、いらっしゃい」
「ブラザー、こんばんは。良かった。無事みたいだな」
「何かあったん?そーいや、今、ガムランボールが凄い勢いで鳴ったけど…」
「もう来たか。早いな」
ユウジの問いにこたえずに、印を結び、真言を唱えるタルパ。
「ブラザー、確か、死んだ親父さんが酉年で、不動明王を祀ってる有名なとこに参拝してたって言ってたよな?」
「それは間違い無いけど、どうした?」
「今、こいつの動き止めてる。印を結べ!」
「これだよ」
そう言ってタルパは印を結んで見せた。
見様見真似でユウジが印を結んだ。
すると、不思議な事に、知りもしない不動明王真言を唱え始めた。
身体が自然と動き、まるで引き寄せられる様にある方向に指先を向けた。
すると、ユウジの結んだ印の指先から炎が出て、目の前の何かを焼いた。
断末魔の叫び声を上げる何か。
やがてそれは消えていった。
「な、なんだ。今の?」
「間に合ったー」
「ヘイ!ブラザー」
「なんだい?ブラザー」
「何が起きたか説明して欲しいんだけど…」
「勿論。とりあえず、飲もうぜ。レジ打って」
ユウジはレジに戻り、タルパは、糖質0の発泡酒とノンアルコールビールのロング缶を持ち、ユウジの待つレジへ向かった。
会計を済ませ、深夜帯にはベルトスタンドで閉鎖しているイートインスペースへ向かった。
2:このお店のイートインスペースは、対面で座るテーブル、椅子2脚のセットが3組ある。
ユウジとタルパがそれぞれ別のテーブルに着くと、タルパが話し始めた。
「ブラザー、カナコの事覚えてる?」
タルパが言うカナコとは、衣通(そとおり)カナコ。
生まれつき霊感を持っている神社の娘である。
5年前、タルパと交際していたが、当時、高校生だった浮気相手である鍋島(なべしま)リクが上京する事から、別れた相手である。
「覚えてるよ。確か、浮気相手のJK追っかけて、上京した時、捨てた女だったね」
「俺をディスってる?」
「んな事無い。むしろ、JK手懐けたブラザーをリスペクトしてるぜ」
タルパはいわゆる、イケメンで、女性にモテる。
「そのカナコの家系って呪われてるんだよ」
「マジ?それって最悪じゃん」
「んで、カナコ捨ててから、俺も呪いの一部受けてるみたいなんよ」
「解く方法無いの?」
「分からん…」
「呪いが来るのって感覚で分かるんだよ」
ユウジは頷きながら聞いている。
「ほら、俺って悪いモノ好きじゃん?来ても放置なんだけど、さっきはブラザーの事がふと頭に浮かんだら、ブラザーの方に行こうとしたから、慌てて印結んで、少し、アレの動きをトロくして、走って報せに来た」
「なるほどね。所で何で俺巻き込まれたん?」
「蘭さんが本物だからじゃないかな?カナコは俺に力無いと思ってるだろうから…」
「また、来るかな?」
「撃退したからね。また来ると思う」
「とりあえず、来たらガムランボールが鳴るっぽいからまた、不動明王印使えば何とかなるかな?」
「でも、ブラザー。不動明王印知らなかったのに真言は知ってたんだ?」
「いや、知らんよ。何か印結んだら、頭に浮かんだ。
でも、店内で炎はヤバくね?」
「マジか?やっぱ、ブラザーの能力本物じゃね?
後、あの炎は普通の人には視えないから、多分平気」
「ふむ…、あ、ブラザー。明日と言うか、今日日勤だろ?」
既に2時をまわっている。
「あ、ヤバい帰って寝なきゃ」
「お休み〜」
タルパはお店を後にした。
「もしもし、カナコ?蘭さんカナコが送った奴撃退したよ」
『うん。こっちに少し戻って来たから分かる。やっぱ不動明王でしょ?前、彼を外から視た時バックに不動明王が視えたから』
「印結んだら、勝手に真言浮かんだとかすげぇよ」
『そこまでだったんだ。凄いな』
「とりあえず、今回は、ガムランボールが凄い勢いで鳴ったらしい」
『ガムランボール?あ、いいや。こっちで調べる』
「ブラザーの好きなアイドルグループのメンバーが持ってたとか言ってた」
『インドネシア・バリ島のアイテム…。驚いた。
神と仏の力を持ってるんだ。彼。タルパ、お願い、やっぱ、彼なら私に憑いた水霊(みづち)祓えるよ』
「また、俺がアンテナになってブラザーに送れと」
『私は、彼を知らないもん』
「ブラザーを騙してるみたいで、気が引ける…」
『私は騙したのに?』
「騙しては無いだろ?裏切ったケド」
『まあ、上京してなきゃ、彼を見つける事出来なかったから、そこはそうゆう事にしておく』
電話を切ったタルパは、やはり、ユウジを鍛える為、カナコに協力する事に、罪悪感は拭えずにいたのである。
作者蘭ユウジ
この物語はフィクションです。
仮名であっても、実際の人物とは関係ありません。
この作品は、俺の趣味と空想で書かれてます。