「ここだけの話」
ファミレスの食器箱の中で寝そべっていた俺は、隣にいたスプーンに話しかけられた。
「フォークのこと、どう思ってる?」
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俺は箸だから洋食関係の食器のことはわからんと答えると、これだから和食は、とスプーンは吐き捨てるように言った。
「じゃあ、ナイフについては、どう思う?」
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面倒だった俺は、かっこいい、と適当に答えると、スプーンは内側にカーブした部分をいっそう輝かせて、次のようなことを俺に聞かせた。
「俺は昔、フォークと一緒にいろんな悪さをしていてよ。
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もっとも、その時はお互いにスプーンとフォークなんて呼ばれてなかったんだが、あの頃の俺たちは随分やんちゃだった。
たとえばプチトマトをずたずたにしたり、ニンゲンの口に傷をつけたりと、とにかく思いつく限りの悪戯をして日々を過ごしていたんだ。
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しかしある時、俺たちの悪行がナイフの野郎に見つかっちまって、罪を問われる羽目になった。
ナイフの野郎はその鋭利な刃で、食べ物だけでなく俺たちの罪までも裁断するつもりでいたんだ。
それで、ナイフの野郎、俺たちに何をしたと思う?」
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知らん、と答えた俺は、いつのまにか片割れがどこかに行ってしまっていることに気づいた。
きっとニンゲンの子どもが、俺の片割れを使って遊んでいるのだろう。遠くの方で、助けて〜、という声が聞こえる気もする。
そんな片割れの悲劇なんてまるで気にせず、スプーンは再び話を続けた。
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「あいつはな、罪の重さに見合ったぶんだけ、俺たちの指を切るなんて言い出したんだ。本当にあいつは、切りたがりのキレ症だ。あいつがかっこいいなんて、お前もどうかしてるな。
しかしいちばん滑稽なのは、そんなナイフの野郎に、フォークが縋りつく勢いで謝っていたことだね。
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挙げ句の果てにはフォークの野郎、これまでの悪行は全部俺に唆されてやったのだと言い出した。
これには俺もムッときたが、フォークの言うこともあながち嘘ではなかった。それに俺はこの時から心が丸かったから、結局は俺の方が多く罪を償うことに同意してやったんだ。」
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それで、その後はどうなったんだい?
俺は、さっきまでの無関心を改め、スプーンの話の続きが無性に気になっていた。
しかし、スプーンは言いたいことの大半を言い終えたようで、彼の返事は随分とそっけないものであった。
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「見ればわかるだろ。ナイフの野郎、本当に俺たちの指を切りやがったんだ。
あいつが2本で、俺にいたっては全部持っていかれた。
そして、律儀に謝罪したフォークは、今ではナイフととても仲がいいんだ。」
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話し終えると同時に、スプーンの野郎は空の彼方へと消えていった。
どうやらニンゲンは、さっきまで食べていたハンバーグステーキを完食したらしい。
その後にデザートのシャーベットが運ばれてくると、「冷たい!」というスプーンの声が聞こえた。
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俺はといえば、とうとう食器箱の中にひとりぼっちになった。
テーブルナプキンを独り占めできることは嬉しかったが、片割れが戻ってこないことは残念に思った。
どうやらまた、俺の出番はなしのようだ。
ここはいつから、"JAPAN"になったのだ?
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これだから洋食は、と俺は誰に聞かせるわけでもなく呟いた。
シャーベットを食べ終えた女のニンゲンは、「罪の味がする」といってプリンまで食べていた。
作者退会会員