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中編4
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日常怪談「エプロン」

俺には最愛の妻がいる。

俺たちは半年前に出会って、そこから一ヶ月で夫婦になった。

いわゆるスピード婚というやつだが、それにしてはうまくいっていると思う。

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彼女は少し抜けているところがあってよく物忘れをするが、そこがまた可愛い。

なによりも、俺のことをいちばんに思ってくれていることが彼女の行動からよく見てとれた。

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たとえば、彼女は俺に隠れてこまめにメモを取っている。

特に、彼女の作ってくれた料理を俺が気に入った時や、俺がテレビを見て笑っている時などに、キッチンの裏に隠れてはポケットサイズのノートを開いている。

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最初は何をしているのか気になったが、どうやら忘れっぽい彼女は、俺の好みをメモしてくれているらしかった。

そんな健気な彼女のことを、俺もまた同じくらいに、いやそれ以上に愛していた。

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しかし、ひとつだけ彼女について気がかりなことがあった。

それは、彼女が料理中に着ているエプロンの右ポケットに、得体の知れない「白い粉」が常備されていることであった。

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しかも彼女はあろうことか、それを指でつまみとって、調理中の鍋やフライパンの中にふりかける時があるのだ。

もちろんそれはただの調味料だと思うし、なにより妻のことを疑いたくはなかった。 

でも、見た目が「白い粉」である以上、何か薬物の類なのではないかとどうしても気にせずにはいられなかった。

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その日も台所で夕飯の準備をする彼女は、例のエプロンを身につけていた。

結婚当初はドキドキしながら台所に立つ後ろ姿を眺めていたのに、今ではその胸の鼓動も意味が違ってしまっていた。

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そして案の定、この日も彼女は右ポケットに手を入れたかと思うと、例のブツを作りかけの野菜炒めにふりかけた。

俺はこのとき、気さくにその粉の正体について聞くことができればよかった。

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しかし、スピード婚の難点というか、俺たちは夫婦とはいえ、まだ完全に打ち解けているとは思えなかった。

だからこそふとした拍子に歪(ひず)みが生まれ、そこから2人の愛は引き裂かれるのではないかと思うと、ほんの少しの疑いをかけることもためらわれた。

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そして、出された料理を断ることもまた、歪みの原因となり得るに違いなかった。

結局俺は妻にありがとうを言ってその野菜炒めをいただいたが、ちっともその味を楽しむことができなかった。

妻が作ってくれた料理を心から感謝して食べられないことに、俺は次第に息苦しさを覚えた。

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そこで俺はある行動にでた。

というのも、俺の知人には鑑識に精通している奴がいた。

つまり、妻が外出している間にこっそりエプロンをそいつのところに持っていき、白い粉の成分を明かしてもらおうと考えたのだ。

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翌日、妻は実家に用事があると言って家を空けた。俺はとてもついていると思った。

俺がスーツ姿で行ってきますをした数十分後、妻が家を出たのを確認すると、急遽有給をとって誰もいない家に戻ってきた。

そしてリビングの椅子にかけられていたエプロンを手に取ると、知人のいる研究所へと向かった。

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その道中、俺は結婚前に彼女の両親に挨拶をしていないことを思い出した。

なんでも妻の両親は、すごく遠いところにいるから会えないらしかった。

俺にはそれが、もう両親は他界しているという意味に聞こえて、それ以上は何も言うことができなかった。

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「やあ、久しぶり」

そいつとは大学からの付き合いで、お互いに話したいこともいっぱいあったが、彼は俺の気持ちを汲んでか、すぐに鑑識をはじめてくれた。

彼は仕事のできる奴で、ものの数分で結果がでた。

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あの白い粉の正体は、ただの塩であった。

俺はそれを聞いて心から安堵するとともに、妻に対して申し訳ない気持ちが募った。

思えば、うっかり者の彼女のことである。

この白い粉も、塩と砂糖が混ざらないように、よく使う塩の方をポケットに入れておくという彼女なりの工夫だったのかもしれない。

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俺は妻の愛を再確認し、知人の彼にお礼を告げた。

そしてようやく昔話に一花咲かせられると思っていたのだが、彼はなんだか浮かない様子であった。

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「どうしたんだい?」

俺がきくと、彼は何度も言い淀む素振りを見せ、しかし意を決したように俺にこう言った。

「実はな、お前があのエプロンを持ってきた時から、何かおかしいと思っていたんだよ。

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というのも、あのエプロンの素材は、鑑識官の俺でさえこれまでに見たことのないものである気がしたんだ。

そして俺は、白い粉に加えて、エプロンの方も鑑識してみた。

そしたら、本当に信じ難いことではあるが、あのエプロンは地球に存在する物質では作られていなかったんだ」

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お前の妻は何者なんだ?

彼が聞いてきた時、俺は頭の中が真っ白になった。

しかし一方で、冷静に何かを考えられる自分もいて、そんな俺はこの研究所までの道中で考えていたことを思い出した。

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なんでも彼女の両親は、すごく遠いところにいるらしい。

俺は彼女が両親のことについて話してくれないのを少しだけ不満に思っていたのだが、彼女がそもそも地球の人ではないのだとしたら、それも十分に納得のいくことであった。

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絶句する俺に、とりあえず返すわ、と言って彼がエプロンを差し出した時、そのエプロンの内ポケットから何かが落ちた。

それは、妻が俺に隠れて開いていた、あのメモ帳であった。

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俺はそれを拾い上げた。

その表紙には黒のマジックで「ニンゲンの生態」と書かれていた。

Concrete
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