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中編5
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かささぎとカラス

私には、書きあぐねている話がある。

今から6年前にアップした「カラスの子」という実話怪談である。

「カラスの子」は、このサイトの作家仲間たちが、自発的に立ち上げたイベント企画への参加作品として書いたものだった。

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当初は、長編として「上・中・下」に分けてアップする予定だったが、未だ「序」にあたる「上」しかアップできていない。

言い訳になってしまうが、ある日を境に、私はこの話を全く書けなくなってしまった。

書けなくなる ということは、書き手にとって致命的かつ絶望的な状況とも言える。

だが、私が書けなくなった理由は、皆さんが考えることとは少し違っている。

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「カラスの子」に取り掛かろうとする度に、私は、夢を見るようになった。

時間は、深夜零時から3時の間に限られ、そのあまりにリアルすぎる悪夢に、ここ数年、この時間帯になると、自然と目が冴えてしまい、明け方まで眠れなくなってしまうのである。

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夢は、日によって若干の違いはあれど、概ね これから語るような内容である。

私は、四方を白い壁に囲まれた10畳ほどの小部屋に寝ている。

この部屋には、見覚えがない。

寝返りをうつ度に、ベットが ギシギシと軋む。

ベニアばりの安普請。

静寂に包まれた部屋の灯りは、壁に埋め込まれている間接照明だけで、窓はもちろんのこと、家具調度品の類は、一切見当たらない。

暗く淀んだ空気に満たされた部屋。

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目が暗闇に慣れてくると、視線の先にぼんやりと 紫色の扉が浮かび上がる。

この部屋の出入り口は、どうやら、この扉だけのようだ。

だが、この扉にはドアノブがない。

つまり、こちら側からは、開けられないということだ。

逃げられない、出られない。

そう気づいた私は、「ひぃ。」と小さな悲鳴を上げた。

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私の気配を感じ取ったのか、微かな声の震えを聞きつけて、

バサバサバサバザ

扉の向こうから、

鳥の羽ばたく音が ゆっくりとこちらに向かって近づいて来る。

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バザッ バザッ

羽がたたまれる音とともに、鼻先に微かな風圧が吹きかかる。

それから徐に、

「〇〇ちゃん。〇〇ちゃん。」

ねっとりと湿り気を帯びた女の声で、私は自分の名前をと二度「呼ばれる」のだが、

応答する間もなく、

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ぎぃあああああああああ~。

地響きのような唸り声とも叫び声ともつかぬ鳴き声が辺りに響き渡る。

その声を合図に、

一羽、二羽、三羽… ざっと目で追っただけで八羽以上の鳥たちが、閉じられてあるはずの扉を通り抜け、いとも簡単に…私のすぐそばに飛来し、

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「〇〇ちゃん。」

「かささぎだから。」

「だいじょううぶ」

「心配しないで。」

「か、さ、さ、ぎ だから。」

「だいじょうぶ。」

「しんぱいしないで。」

「〇〇ちゃん」

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頭上を何度も何度も同じ言葉を連呼しながら、狭い部屋の中をグルグルと旋回している。

ねっとりとした女の声は、呪文のように身体にまとわりつき、私は、毎回耳を塞ぎ床に突伏することしか出来ない。

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「かささぎ」は、古(いにしえ)から多くの歌人に愛され、時に歌に詠まれ、愛らしい風貌からも分かるように馴染み深い鳥だと聞いている。

だが、夢に出てくる鳥は、姿形といい、素人目から見ても 「かささぎ」とは、似て非なるもの、カラスそのものなのである。

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なぜ、このカラスたちは、明らかにカラスにもかかわらず、自ら「かささぎ」と名乗るのか。

「かささぎ」だから「大丈夫」とは、何を意味しているのだろう。

「かささぎ」と偽り、私を名指しで呼ぶ「カラス」たちの真の目的は?

十数羽とも思しき数の鳥たちが、紫色の扉の内と外を自在に行き来しては、私の鼻先や頭上を掠めるように飛んでいる。

あざ笑うかのように飛び回る鳥の群れ。

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私は、左手で顔を覆い、右手で激しく手を振った。

「お願い。あっち行って。かささぎなんて嘘。あなた方は、カラスなんでしょう。」

大声で叫んで 目が覚める。

いつもの我が家の自室に、ひとりぽつんと臥床している。

寝汗がじっとりと着衣を濡らし、喉はカラカラに乾ききっていて、疲れ切った身体とすり減った神経がヒリヒリと悲鳴を上げている。

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「私、死ぬのかな。」

「いや、いつか殺されるのかもな。」

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私の見る「かささぎ」の夢は、ほぼ、こんな感じだと思ってくれればいい。

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後味の悪い夢だ。

とはいえ、せめて、年内に「中」だけでもアップしないことには、不誠実なことになってしまう。何をおいても、読者の呼びかけに応えなければ…。

私は焦っていた。

残っている有給を全て使い果たし、資料探しに奔走し、数ヶ月を経て、遂に、念願の「下」を書き上げることが出来た。

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応援してくれる目に見えないネット上の読者様たちに、私は、「やったー。遂に書き上げましたよ。」と両手を振り、拳を挙げてみせた。

これで、私は、あの悪夢からも解放される。

本気でそう思い込んでいた。

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その翌日、帰宅途中、私は、一羽のカラスの死骸と遭遇した。

カラスは、体中の血が吸い取られたかのようにカラカラに乾燥し、仰向けにされたまま放置されていた。よく見ると、左の胸の心臓に当たる部分が500円玉くらいの大きさに やや楕円状にくり抜かれていた。

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「ひ、酷い。誰がこんな事を。」

私は、その場にへたり込みそうになるのを必死でこらえた。

嫌な予感がする。

帰宅してすぐにパソコンを開いた。

「そんなばかな。」

書いたはずの「中」「下」の原稿がファイルごと全て消失している。

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コピーを保存してあるクラウドやUSBをあたってみたが、どこにも見当たらない。

足掛け5年に渡る労苦は、全て徒労に終わったということか。

「カラスの子」

あなたは、私を決して赦してはくれないのですね。

もう、苦しまなくても良い時代になったのに。

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幸い「上」の下書きと、全編のプロットだけは、古いパソコンの中に保存されていた。

「上」だけなら、このサイトでも読める。

だが、私は書きたい。

完成させたい。

何があっても。

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夢判断でいえば、かささぎの夢は、「吉」 カラスは、真逆で「凶」なのだという。

良からぬことが起きることの警鐘とも、言われているらしい。

とりわけ、カラスが、話しかけてくるなどはもってのほか。

最悪の事態に相当するらしかった。

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「おいおい、大丈夫ですか。」

ここまで読まれた方の中には、そう思われた方も多かったのではないだろうか。

この話、一笑に付してくれて構わない。

いや、むしろ、そうしてほしいと願う。

少なくとも、貴方の身にだけは、及んでほしくないから。

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