中編6
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切ない話「ハサミ」

はじめに

この話は途中までの内容が、「日常怪談『ハサミ』」と同じになっておりますが、あえて省かずそのままにしてあります。

その点をご理解いただいたうえで読んでいただくよう、どうかお願いいたします。

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小学6年の時、僕は図工の時間に、ある男の子の首のところから白い糸が天井に繋がっているのを見つけた。

僕は彼とは少し離れたところに座っていて、そんな僕の目の前には、男の子のと同じ白い糸が垂れていた。

僕はたまたま持っていたハサミで、何気なくその糸を切ってみた。

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学校で長年使っているハサミは刃の部分が錆びていて、決して切れ味はよくないのに、白い糸は何の抵抗もなく簡単に切れた。

目の前の糸と男の子の糸は繋がっているのか、僕が目の前の糸を切った瞬間、男の子の糸も真っ二つになってだらりとした。

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2つにわかれた糸はだんだんと透明になって、ついには見えなくなってしまった。

僕は誰かにその糸のことを話したかったけど、それをできる友だちがいなかったから、それからはその糸のことを気にすることもなく、画用紙を切るためにまたハサミを動かした。

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翌日学校へ行くと、朝の会の時間に、先生は悲しそうに1人の男の子の訃報を告げた。

僕は別に友達じゃないその子の死に、心の底から驚いていた。

なぜならその子は、昨日僕が糸を切った、あの男の子であったから。

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彼は、交通事故で死んでしまったらしかった。僕は、自分があの糸を切ったことで彼は死んでしまったのかもしれないと思った。

一方で、それはただの偶然であり、彼の死について自分が責任を感じることはないとも思った。

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でも、そもそも糸を切っていなければこんなことを思わずに済んだので、あの時手元にハサミがあったことを、僕はすごく後悔した。

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その日から僕は、友達でもないあの子のことを考えながら毎日を過ごしていた。

また、あの日以来僕はいろんな場所で白い糸を見つけるようになった。

誰かの糸だとわかる時もあれば、周りに人はいないのにただ糸だけが垂れている時もあった。

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僕は普段からハサミを持ち歩いていなかったし、あの男の子のこともあったから、糸を見かけても知らんぷりをした。

そしてある日、これまでとは違い、はじめて黒色の糸に遭遇した。

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それもその糸は、ふたつ前の席の長谷川くんに繋がっている糸だとわかった。

長谷川くんも僕の友達ではなかったけど、彼は明るくてクラスでいちばんの人気者だったから、僕は一方的に彼の名前を知っていた。

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僕はこの黒い糸についても、白の糸の時と同じように関わらないことにした。

筆箱の中にハサミはあったけど、もし切ってしまって長谷川くんに何かをあったら、僕はまたあの子の時と同じ後悔をしなければいけない気がして、それが嫌で見て見ぬふりをした。

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そして翌日、長谷川くんは学校に来なかった。

朝の会で、先生はまた悲しい顔をしながら、長谷川くんの訃報を僕たちに知らせた。

先生は直接は言わなかったが、風の噂によると、長谷川くんはどうやら自分で命を絶ったらしかった。

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あんなに明るくて人気者な長谷川くんが、自分の手で人生を終わらせてしまうなんて考えられなかった。

まるで彼は何かに操られていたのだと考えた時、僕はようやく、2つの糸の意味を理解した。

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白の糸は、誰かの命をこの世に繋ぎ止める、切ってはいけない糸。

黒の糸は、誰かをあの世に引っ張ろうとする、切らなければいけない糸。

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僕はそれに気づいた時、長谷川くんの糸を切らなかったことを後悔した。

でも、仕方ないじゃないか。だって知らなかったんだから。そうやって何度も、自分を慰めた。

そして、もう絶対に同じ後悔を繰り返さないことを胸に誓って、黒い糸を見つけた時に切ることができるよう、いつでもポケットにハサミを忍ばせるようになった。

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ある日、黒い糸を見つけた時、そこは学校へ向かう電車の中だった。

つり革につかまるサラリーマンの首から、黒い糸が上へとのびていた。

その時僕は中学生になっていて、背丈もそれなりに伸びたから、その男の人の頭上に手を伸ばせば、十分に糸を切ることができた。

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しかし中学生になった分、僕は周りの目にも敏感になっていた。

その電車は朝の通勤ラッシュで満員だったから、僕はその中でハサミを取り出すことがとても怖かった。

もし、ハサミを持っているのが誰かにバレたらどうしよう。そんな不安で押しつぶされそうになった。

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それに加えて、久しぶりに見た黒い糸は白い糸よりも丈夫そうで、凧糸くらいの太さがあった。

僕の持っているハサミでは簡単には切れない気がして、何度も諦めようと心が揺れた。

しかし、あの時に感じた後悔を、もう2度と繰り返したくなかった。

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そして、深呼吸をした僕は、もう一度糸の位置を確認するために顔をあげた。

目の前のサラリーマンの首からは、やっぱり黒い糸が伸びていた。

もうすぐ目的の駅に到着するという時、僕は意を決してポケットからハサミを取り出した。

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そしてサラリーマンの頭上へ手を伸ばした。

何度もハサミを動かしてみるが、その糸は思った以上に丈夫でなかなか切れなかった。

いくつもの糸を何重にも撚り合わせているようで、刃の摩擦でだんだんと細くなってはいくものの、最後の一押しがうまくいかなかった。

その時、

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「お前、何しとるんや!」

隣に立っていた50歳くらいの男の人に手を掴まれ、その声によって周りの目は一斉に僕に集まった。

幸いなことに相手は高齢で、おまけにちょうど電車は駅に着いたみたいでドアが開いたから、僕は掴まれた腕を振り解いて一目散に外へ出ると、後はひたすら走ることに専念した。

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結局、僕はあの黒い糸を切ることができなかった。

走り続ける僕は、とっくに学校を通り過ぎていた。

行為を咎める声に振り向いたサラリーマンの虚な顔が何度も蘇って、それを掻き消すために息ができなくなるまで足を止めなかった。

それでも、サラリーマンの顔は僕の頭から、全然消えてはくれなかった。

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その日から、僕は学校へ行かなくなった。

それどころか、食事もろくに喉を通らなくなった。

僕には友達がいないけど、両親もまた僕にあまり関心がなかった。

僕はひとりで、暗い部屋に閉じこもって、ひたすら同じことを考えていた。

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僕はあの時サラリーマンの黒い糸を切れなかったことを、それこそ擦り切れるほどに記憶から引っ張り出しては、もっとうまくできたのではないかと後悔した。

それだけでなく、白い糸を切ってしまったあの男の子の死も、黒い糸を切ってあげられなかった長谷川くんの死も、全部悪いのは自分であるように思った。

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気づいた時には、僕は誰もいない家の自分の部屋で、先端の輪になった縄を持っていた。

僕ができることは、あの世で彼らに謝ることだけなのだとしか思えなくなっていた。

そして、僕は乗っていた椅子を蹴った。

僕の身体は宙に浮いて、首には自分の全体重がぶら下がった。

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そうなるはずだった。

気づいた時には、僕は床に尻餅をついていた。

僕の横では、さっき蹴ったはずの椅子が転がっていた。

僕の首にかかっていた縄は、途中でぶつりと切れたようで、椅子と一緒に床の上にあった。

絶句する自分の目の前に、ゆらゆらと何かが落ちてきた。

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見上げると、自分がくくりつけた縄の隣に、切り端のぐしゃぐしゃな黒い糸が垂れていた。

その糸がだんだんと透明になって、ついに消えてしまった時、僕は誰かに聞いて欲しかった感情を、大粒の涙とともに爆発させた。

Concrete
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