いま、俺に向かってさも楽しそうに話している友人。
この友人はたしかに俺の友人で、幼稚園からの付き合いだ。いわば幼なじみのような関係なのだが、俺はふと思った。
こいつ、こんな顔だったっけ?
確かに声は友人のものだし、話してる事も俺たち二人しか知り得ないような内容なのだが、顔が…
どうも俺の知っている友人ではないような気がするのだ。
そう思い始めたら、どんどんとその顔が変化していき、ついにこの友人の顔に全く見覚えがなくなってしまった。
自分の頭がおかしくなったのかと、頭をふったり、目をこすったりしてみたが、やはり変わらない。
それは多分、数字や漢字を見ていてある時ふと感じる違和感。脳が文字のパーツをバラバラに切り離して認識し、初めてみたような錯覚に陥らせる現象。ゲシュタルト崩壊のような感覚に近かった。
でも、それにしてはその崩壊具合がすごい。
俺の知っている友人はぽっちゃりした顔つきなのに、今目の前にいるこの人はTOKIOの長瀬くんくらいシュッとしている。
そしてもっと決定的な違いを言おう。
小さい頃からあるはずの鼻の横のデカいホクロはどうした?おまえ、両耳にピアスなんてあけてなかったろう?
「すみません。失礼します」
俺は他人としか思えないその人に挨拶をし、そそくさと喫茶店を後にした。
どうして友人がとつぜん他人に入れ替わってしまったのか。いくら考えてもその答えは出ない。何度も繰り返しかかってくる友人からの着信。俺はとても話す気にはなれず、それを無視した。
「あれ?お兄ちゃん?」
電車を待っていると、後ろから妹に声をかけられた。制服姿の妹はまだ高校生で、昔から明るく、話が面白くて、近所でも評判になるくらいの気立ての良い自慢の妹だ。
だが、その女の子の顔は全く知らない、見た事もない顔だった。
さっきの友人と同様、声は紛れもなく妹のものだし、着ている制服も妹の学校のものだ。でも、顔が…
妹はそんな細い目ではないし、そんなイモトアヤコさんみたいな太い眉毛ではない。
俺はもう逃げられないと悟り、妹らしきその人物に話を合わせながら家に帰った。
これが夢であって欲しい。盛大なドッキリであって欲しい。
そう願うが、家にいた母も父も、祖母も、全くの別人としか思えない顔をしていた。
愛犬のペロにいたっては、もう犬ではなく猫だった。
「どうなってんだ!ゲシュタルトが崩壊しすぎだろ!」
俺は自分の部屋で枕を口に当てたまま叫んだ。
明日になったら元の世界に戻っていますように。俺は神様にそうお願いして、眠りについた。
…
翌朝、目を覚ますと、俺は全く知らない家にいた。見たこともないベットから降りると、見たこともない柄のカーテンを引いて、見たこともない窓をあけ、見たこともない景色をながめた。
春の生暖かい風が俺の顔にかかると、俺は大きく深呼吸をした。
見たこともないドアノブをひねり、見たこともない階段を降りて、見たこともない洗面所に入る。見たこともない蛇口をひねって顔を洗うと、見たこともない鏡に、見たこともない自分がうつっていた。
「上等じゃねーか」
俺はこの全てがゲシュタルってしまった世界を受け入れて生きていく事を決意した。
なぜなら、俺の顔が鳥肌をおぼえるほどの美形だったからだ。
「ふふふ、世の中の女ども、今すぐ行ってやるから待ってろ!」
俺は不敵な笑みを浮かべる鏡の中の自分に別れを告げ、見たこともない廊下を歩き、見たこともない玄関で見たこともない靴を履くと、見たこともないドアを開いて、まだ見たこともない世界へととびだした。
了
作者ロビンⓂ︎
お久しぶりです。
いやあ、ゲシュタルトってなんかおいしそうな名前ですよね…ひひ…