中編3
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日常怪談「ガム」

私は最近ジョギングにハマっている。

はじめはダイエットのつもりだったのに、完走できる距離が伸びていくことに楽しさを覚えて、いまでは趣味としてほとんど毎日走っている。

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家の近くにはちょうどいい大きさの公園があって、平坦に整備された歩道と、ある程度の間隔に点在する街灯が夜のジョギングにも適していた。

仕事帰りに公園の公衆トイレでスポーツウェアに着替えて、軽く汗を流してから帰宅するのが私の日課だった。

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しかし、そんな私のジョギングライフに、危機が訪れようとしていた。

というのも、私の走る時間帯には、決まって1人のおじさんが散歩しているのだ。

それだけならいいけれど、その人はいつもおぼつかない足取りでふらふらと歩くから、私は彼の横を通り過ぎるとき、いつも緊張しなければいけなかった。

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しかもマナーの悪いことに、彼は時々道端にガムを吐くのだ。

ある時ようやく銀紙に包んだと思っても、彼はそれを無造作に放ったのだから、私はただ呆れてしまった。

でも、彼のマナーを注意する勇気は私にはなかった。

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彼は黒色のパーカーでフードを被って、ポケットに手を突っ込んでいるという怪しい風貌だったから、注意したくないというよりも関わりたくないという気持ちが強かった。

たまにしゃがれた声で咳き込むことにすら嫌悪感を示していた私は、彼をまるでいないものとして扱うことにした。

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この話を友人にした時には、走る場所や時間を変えればいいと言われたけど、その公園は家に近くてトイレも綺麗で完璧だったし、時間帯についても、私はどうしても仕事帰りに走りたかった。

あのおじさんも、ふらふら歩くのとガムを吐く以外は何もしてこないので、私は友人に「大丈夫」と言って笑った。

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この日私は、いつものように夜の公園に赴いていた。

トイレで着替えを済ませると、仕事でミスをして落ち込んでいたのもあって、憂鬱な気分を晴らすかのようにいつもよりペースをあげて走った。

じんわりと汗をかいてきた頃、私は前方にふらふらと歩く人影を見た。

私は再び気が滅入るのを感じた。

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その人影は、やっぱりあのおじさんだった。

この日もいつも通りパーカーを着て、フードを被ってふらふらと歩いていた。

そして私を嘲笑うかのように、彼はべっ、と何かを道端の草むらに吐いた。

どうせガムだろう。もういい加減にしてほしい。

私はイライラしながら彼の横を通り過ぎようとしたとき、靴底にべっとりとした違和感を感じた。

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私の背中にはこれまでとは違う汗が流れた。

私は力なく立ち止まった。

この感触は、間違いなくガムだ。

さっき吐いたのはただの唾だったの?よりによって歩道にガム吐くなよ。ああせっかく買った新品なのに。

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彼に対する文句が次々に湧いてきて、相変わらずふらふらと前を歩いている彼の背中を思いっきり睨みつけた。

そして私は項垂れるようにしゃがみ込み、右足の靴を脱いだ。

その時の私はこれまでとは違い、その靴を彼に見せて文句を言ってやろうと思っていたのだが、靴底を確認した瞬間、その威勢は見事に消え失せてしまった。

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靴底についているのは、ガムで間違いなかった。

しかしそのガムは、全然噛まれていなかった。

おそらく板状のガムなのだが、それはただ舌と唾液によって丸められ、何度か押しつぶされただけに見えた。

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そしてそのガムには、白い何かが埋もれていた。

私はそれが何かをはっきりさせるため、体が影とならないよう向きを変えた。

それは、よく見ると、人間の奥歯だった。

私は、さっきまで体中をめぐっていた血が、一瞬で引いていくのを感じた。

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この場から離れよう。そう思った瞬間、しゃがんでいる私の頭上からぺちゃぺちゃという音が聞こえた。

私ははじめて、ぼろぼろのサンダルと汚い足の爪が、すぐ目の前に見えることに気づいた。

頭上のぺちゃぺちゃが、べっ、と何かを吐き出した音に変わった時、私は持っていた片方の靴を放り投げ、必死に逃げようと退いた。

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しかし、いつもよりもハイペースで走った疲れからか、私の足は踏み出した瞬間にもつれて、そのままアスファルトに倒れこんでしまった。

そんな私を嘲笑う、しゃがれた声に思わず上を向いてしまった。

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顔を上げると、街灯の逆光の中で、歯茎だけの大きな口が笑っていた。

その顔は、歯が生え変わるくらいの年頃の、子どもの顔だった。

Concrete
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