中編3
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日常怪談「プルタブ」

仕事から帰り風呂で汗を流した俺は、ビール缶を片手に、待ちに待った晩酌を楽しんでいた。

今日の晩酌のお供は、あの有名なジブリ映画「千と千尋の神隠し」だ。

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前回の金曜ロードショーでやっていた時以来、いつかもう一度観たいと思っていたがすっかり忘れていた。

久しぶりに定時退勤となった今日、ようやく仕事帰りに借りてきたというわけだ。

そして開始数分後、俺はすでに非日常の世界に飲み込まれていた。

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やっぱり、不朽の名作は違うな。

主人公が泣きながら握り飯を食べているシーンまでたどり着くと、俺は空になった缶を横にどけ、新しいビール缶のプルタブを引いた。

しかし、手に力が入りすぎたのか、プルタブは引いた反動で取れて、偶然にも缶の中に入ってしまった。

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俺は少しだけ興ざめに思いながらも試しに飲んでみると、カラカラという音は逆に耳に心地よかった。

また、なかなかプルタブは外に出てこなかったが、それがかえって飲みやすさの要因になっていた。

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そこで俺は、プルタブを缶から取り出す必要はないと思った。

そして時折カラカラといわせて晩酌を楽しみながら、俺は再びジブリの世界に吸い込まれていった。

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時刻はまもなく真夜中を迎えようという時、エンディングの映像を前にして俺は余韻に浸っていた。

今日はまだ月曜日なのに、まるで金曜日のような感じがするのも、きっとジブリの効果なのだろう。

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さあ明日も仕事だ。今日は酒もこのくらいにして、そろそろ寝ようか。

膝に手をつきソファーから立ち上がると、2本の空き缶を持って台所へ向かった。

その途中、ある違和感に気づいた。

さっきまで鳴っていたカラカラという音が、この時には少しもしていなかったのだ。

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手に持った空き缶のひとつは、たしかにプルタブがとれていた。

それなのに何度振ってみても、あの音は鳴らなかった。

缶の中を覗いてみるが、やはり何もない。

途中で取り出した覚えはないし、ましてや間違えて飲み込んでしまったわけでもないだろう。

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一応テーブルやソファーも確認してみたが、それでもプルタブの姿は見当たらなかった。

いくら探しても埒があかないので、俺は喉に突っかかるようなモヤモヤをそのままに、仕方なく床につくことにした。

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それから俺は、再び日常に戻って型にはまったような毎日を過ごしていた。

残業続きの忙しい日々の中、プルタブのことはすっかり忘れ去っていた。

しかしある日、偶然にもプルタブが家の床に落ちているのを見つけた。

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しかもそれは、部屋のど真ん中のフローリングの上にあった。

銀色のプルタブは木材の色の上では目立っていて、これまで目につかないはずはなかった。

掃除機をかける時、洗濯物をたたむ時、仕事で疲れて大の字に寝転んだ時。

その存在に気づく瞬間はいくらでもあったはずだった。

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俺は不思議に思いながらも、そのプルタブを拾ってゴミ箱に捨てた。

しかし困ったことに、その日から夜中に妙な音で目を覚ますことになった。

その音は、いつか聞いたことのある、カラカラとした乾いた音であった。

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俺は、あのプルタブによって、異世界へとつながる何かの引き金をひいてしまったのかもしれない。

そう思って最初は思い悩んだが、カラカラとした音はやっぱり耳に心地よかった。

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そして何事もなかったかのように、元々のつまらない日々を過ごしていたが、最近はあの音がいつのまにか鳴らなくなったことにも、俺はまったく気づかなかった。

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