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中編3
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「かばん」

「かばん語」というのは、『鏡の国のアリス』で登場する「ジャバウォックの詩」の中に出てくるような、造語のことをいう。

つまり、2つの言葉を掛け合わせて作った、辞書には載っていない言葉のことである。

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「かばん語ゲーム!」

恋人の沙希は、俺が玄関で出迎えるなりそう叫んだ。

彼女の突飛な行動はいつものことだったから、俺はさして驚かなかった。

この日の彼女は、重そうな革のかばんを持っていた。

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「何が入ってるの?」

部屋の中に入って俺がそう聞くと、沙希は待ってましたとばかりに、まずは「かばん語」の説明をした。それから、

「この中には、いろいろな道具が入ってるの。そのうちの二つを取り出して、それを組み合わせて新しい言葉を作るって遊びよ」

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と得意げに鼻を鳴らした。

いつも馬鹿げたことばかりしてる沙希にしては、随分と気の利く遊びじゃないか。

俺はそう思って、早速かばんの中に手を入れてみた。

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何か冷たい金属の感触がして、取り出してみると、ハサミだった。

それも、裁縫に使うような裁ちばさみで、わざわざこんな大きなものじゃなくていいだろと俺は彼女の頭をこづいた。

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続いて、かばんの中にある俺の手は、さっきとは真逆の、熱い金属の表面を触った。

「あっつ!」

思わず叫びながら、俺はその金属を取り出した。

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それは、自販機などで買うことのできるスープ缶だった。

「ここに来る前に自販機で買ったんだ。まだ熱々でしょ」

そんな沙希の無神経さが頭にきて、俺はさっきよりも強めに彼女の顔を叩いた。

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「お前馬鹿にしてんのか⁈ だいたい、こんなの本当の物じゃなくて、紙に名前でも書けばいいだろうが」

俺はそうやっていつものように怒鳴りつけたが、今日の沙希は泣かなかった。

「あなたは、いつも文句ばっかりね」

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彼女が静かな声でそう言うのを聞いた、次の瞬間、

俺は、床に倒れこんだ。

「…がっ」

うまく息ができない。何が起こっているのかわからず、沙希を見た。

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彼女は、笑っていた。

その手には、血に濡れた裁ちばさみが握られていた。

俺は、すぐにでもそれを奪い取って、いつものように教育してやらなければと思ったが、体はまったく言うことを聞いてくれない。

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そこでやっと、俺は喉元をハサミで突かれたことに気づいた。

「あなたは、毎日毎日私を馬鹿にして、楽しかった?」

彼女の声は冷たく、その目は血走っていた。

俺は、目の前にいるのは沙希ではないのだと思った。

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いつもの沙希はどうした⁈ 俺の沙希を返せ!

もちろん、俺の悲痛な叫びは声にならない。

「私はあなたと違って優しいから、あなたに殺され方を選ばせてあげたの」

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殺され方? 俺が、殺されるのか?

俺は悔しさで堪らなくなって、声にならないことは分かっていても大口を開けて抵抗した。

しかし彼女は、それを待っていたかのようにニヤリと笑みを浮かべ、

俺の口めがけて、熱々のスープ缶をねじ込んだ。

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その缶はいつのまにか開けられていて、血で滲んだ喉元には容赦なく熱いものが流れてきた。

俺は悶絶して、床を転げ回った。

本当に俺は死ぬのか。はじめて、沙希に対して怖いという感情を抱いた。

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「今あなたが抱いている感情が、私が毎日あなたのせいで抱かなければいけなかった感情よ」

うそつけ、俺は沙希のことを一回も殺そうなんてしたことないぞ。

「あなたは私をおとぎ話の中の女の子だと思ってるけど、私は生きている人間なの」

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そんなこと一度も思ったことない。早く、早く俺を助けてくれ。

「あなたは私を馬鹿だと思ってるけど、それは違うわ」

そうだ、その通り馬鹿なのは俺だ。だから俺を救ってくれ。 

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「私いま、新しい英単語を思いついたけど、教えてほしい?」

俺は従順にうなづいた。

彼女は満面の笑みで、こう言った。

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「"scissoup"。

意味は、"めちゃくちゃに壊したいくらいに大嫌いな人"」

そして沙希は、何度も繰り返し俺の顔をハサミで突き刺した。

彼女はその間、ひたすら笑っていた。

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意識がなくなる寸前、彼女がさっきの革のかばんから、今度は人が入るくらいの、大きなかばんを取り出して広げているのを見た。

やがて目の前が真っ暗になると、俺の体には、冷め切った冷たい液体がかけられた。

Concrete
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