内川さんは幼少期の頃、ある男の子に付き纏われていた。その子はKという名前だった。少し変わった子で周囲から煙たがられていた。内川さんは気の優しい女の子で、そんなKにも優しく接していた。彼は余程それが嬉しかったのだろう。気づけば毎日、彼女に付き纏うようになったそうだ。小さな町で、進学する学校も同じだ。それが余計に拍車がかかった。
高校に上がってしばらくの事。
成長した内川さんは、Kの気持ちが自分に対する恋心なのだと勝手に理解していた。しかし好みでもない。好きな男の子も別にいた。だからあまり相手にはしていなかった。
ある日、Kに校舎裏へ呼び出された。
彼女は「ついに告白されるのか」と複雑な気持ちになった。でもここで強く断れば関係を断ち切れる。そんな期待もしたそうだ。放課後、誰もいない校舎裏に向かうとKが笑いながら立っていた。Kは緊張した雰囲気のカケラも見せない。内川さんは「今日は何の用?」と尋ねた。
すると彼は黄ばんだ歯をチラつかせ、「子供の頃から、ずっと君を殺したかったんだ。そろそろ我慢出来ない。だから殺させてよ」と弾ける様な笑顔で話した。
彼女にはそれが本気だと理解していた。
Kは冗談を言う様な人間ではないと、幼い頃から知っていたからだ。内川さんは止めるよう懇願した。すると彼は悲しそうな顔しながら「どうしたら殺させてくれるの?」と力なく話した。「私がいつか好きな人と結婚して子供が二人生まれたら。そうなったら殺していいから!」と思いつきで提案した。この場をとにかく凌ぐため、必死だった。
Kは思いの外、すんなり受け入れてくれた。
「分かった。なら約束だよ」そう呟き、その場を去った。その後、Kは学校に来なくなり、気づけば自主退学していた。クラスメイト達も理由は分からなかった。内川さんは内心ほっとした。誰にも相談出来ず悩む日々がやっと終わると思ったからだ。きっとKもまともな人間だったのだ。あんな事を自分に打ち明け、後悔したのだろう。それからは楽しい人生を過ごした。
好きな男性と結婚し、生活も安定していた。
あの事を思い出したが、時折行われた同窓会に行っても、Kは現れる事もなかった。完全に記憶から彼が消え去った。そんなある日、第一子が生まれた。同級生達と繋がったsnsに、出産の報告をした。すると一番に見知らぬ名前からダイレクトメールが来た。
メールを開いた。そこには「出産おめでとう。あと一人だね。内川さんとの約束を果たせるのを楽しみにしてるね。」というメッセージと、刃物らしきものが机に置かれ、あの頃と同じ黄ばんだ歯をチラつかせたKの写真が貼り付けられていた。内川さんは絶望した。彼は約束を覚えていた。そして自分を殺す事を待ち望んでいる。
子供が二人生まれたら。
誰にもその事を言えず、未だに悩んでいる。
最近、旦那が二人目を作ろうと提案してきた。
二人目が生まれたらKはきっと自分の前に現れるだろう。内川さんは青ざめた唇で私に話した。
作者夕暮怪雨