短編2
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「トイレ」

急いでトイレに駆け込んだ俺は、重大なミスを犯したことに気づいた。

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一番手前の個室に、滑り込むように俺は入った。

まるで壊す勢いでベルトを緩めて、すぐに便座に腰掛ける。

…セーフ。

俺が小さくそう呟いたとき、突然隣の個室から声がした。

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「おい! 突然だが、俺の作ったトイレにまつわる怪談話を聞いてくれよ!」

その男の声はトイレ中に響くほどうるさく、どうやら電話口ではなく隣の俺に話しかけているようだった。

「なに、時間はとらせない。一つ一つは短い、つまらない話さ」

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いいだろ?と念を押してくる男の声に、俺は何も言わなかった。

単純に、彼と関わりたくなかったのだ。

それよりも、早く行かなければ仕事に遅れてしまう。

しかし隣の男は、俺にお構いなしに話しはじめた。

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「一、朝起きてトイレに行くと、保温機能のない便座が温かかった。ちなみに、俺は一人暮らしである。

ニ、トイレットペーパーを使い切ると、芯に赤い文字で「死ね」と書かれているのに気づいた。

三、内側から鍵をかけた瞬間、突然ドアノブがとれて床に落ちた。

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四、女子トイレなのにあがっている便座

五、閉めた扉の上と下から、同じ顔が覗いてくる。

六、「ドアの下から覗く」のは、人間の体では相当に難しい。

七、ノックされた自分の個室から、誰かが返事をする声がした。

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八、流れる水が、突然赤色に変わった。

九、便座に座って上を向いたら、大きな穴が空いていた。」

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そこまで言うと、彼はどうだった?と聞いてきた。

俺はというと、悔しいが、彼の話をつい最後まで聞いてしまっていた。

しかし、やっぱり彼とは関わりたくなかった俺は、無言で扉を開けて、手も洗わずにトイレから飛び出した。

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そのとき、

「きっと、この人よ!」

俺は中年の女性に指をさされて、それから警察官に身柄を確保された。

なんでも、公衆トイレの女子の方から男の声が聞こえると通報があり、警察官が駆け寄ったときに、ちょうど俺が出てきたのであった。

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たしかに俺はテンパりすぎて、女子トイレに入ってしまうというミスを犯した。

でも、本当に捕まるべきなのは、俺ではなく隣の男だろう。

俺が彼に関わりたくなかったのも、彼は俺と違って、純粋に女子トイレに居座る変態だと思ったからだ。

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俺は、彼とは目的が違うんだ。捕まえるなら、あの男にしてくれ!そう言って俺は、さっきまで入っていた個室の隣を指さした。

しかし、俺が指さしたのは、扉の開いた空の個室だった。

もちろん、俺以外にトイレから出てきた人はいなかった。

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俺はさっきの男の怪談話の、十番目をスマホにメモしたところで、パトカーに乗せられて連行された。

その後、俺は建造物侵入罪の容疑をかけられて取調べを受けたが、なぜか労いの言葉をかけられて、数時間後には釈放された。

Concrete
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投稿が過去一遅れて、勿体ぶった末の「トイレ」。これは恥ずかしい

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