私は、都内の家電販売会社に勤める24歳のOLだ。
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久しぶりの残業で自宅のワンルームマンションに帰り着いたのは、午後9時。
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3階でエレベーターを降り渡り廊下を歩き、玄関のドアを開く。
電気を点け6帖の部屋が視界に飛び込んできた瞬間、思わず絶句した。
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ああ、まただ、、、
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正面奥窓際にあるのはシングルベッド。
部屋中央にはガラステーブル。
向かって左手の壁には液晶テレビと、その下にはヘアードレッサー。
右手の壁には備え付けのクローゼットと小さな棚。
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朝方出るときは脱ぎっぱなしの部屋着や読みかけの雑誌とかが散乱していたのに、今はきれいに片付けられている。
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そしてガラステーブルの上には、たった今作ったかのようにご飯とおかずが湯気をあげていた。
その横には一枚の紙。
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そこには、
「お疲れ。
仕事も大事だけど、あんまり無理すんなよ」と黒マジックで書かれている。
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私は一つ大きくため息をつき、その紙を手に取るとぐしゃぐしゃに丸めゴミ箱に叩きつけるように入れた。
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2歳年上のノブヤは異常なくらい神経質で嫉妬深かった。
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デートの時にカフェの男性スタッフと少し雑談を交わしただけで機嫌が悪くなり、後からチクチクと嫌みを言われる。
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支払いは当然のように一円単位まで割り勘。
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そして挙げ句の果ては私が女子会に出かける時までも、出席メンバーと一緒のスナップをラインに送るよう命じられる始末。
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どちらかというとおおざっぱな性格の私は、いつしか彼の異常な束縛に耐えきれず、結局一年ほど交際した後とうとう前月私から別れを切り出したのだ。
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だけど、やはりというか、ノブヤは絶対に受け入れてくれなかった。
当たり前のように電話をかけてくるし、ラインも送ってくる。
それは徐々にエスカレートしていった。
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ある時は私のいない間に勝手に部屋に入り込み、鉢植えの観葉植物をテレビの横に置いてくれていたり、
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ある時は部屋の掃除をし流し台の食器まで洗ってくれて、ベッドには私の部屋着まで置いてくれていた。
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そしてとうとう今日は部屋の掃除をして、ご丁寧に手料理まで作ってくれたようだ。
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やっぱり、鍵を変えないといけないのかな、、、
でも賃貸物件は勝手に変えられないらしいし。
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そんなことを考えながら私はノブヤの手料理をダスターに全て捨てると、玄関そばにある流し台で皿を洗っていた。
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すると突然、玄関の呼び鈴が鳴った。
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shake
ピンポーン
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誰だろう?こんな時間に、、、
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玄関ドアの前に立ち「はい」と返事をするが、何の応答もない。
恐々と覗き穴を覗いてみたが誰もいない。
チェーンを外し鍵を開けると、ポトリと小さな紙が落ちた。
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拾い上げ折り畳まれたその紙を開き、そこに書かれた文字を見た瞬間ゾワリと背中が粟立つ。
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お疲れ様。
残業で晩御飯の準備も出来てなかっただろうと思って、今晩は頑張って料理を作ってみたよ。
レバニラ炒め。
ミナヨ、好きだったよな。
味はどうだった?
少し味が濃かったかな?
また感想聞かせて。
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翌日休みだった私は朝、入社当時から公私に渡りいろいろと相談に乗ってくれている総務のN課長に電話し、この件を相談した。
私の住むマンションは会社契約であり、直接の窓口が総務課ということもあった。
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事の重大さを理解してくれた課長は、すぐに管理会社に電話してくれて、その日のうちに鍵を交換することになった。
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そして抵抗はあったが、ノブヤに電話をし、鍵を変えたこと、後、これ以上私の私生活に介入するのなら警察に相談するということを話した。
始めのうち彼は自らの愚行を認めず、さらに驚いたことにしつこく復縁まで迫ってきていたが、やがて私の決意が固いことが分かったのか最後は渋々了承してくれた。
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その翌日からノブヤの異常な行動は無くなった。
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それから平穏な日常がしばらく続いた後の、ある日曜日のことだった。
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明日が燃えるゴミの日ということで夜、私は敷地内にあるゴミステーションにゴミを持っていき、再びエレベーターで3階まで上がると部屋に戻る。
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シャワーを浴び夕飯を終え、テレビ横のヘアードレッサーの鏡の前でブラッシングしていた、まさにその時だった。
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何気に鏡越しに背後に視線を移した途端、ゾゾゾと背筋が粟だった。
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そこは背後の壁際にある備え付けのクローゼット。
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その扉の僅かな隙間から、人影が動いているのが微かに見えるのだ。
鏡越しに何気に見ると、そいつは全身真っ黒な格好をしていて、血走った二つの瞳を大きく見開き、じっとこちらの様子を伺っていた。
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ノブヤ、どうして、、、
約束してくれたのに、、、
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喉裏に激しい心臓の鼓動を感じながら小さくつぶやくと出来るだけ平穏を装いながら立ち上がり、素早くテーブルから携帯と財布を取ると玄関まで歩く。
そして廊下に出るとドアを閉め、鍵を掛けた。
それからその場ですぐに携帯で警察に電話をした。
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警察はすぐに駆け付けてくれ、男は現行犯逮捕された。
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ただ、それはノブヤではなく、
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総務課のN課長だった。
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Fin
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Presented by Nekojiro
作者ねこじろう
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