中編5
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「シャワーヘッド」

突き刺さるような熱さが、疲れた体に心地よい。俺は自宅の浴室でひとりシャワーを浴びていたが、いつものような孤独感はまるでなかった。

ついに、ヤることができた。憧れの彼女は、すぐ俺の近くにいる。

こんなこと、昨日までは考えられなかった。どうしようもなく嬉しさが込み上げてくる。

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鏡に映った自分の照れ臭そうな笑顔が恥ずかしくて、俺はシャワーの湯水を頭から浴びた。

その水は俺の体と未来に潤いを与えてくれる、祝福の雨のような縁起のいいものに思えた。

彼女とは、1ヶ月前の合コンで知り合った。

初めて見た時から、俺の心のすべては彼女に奪われた。

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折れそうなくらいに細くて綺麗な手足、透き通るような白いうなじ、笑うたびにさらさらと揺れる真っ直ぐな黒髪。

そのどれもが俺の心を揺さぶり、それからの日々はどうやって彼女を自分のものにするか。それだけを考えて夏の暑い昼間も、眠れぬ夜も乗り越えてきた。

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俺は、彼女の恋人になりたかった。でも彼女への恋慕が煮詰まるうちに、いつしかそれ以上を求めるようになった。

恋人以上といえば、なんだろう。また俺は、彼女の何にこんなにも惹かれているのだろう。

俺はない頭で必死に考え、彼女を手に入れるためのつたない計画に何度も赤ペンを入れた。

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そして、ついに今日、俺は自分の部屋に彼女を招待することに成功した。なんでも、男の部屋に入るのは初めてだと彼女は言う。

そんな緊張する彼女に、俺は魂の籠った精一杯の告白をぶつけた。その言葉に彼女は涙を流した。

両手は胸の前で合わされ、それは細かく震えていた。

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「この、ど変態野郎!」

彼女は俺の目を見て、叫ぶようにそう言った。それは、俺の予想していた返事とは全然違っていた。

ヤらせてくれ、は少し直球すぎたか。でもその理由はちゃんと説明したはずなのだが。

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しかし彼女に何と言われようと、その時の俺の心は、固く揺るぎないものになっていた。

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俺は暴れる彼女を押さえつけ、憧れだった美しい首に手をかけた。そしてゆっくりと締めつけると、彼女の表情はころころと変わった。

どの顔も初めて見せるもので、その顔を見て俺は、やっと彼女を手に入れることができるのだと思った。

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でも、形ある美はいつかは醜に変わる。俺が本当に手に入れたいのは、彼女の体ではなく、それに宿る美であった。

そして美とは、人の手によって守られなければならない。美は儚く、いつかは消えてしまうからこそ美なのかもしれないが、俺に言わせれば美は、永遠に存在してこそ美なのである。

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だから俺は美しい彼女の存在を永遠にしたくて、その体を壊しにかかった。半日かけて解体した体は、今も浴槽に堆く積まれていた。

仕事を終え、それを眺めながら浴びるシャワーは、格別に気持ちよかった。身体中についた血を洗い流しながら、俺は細い手足を折った時の感触を思い出していた。

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もともと解体を容易にするために折っていたはずなのに、思いの外それが楽しくて何度も何度も折ったっけ。でもその後の解体作業は、思っていた以上にきつかった。

重労働は何も解体作業だけではない。彼女をこの部屋に連れ込むことも含めて、今日はこれまでになく体を使った気がする。

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しかし、そんな体の疲労感よりも、心の充実感の方が俺を満たしていた。

あとはバラバラになった体の肉を湯で柔らかくして、トイレに少しずつ流す。骨は決してバレないようにゴミ袋に入れて、次の回収日にでも出そうか。

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そうして俺と彼女との未来には、永遠の美が約束されるのだ。

俺は照れ笑いをやめて、殺(や)り終えた達成感を声に乗せて笑った。

間断なく放射される湯水の線をかき分けて、俺の顔は鏡の中で笑っていた。

その笑顔は誰が見ても美しいとは言えないものだったが、そんなことはどうでもよかった。

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しかし、鏡に映るそれは、次の瞬間には黒い何かに埋め尽くされた。

俺は目の前が見えなくなって、シャワーヘッドを放り投げた。黒い何かはそれと一緒に遠ざかり、視界は幾分か晴れた。

が、ある程度の重さのもの、つまりシャワーヘッドが床に叩きつけられて響くはずの音が、待てども一向に耳に届いてこなかった。

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目に入った水を拭ってようやく視界がはっきりした時、なぜ音が鳴らなかったか、その理由を理解した。

目の前ではまるで蛇のように、シャワーヘッドが"立って"いたのだ。

水が出ていた穴からは、水の代わりに黒い糸のようなものが50センチほど伸びていた。

それはよく見ると、人間の髪の毛だった。

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さっき俺の視界を覆い尽くしたのは得体の知れない髪の毛だったことに気づき、死体をばらした時には全然感じなかった吐き気に襲われた。

その髪は大きく揺れたかと思うと、シャワーヘッドはこちらを振り向いた。

そこには、さっき殺したはずの、彼女の顔が浮かんでいた。その顔は鬼の形相で、裸の俺に向かって何か叫んでいた。

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よく聞くと、まだ耳に新しい、それでいて聞き慣れたセリフだった。

「この、ど変態野郎!」

それはたしかに彼女の声で、執拗に何度も繰り返された。

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やっぱり、わかってもらえなかったか。

俺は不思議とこの状況を疑わなかった。それよりも、彼女が醜い姿で再び目の前に現れたことが、自分のことのように悲しかった。

でも、美しかった彼女のおかげで、それ以上にかけがえのない、本物の美に巡り会えたことに感謝した。

そしていま、俺が死ぬことでその美は永遠となるのだ。

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彼女の顔と化したシャワーヘッドは、俺の身体を何度も殴打した。その一撃のたびに、真っ直ぐな黒髪はこれでもかというほど乱れ、浴室の壁には新しい血飛沫が飛んだ。

俺は次の一撃で死ぬことを悟った時、彼女の目を見てこう言った。

「殺意という美に気づかせてくれて、ありがとう‼︎」

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言い終わると同時に、俺は顔面を潰されて死んだ。その瞬間、シャワーヘッドの髪の毛は元の湯水に戻った。

そのあとの浴室では、2人分の死体が、止まることのない湯水によって徐々に原型を崩していった。

3日後、異臭に気づいた大家が発見したのは、美とはほど遠い、ただの肉塊であった。

Concrete
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