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中編7
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「硬貨」

僕のクラスには、柔田くんと骨山くんという仲良しな2人組がいる。

彼らはいつも一緒にいて、お互いが尊敬し合っていることをクラスのみんなが知っていた。

なんでも、彼らを見て自分たちもああいう友達になろうと手を取り合った人も、いたとかいないとか。

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だから彼らが喧嘩をしているところは誰も見たことがなかったし、もちろん、どちらかが一方を使い走りにさせるなんてことは、これからずっとあり得ないことなのだと思っていた。

それが、ある日の昼休み、骨山くんはいつものように弁当を持って駆け寄るが、柔田くんの様子は少し違っていた。

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いつもは柔和な顔で迎える柔田くんが、この時は仏頂面で何も言わなかったのだ。

クラスのみんながそれに驚き、ざわつきはあっという間に広がっていった。

その中心で誰よりもありえないという表情をしていたのは、他でもない骨山くんだった。

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どうしたの?骨山くんの声は悲しそうだった。

それでも何も言わない柔田くんは、まるで無視して喋らないというより、言葉を忘れてしまったように見えた。

体調でも悪いの?そんな骨山くんの問いかけに首を振ることもしないので、柔田くんは本当に言葉を理解できていないのかもしれないと思った。

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でもなぜ急に?

僕も、おそらく骨山くんも、柔田くんの異変についてまるで心当たりがなかった。

しかし、隣の席の平さんが教えてくれたのは、さっきの体育の授業での、柔田くんの奇妙な行動についてであった。

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この日の体育はソフトボールだった。僕は知らなかったが、一度だけボールが大きく飛んで行った時、それを取りに行ったのは柔田くんだった。

平さんたち女子は保健体育の授業で教室にいて、彼女は退屈な板書にうんざりして窓の外を眺めていたらしい。

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そして彼女は、校庭の端っこで柔田くんが、誰かと話しているような素振りをしているのを見たのだという。

ちなみにその時は3チームに分かれて、残りの1チームはボール拾いをしていた。だから試合中の僕と骨山くんは、柔田くんのことに気づかなかった。

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「それで、柔田くんは誰と話していたの?」

放課後、僕は少しどきどきしながら、隣を歩く平さんに訊いてみた。

しかし平さんはちっとも楽しくなさそうな顔で、

「それが、わからないのよ。柔田さんは校庭の端っこに生えている、木の後ろの誰かと話していたんだもの。

でもその後、彼も木の後ろに隠れて、そこからなんかおかしくなっちゃったみたい」

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そう答えると、じゃあねと言って交差点を曲がってしまった。

本当は僕の家もそっちなんだけどな。そう言える勇気なんて僕にはなく、自分も言葉を忘れてしまったのだと言い訳しながら、じゃあねとだけ真似して手を振って、とぼとぼと遠回りして帰宅した。

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家に着いて自分の部屋に寝転びながら、ひとり自分の机で弁当を開けていた、かわいそうな骨山くんの姿を思い出した。

結局この日の柔田くんはうんともすんとも言わず、また彼はおそらく母親が作ってくれたであろう弁当に、ひとくちも手をつけていなかった。

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まさか母親と喧嘩でもしたのだろうか。

いや、彼は体育の時間まではいつも通りだったんだ。

自分の頭ではいくら考えても埒があかず、僕は彼らとは口も聞いたこともない仲なのに、なぜかすごく悲しくなった。

そして暗い気分のまま、いつのまにかうとうとと、眠りに落ちていた。

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しかし、次の日から、僕は昨日よりももっと悲しい気分で、昼休みを迎えなければならなかった。

この日の柔田くんも、昨日と同様無口で、それでも骨山くんはいつものように、弁当を持って声をかけていた。

クラスのみんなはそれぞれの箸を動かしながら、バレないように骨山くんたちを見守っていた。

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しかし、その場にいた全員が、信じられない光景を目にすることになった。何人かの驚愕の声と同時に、何本かの箸が床に落ちる音も聞こえた。

柔田くんは、せっかく声をかけてくれた骨山くんに向かって、握られた右手を突き出した。

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一瞬殴るのかと思ったが、そうではなかった。彼は突き出した拳をゆっくりと開くと、中には500円玉が一枚、手のひらに乗っていた。

そしてようやく口を開いたかと思えば、ひとこと、

「ヤキソバパン」

たしかに、そう言ったのだ。

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僕は骨山くんの目がみるみるうちに赤くなるのを見てしまった。

しかし次には、彼の顔は真っ青になり、手のひらの硬貨を震える手でとると、持っていた弁当を無造作に放って、逃げるように教室を飛び出していった。

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再び戻ってきた彼の手には焼きそばパンがあった。それは潰れてしまうのではないかというほど強く握られているように見えた。

そしておそらくお釣りで出たのだろう何枚かの硬貨と一緒に、柔田くんの机にそっと置くと、彼は怯えるようにして自分の机に塞ぎ込んでしまった。

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僕たち周りの人は、ざわめくどころかしんと静まり返っていた。

僕はその日の放課後、今度は平さんではなく頭のいい来生くんと一緒に歩いていた。

彼は昨日の体育で柔田くんと同じチームだった。僕はこれ以上骨山くんのあんな姿を見たくなくて、話したこともなかった彼に勇気を出して声をかけたのだった。

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「ねえ、柔田くんは昨日の体育の時間、誰と話していたの?」

テストの点数の話ではじめて話したとは思えないくらいに盛り上がっていたのに、柔田くんについて訊ねると、途端に彼は表情を曇らせた。

そしてぼそりと、

「それは、誰にも言ってはいけないんだ」

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そう言うと、来生くんは何も言わずに、交差点を曲がって行ってしまった。

その交差点は昨日平さんと別れた交差点で、つまり僕の家も来生くんと同じ方向にあったけれど、僕はなんだか彼についていくのが怖くて、また遠回りして家に帰った。

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自分の部屋で昨日と同じように寝転ぶと、手のひらの上の硬貨を見せられた時の、骨山くんの青ざめた顔が思い浮かんだ。

もちろん僕にはその理由がわからなくて、こんな時助けてくれる誰かがいればいいのに、なんて意味のない文句を言ってみたりした。

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明日、骨山くんに直接訊いてみよう。

いくら自分で考えてもダメなら、直接本人に訊くのが一番だという結論に落ち着いたところで、僕はまるで沈むように、深い眠りについた。

僕は夢の中で骨山くんが泣いているのを見たが、夢の中なのに、何もできなかった。

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購買から戻ってきた骨山くんが、柔田くんの机に何かを持っていくのは今日で5回目になっていた。

いつのまにかコーヒー牛乳までメニューに追加されていて、柔田くんはありがとうも言わずに当たり前のようにそれを受け取ると、美味しそうでも不味そうでもないような無表情で、黙々と食べた。

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僕はといえば、この前来生くんに言われた「誰にも言ってはいけないんだ」という言葉が妙に怖くなって、ここ数日骨山くんに声をかけられずにいた。

夢の中でできないことが、現実でできるわけがない。僕は半ば諦めていたところ、思わぬ形で骨山くんと話す機会を得た。

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僕たちは美術の時間に、2人1組のペアになったのである。僕はチャンスとばかりに色鉛筆を動かしつつ、おそるおそる骨山くんに訊いてみた。

「あの時硬貨を見せられて、どうして骨山くんは青ざめてたの?」

そう言った途端、彼はいつかと同じように青い顔をした。

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「それは、言ってはいけないんだ」

という、来生くんと同様の答えが返ってきた。

「どうして言ってはいけないの?」

僕はここで諦めたら終わりだと思って、震える声でそう訊いてみた。

骨山くんは少し考える素振りを見せた。それから柔田くんがこちらを見ていないか入念に確認すると、

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「でも、言わずに見せるだけなら、いいよね」

何かを決意したようにそう言って、鉛筆を置いてズボンのポケットを探りはじめた。

そして彼の見せてくれたものは、一枚の500円硬貨だった。

「昨日、僕は柔田くんから受け取った500円玉を使わずにとっておいたんだ」

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僕は顔を近づけて丁寧にそれを観察した。

一見なんの変哲もないただの500円玉に見えるが、ひとつだけ、明らかに違うところがあった。

製造年を表す年号。それが、これまでに見たこともない不思議な文字で書かれていた。

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英語でもない。アラビア語とも違う。そんなこと、馬鹿な僕でもわかった。

おそらくそれは、地球には存在しない、強いて言えば宇宙人の文字であるように思った。

僕は何も言えずにうなづくと、骨山くんはまるで盗んだものを隠すようにその硬貨をポケットに戻した。

それから僕たちは無言で、お互いの似顔絵を描いた。

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描き終わったどちらの絵の顔も、微妙に歪んでいるような変な顔をしていた。

その顔を見て2人で笑い合った時間は、僕の一生の宝物になった。

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次の日から、焼きそばパンは骨山くんに任せて、コーヒー牛乳は僕が買いにいくようになった。

それも美術室での一件によって、骨山くんとの間に固い絆が生まれたからであった。

そしていつしか僕たちは、かつての骨山くんと柔田くんのように、みんなの憧れる親友になっていた。そのかわり柔田くんは以前の僕のようにひとりぼっちになって、しばらくすると学校に来なくなった。

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僕たち2人は柔田くんが初めて学校を休んだ日、あの時のように笑い合った。

でも、その翌日、骨山くんは突然に喋らなくなった。

僕はすごく悲しくて、どうして無視するんだよと彼の肩を揺さぶった。

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すると、彼の口は精一杯に大きく開いて、喉奥から宇宙人のような目がふたつ、こちらをギロリと見た。

「ダレニモイウナヨ」

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その時には柔田くんは転校していたが、きっとそれは嘘だ。

そう思いながら僕は何度も、首を縦に振った。

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