それは、違うんじゃないかねぇ

短編2
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それは、違うんじゃないかねぇ

昼下がり

大型ショッピングモールの中にあるハンバーガー屋で、ポテトを食べながら、頭のおかしい友人が講釈を垂れ出した。

「ある人の言うところには、

幽霊や妖怪とは野生動物の代替品なのだそうだ。

原始時代、まだヒトが捕食されていた時代のこと

その当時、夜の暗闇で恐るべきは幽霊などの怪異ではなく、リアルな猛獣であった。

必然、ヒトは猛獣に襲われる諸条件を恐れた。

夜行性の肉食獣が活動する暗闇を恐れた。

狙われやすい、独りのときを恐れた。

猛獣が集まる水辺を恐れた。

時代が下り、ヒトは集落を形成し、柵や壁で覆われた安全地帯を構築した。

もはやヒトは捕食の被対象ではなくなり、ライオンさへ屠る圧倒的捕食者となった。

リアルの野生動物に狙われることが非リアルになったのである。

しかし、良いことばかりではない。

野生の猛獣を恐怖する本能だけは持て余すことになってしまった。

食事・睡眠・生殖の次に必要な生命維持装置である、「他の動物に恐怖する」という防衛機構は捨て切ることが出来なかったのだ。

街において猛獣に襲われることは絶対にありえない、というリアルな常識と、ひたすらに猛獣を恐れなくてはならないという本能のせめぎ合い。

その結果、生まれたのが「幽霊・妖怪」などの怪異である。

つまり幽霊は、「防衛機構の残渣」の求めに応じて巧妙に現実と矛盾のないように用意された、「猛獣の代替品」だったのだ。

ゆえに、幽霊が一番「活かされる」のは、まず暗闇、次に独り、そして(トイレや風呂などの)水辺である。これらは猛獣に警戒すべき諸条件と一致する。

幽霊がいるところには、本来ライオンがいるべきだったのだ。

ある人は、「幽霊なんて、常識的にありえないよ」

という。

ある種それは正しい。

しかし彼も、深夜の廃墟のトイレでは幽霊を怖がらずにはいられない。

なぜなら幽霊とは、「本能」がすでに常識との折り合いを済ませたうえで差し出してくる「実体なき恐怖そのもの」なのだから。」

長々と話し終わったあと、友人は満足気にジュースを飲み出した。

店も混んできており、店員もそろそろ帰って欲しそうな素振りをしている。

・・なるほどねぇ

その御高説も、まぁ、さも在りなんってところか。

しかし変だねえ。

僕達のテーブルにつっぷして

先程からニタニタと交互に僕達の顔を覗いてくる

この中年の坊主は、

はたしてライオンの代わりなのかねぇ。

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@あんみつ姫 コメントありがとうございます。
そうだと思います。タイトルが「それは、違うんじゃないかねぇ」とあるように、この友人の説は単なるアイデアに過ぎません。最後に登場する幽霊坊主は、昼間に沢山の人がいる前で現れました。これは友人の説を覆す存在です。結局のところ、幽霊がなんなのかは分からないというのがこの話の締めくくりという構成です。幽霊は現実にいるかどうかさへ不明な存在です。しかし、逆を言えば、科学の進歩した現代においても、本当にあるかもしれないファンタジーの最後の砦という側面が怪談にはあると思います。それ故に人は怪談に惹かれるのかもしれませんね。

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@エスニ コメントありがとうございます。
この話に登場する「友人」の説に則れば、科学がいかに進歩していこうと、人間がいる限り怪談は無くならないということなんでしょう。

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@りこ コメントありがとうございます。
妖怪+感染症=ゾンビは面白いですね。
近日中に、そのアイデアを基に何か書いてみたいと思います。

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@車猫次郎 コメントありがとうございます。
貞子がテレビから出たときに虎が乱入してきたら、どっちに対処したらいいのかを考えていたら、この話を思いつきました。漫画のシグルイによると、ヒトの笑顔も元は動物の威嚇の表情だと言いますから、幽霊がよく笑ってるのも猛獣の威嚇の名残なのでしょうか。

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