中編7
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廃旅館からの誘い

これは私が東北地方のとある廃旅館に宿泊したときの不思議な体験です。

発端は祖母の葬儀の後、遺品整理したら大正時代の旅行案内雑誌を見つけたことでした。

その雑誌は当時としてもハイカラらしく、旅館などを描いた、綺麗な挿絵がたくさん描かれていました。

中々に見応えがあり、ペラペラと、雑誌をめくっていると、とあるページで指が止まりました。

そこには読者からのお便り記されていて、その中に

「ワタクシも今度旅館を開こうと思います。時期は昭和20年の春を考えています。御宿泊希望の方は、どうぞ電話番号〇〇〇まで」という投稿がありました。

おかしなことです。

雑誌は大正時代発刊ですから、昭和の年号をこの時代に知る人がいるはずありません。

私は興味があり、その電話番号にかけてみました。

「おかけになった電話番号は現在使われておりません」

というメッセージが返ってきました。

そりゃそうだと、遺品整理を続けていると私の携帯に着信がありました。

「・・先程お電話いただきました〇〇旅館です・・・御宿泊の予約ですね・・」

それは、この世の全てに絶望したような暗い声でした。

私は、今起きている怪異に、恐怖で全身が固まりました。

すぐに電話を切るなり投げるなりすれば良かったのですが、

生来に物事を断れない性格であることと、思考が恐怖で停止したこともあり、つい、

「・・はい、バクシマと申します。それでは○月○日に男性1名で宿泊します。・・・3泊4日です」と応えてしまいました。

「はい・・・承りました・・.それではバクシマ様・・心よりお待ちしております・・・」

そして電話は切れました。確認してみると着信履歴には記録が残っていません。

不思議と、それは怪異からの電話なのだからと変に納得してしまいました。

・・この時すでに私は取り憑かれて、おかしくなっていたようです。初めての東北地方巡りだからと、腰を据えて3泊予約するなど正気の沙汰とは言えないでしょう。

「せめて、1泊2日だろうよ」

私はひとりうなだれました。

「いっそのこと、無視するか・・」

僅かな理性で、今後この怪異とはもう関わらないようにしようと決めました。

しかし、予約日まで一週間を切った深夜のことです。

私の携帯に電話がかかってきました。着信元をみると、メチャクチャな文字列でした。直感的に、あの旅館からの電話だと気づきましたが、前述のように私はもう狂っていたようです。急に頭に「もや」がかかりました。

私は駐車場の利用有無でも聞かれるのかと、つい応答のボタンを押していたのです。

「・・もしもしバクシマ様ですか・・・」

それは地獄の底からのうめき声のようでした。

私は恐怖で奥歯がカタカタと鳴らせながら

「は、はい・・な、なんでしょう・・」と応えました。

すると電話口から、呪詛そのものかと思うほど、なんともおぞましい声で

「誠に・・・申し訳ありませんが・・この戦時中のさなか・・従業員も兵役に取られまして・・またお出しする料理の材料の調達の見通しも立たず・・御宿泊の取り止めを願えませんか・・・」

私は何故か、無性に腹が立ちました。

私の脳は恐怖で何も考えられなくなっていましたが、終戦はもう何十年も前であることから、向こうの言い分は意味不明であることくらいは分かりました。

さしづめ、うっかりダブルブッキングしてしまったものだから、常連客を優先し、適当な理由をつけて私の予約を強引にキャンセルさせようとしていると直感しました。

「・・なんですかそれ。今から休暇シーズンに他所で予約を取ろうったって、すでにどこも予約いっぱいだろうし、直前だと値段も高く取られるかもしれないじゃないですか。絶対にそちら行きますから部屋を用意しておいてくださいね。それと、禁煙の部屋ですよ。夕食は七時。あとマンゴーはアレルギーです。」

・・そして私は電話。ブツッと切ってしまいました。

電話を切ると、途端に頭が冷静になりました。

「大変なことをしてしまった・・」

怪異は私の携帯番号を把握しているわけですから、もしこれで無断キャンセルでもしようものなら、「着信アリ」のように、私を惨たらしく祟り殺すかもしれません。

こうして、私は呪いのクソ旅館に行かざるを得なくなったのです。

そして、予約の日になりました。

私は、しょうもない挿絵が散らされている旅行雑誌を片手に電車を乗り継ぎ東北地方のオンボロ旅館(想像)に向かいました。

そういえば途中、腰の曲がった老婆に「そなたには死相が出ておる。行ってはならぬ」と掴み掛かられましたが、

「そうは言われても、こちらの事情を長々と説明していては電車に乗り遅れてしまう。それが後に響いて、夕食の時間に遅れることになってはたまらん」ということで

老婆を四方投げで地面に寝かしつけ、それを尻目に予定通りの電車に乗り込みました。

・・どうやら私は、旅館に引き寄せられていたようです。

そして何本か路線を乗り継ぎ、ついに旅館の住所の最寄り駅に着きました。

駅は無人駅で、タクシー乗り場もありませんでした。

しかし工事のトラックが近くに駐車をしていたので、お金は払うから旅館の付近まで乗せていってもらえないかお願いしたところ、無事に交渉は成立してトラックに乗せてもらうことができました。

移動の車中で運転手から

「なあ兄さん、どうしてあんなとこに行くんだい?随分前には集落もあったらしいが、今は誰ひとりあの地域には住んじゃいないよ。」と尋ねられました。

ですが、

「・・・プロならば、黙って前だけ見て運転することだ・・・」

そう応えるしかありませんでした。

しばらくしてトラックは止まりました。

「こっから先は車じゃいけないよ。

長いあいだ、道の整備が放置されてきたからね。

土砂崩れもあったな。あとお前から死相が出てる。クルナ、カエレ」

「・・構わねぇ。歩いて行く・・」

ここで歩みを止めるわけにはいきません。

並々ならぬ荒廃した道無き道を乗り越え、やがて、午後6時半に旅館に到着する事ができました。

なるほど、廃旅館でした。

しかし矛盾するようですが営業はしているらしく、玄関前の「本日の御客様」の看板には

「ばくしま(雑魚) 様」

とありました。

すでに周囲は夕暮れで薄暗くなっており、道路を挟んだ別の廃屋の窓辺から、血の気の無い家族がこちらを見てるやら、木製の電柱の陰から背の高い女がニタニタ微笑んでるやらが気持ち悪かったので、不本意ながら早々と旅館に入りました。

・・なかには誰もいませんでした。

受付らしい机の上には、薄汚れた紙が置かれており、そこには、「昭和二十一年廃業」と書かれていました。

「1年で潰れたのかよ」と心の声がポツリと外に漏れると同時に、急に背筋が凍りました。

鏡越しに、自分の後ろに、誰かがいる・・

私をゆっくりと後ろを振り返りました。

・・そこには誰もいませんでした。

私はどうしていいかわからず途方にくれてしまい、とりあえず「松」という名の部屋に泊まることにしました。

部屋は当然荒れていましたが、他の部屋よりかは幾分かマシに見えます。

しかしながら、あらためて夕食の膳なんて望むべくもないことを知り、私は落胆しました。

そして、やることも無いため、早々と寝ることにしたのです。

日頃からソロキャンプをしていた私は、慣れた手つきで畳にペグ打ちを行い、無事に室内にテントを張り寝床に着くことができました。

眠りについてどれほどの時間が経ったでしょうか。

夜中の丑の刻ぐらいのことかと思います。

空腹に目を醒ました。

ボーッとして、

あれ、ここ、どこだっけ

ほんの数秒、考えました。

そして、自分の置かれている状況を思い出しました。

途端に、恐怖で身体が、凍りました。

ええ、私、これまで取り憑かれておかしくなっていたと繰り返し述べてきましたが、ここにきて、本来の自分に戻ったといいますか、普通の感性になったんです。

そして、辺りを見渡して

心臓がとまるかと思いました。

どうして、なんで、

いやだ、いやだ、いやだ、いやだ

なんで、テントの周りにこんなに人がいるの?

寝る前に動物避けで起こした焚き火の灯りに照らされた、何人もの影が、ゆらゆらとテントを囲んでました。

た、たすけて・・

恐怖で涙した私は必死に心の中で祈りました。

そして、「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏」と念仏を、何度も何度も繰り返し呟きました。

すると、ゆらゆらとした影は少しずつ薄れていき、やがては消えました。

ホッとした次の瞬間

私の体と寝袋の隙間から、下敷きのように薄っぺらい女が、にゅっと顔を出し、

地獄の底からうめくような声で

「  デテイケェ・・・  」

・・そのまま私は気を失いました。

意識を取り戻したときは、もう朝でした。

早々にテントの撤収作業を終わらせ、焚き火の始末をし、着火に用いた部屋の掛け軸の灰をキチンと回収した私は、

部屋の机の上にいつのまにか置かれていたアボカド、バナナ、キウイ、パパイヤ、イチジク、メロン、そしてマンゴーなどのラテックスフルーツには目もくれずに旅館を飛び出しました。

こうして私は

怪異の廃旅館に呼ばれながらも命からがら生還し、秋田の乳頭温泉(混浴)に立ち寄りつつ無事に帰宅することができました。

・・そして、

その後、再びあの旅館から電話がかかってくることはありませんでした。

飲み会の勢いでこちらから電話したこともありましたが

「おかけになった電話番号への通話は、お繋ぎできません。」

と、返ってくるのみでした。

その場にいた頭のおかしい友人にこのメッセージの内容を伝えると、

「お前、それ着信拒否されてんじゃん」

と笑われました。

来年の夏は、この友人を連れて〇〇旅館にキャンプに行きたいと思います。

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