部屋で佇んでいると、女が「キキキキキ」と、けたたましく笑う声が聞こえた。
奇妙に思い、廊下にでると、3階に上がる階段の奥から聞こえるようだ。
しかし、この家に3階なんてなかった気がするが。
ともあれ、声の正体を確認すべく階段を登っていくと、さらに笑い声が脳に響いてきた。
「キキキキキキキキキキ」
3階の廊下の突き当たりにある女子トイレから聴こえるようだ。一歩進むごとに、ドアの軋みような笑い声は鼓膜を通して眉間を虐めてくる。
やがて声の主がいるであろう、トイレの個室の前に来た。
その時には、実はこれは夢なのではないかと思うようになっていた。であれば、この扉を開けるのは躊躇われる。きっと俺の脳は、想像しうる最もおぞましい怪異をこの扉の先に配置してるに違いないのだ。俺の脳が俺を怖がらせるために練り出された怪異は、現実の俺を心筋梗塞させるような恐ろしげな容姿だろう。
ところが非情にも扉は自然に開いた。
中には誰もいなかった。拍子抜けしたが、自分の脳の想像力のなさに安堵する。
その刹那、天井から
「キキキキキキキキキキキキキキキ」
天井を見上げると、ギラギラと目を見開いた女がこちらを見下ろしている。歯が全てないのだが、まるで、今抜いたばかりであるかのように、血だらけである。顔は大人だが、身体が小さくベビー服を着ていた。
そこで俺は夢から醒めた。
ベッドの脇には、妻の姉の旦那さんがくつろいでいた。
「やあ、義理兄さん、実はこんな恐い夢を見たんだ」
俺は義兄に夢の話をすぐにした。
「へえ、そんな夢をみたんだ・・えらくはっきりと覚えているんだね。」
部屋の窓は開かれているらしく、
近くの工事現場の作業音がうるさい。
小学生たちの騒ぐ声も聞こえる。どうやら昼のようだ。
「ただの夢じゃないよ。全てがリアルなんだ。しかしなんといっても、音だね。現実のようにハッキリ大きく聞こえていたんだ。あれが夢だなんて信じられないよ。」
すると、義兄は目を丸くして俺をじっとを見た。
なんだってんだいったい。そんな変なことを言ったかな。
ふと、思う。義兄はこんな顔の人だったろうか。
そもそも義兄とは結婚してから一度しか会ってなく、まだ他人行儀な関係のはずだ。
誰だこの人は。
ふと窓の外の騒音から、
「キキキキキキキキキキ」
窓の方を見た。
そこには窓はなかった。
また「キキキキキキキキキキ」
今度は部屋の中から聴こえる
声の方に振り向く
義兄だったソレは、体育座りをしながら、顔を傾げながら、
「キキキキキキキキキキキキキキキキキキキキ」
そこで俺は目が醒めた。
妻が隣に寝ている。
ああ、これは現実だ。
水が飲みたくなり、妻を起こさぬよう寝室を出てリビングに行く。
何故か食卓の椅子に、木製のマネキン達が座っている。
ああ、そういえば俺に妻はいなかったな。
「キキキキキキキキキキキキキキキ」
俺は笑うしかなかった。
作者退会会員