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劇場の住まい人② 連れ

(これまでの経緯:「私」は十数年ぶりにパートとして近くの映画館で仕事をしている。しばらく失っていた霊感が仕事をきっかけに復活している。)

劇場の住まい人② 連れ

 私の職場は、スタッフの出入りが激しい。

大体は仕事が合わない、向いてない、と言った理由だが中にはなんの連絡もないまま辞めてしまう奴もいる。仕事が良くできる若い学生は一握りだし、新人に仕事を教えた途端辞めてしまうような学生やフリーターが多く、のちに履歴書をみれば、ああなるほど!

といったような状態で、とにかくたくさんの人間に出会う場所だった。

 

 今回は、スタッフの1人の話をしようと思う。

 その子は私とそう変わらないタイミングでバイトとして入ってきた大学生だ。名前を仮にモトミヤ君としておく。

 モトミヤ君は数少ないちゃんとしたバイトで、

主に夕方から夜にかけてのシフトだが、土日手が開くと昼間のシフトにも入ってくれるような頼もしい男の子だった。仕事も直ぐに覚えて、勉強、バイトと同じくらいちゃんと遊べていて、たまにシフトが被ると私のようなオバさんでも普通に接してくれて、仕事をしていても楽しかった。

ただ、一つを除いては。

 モトミヤ君はアウトドアが趣味だといっていたのだが、もう一つの趣味に「心霊スポットめぐり」という私からしたら考えられない趣味を持っていた。昔、中学生の頃知らずに近所の心霊スポットと噂された場所で気を失った経験から、私は絶対にそういった誘いには乗らなかった。じゃあ映画館の仕事はどうなんだ?

と思われるかもしれないが、心霊スポットは基本的に生身の人間は常に居ないもので、もしそれも心霊スポットと言うならこの世の中、私にとってはスポットだらけと言うことになる。もちろん、映画館も酷くなるようだったら辞めるつもりでいた。

 私がモトミヤ君と仲良くなるきっかけも、そんな趣味の話からで、よく「遊び半分でいくな!」と叱ったものだった。

 そうしてお互いが昼間、夜と別れたシフトが続き、

数ヶ月ぶりに大学の課題が終わったとかでモトミヤ君とシフトが被るようになった。

 ある時、

「senaさんって、もしかして見える人?」

と唐突に質問を受けた。

それまで心霊スポットの話は聞いても、私自身の話を聞かれたことなどなかったので、私は不意に、

「いや…なんで?」

とお茶を濁した。

「いや、今朝の会話でもしかしたらと思って。」

「今朝の?なんか話したっけー?」

 あいさつ程度だったと思ったのだが、私は何か気になるような事を話したらしい。

「昨日、俺がどこに居たか当てましたよね?」

 モトミヤ君が説明するには、おはよう!のあとにしばらく他愛もない会話をして、昨日休みだったから友達とでかけたんだ、と言う話になった後に、

「どこの山にいったの?」

と私が聞いたらしい。

モトミヤ君からしたら、友達と出かけたから今日朝起きるのがしんどかった、としか話してないらしく、私が行き先を当てたのが気になったそうだ。

「ごめん、聞き間違えたかなんかだと思うよ。」

 その時は、「そうっすか。」で終わったのだが、よく考えてみると、なんとなくした会話だからうろ覚えなのは仕方ないとして、もし本当に口に出していたのだとしたら何を根拠に言ったんだろうと、私も不思議になった。

 しかし、午後の休憩を終えて客足が落ち着いてきた頃、またモトミヤ君に話しかけられた。

「senaさん、マジで見える人じゃないっすよね?」

と。

1日に2度も見える人が、と聞かれるなんて思わず、

私は何故そう思うのかと再び聞き返した。

「いや、さっきの事で色々思い出して、

senaさん時々、動き止まったり何もないところ避けたりするでしょ?」

ああ、見てる人は見てるのか。

私は苦笑いをすると、「信じてもらえないと思うけど」と前置きをして、チラシの整理をしながら身の上の事を話して見た。

「まじ羨ましいっす!」

「はぁ?どこが。」

 全く他人事で、楽しそうに話を聞くモトミヤ君に一抹の不安を抱えて、私は最後にもう一度、遊びでそういう場所に行ったりしないよう忠告をすると、自分の疑問は解決しなかった事はすっかり忘れ、若さ故の無鉄砲さに少しばかり羨望が湧いた。

 

 それからと言うもの、

「今日、映写室いきました?」

「俺昨日どこ行ったと思います?」

 と、モトミヤ君との会話の走りはいつも霊的な話からになった。それでも大した変化もなく過ごしていたのだが…

世の中、夏休みに入った頃だった。

 その日からちょうどアニメの新作が始まり、朝から忙しく猫の手も借りたいほどだった。チケット売り場には長蛇の列、売店も常に人が来て支配人すらバイトと肩を並べ接客をしていた。開場も清掃も常にギリギリで、休憩を取るのも一苦労。

 そんなてんやわんやな午前中の回を2回まわし、やった客が落ち着いた時、モトミヤ君が不意に現れた。誰かから話を聞いたのか急遽シフトに入ってくれたのだった。みんな喜んで、一気に劇場が落ち着きだした。休憩がとれていなかったバイトの形を直ぐに休憩させ、私はモトミヤ君と売店に残り散乱したホップコーンやらポテトやらを片付けた。

と、

ふわっ

「ん?」

 私は自分の動きに合わせて、ある香りが鼻に入ってきているのに気がついた。それは、ポップコーンに使う甘いキャラメルの香りでも、ポテトやチップスに使う油や塩の匂いでもなかった。

どこか、生臭い。

けど下水のような腐った食べ物の匂いではなく、

そう、

(潮くさい。)

 海の香りだった。

特に岩場と言ったような、砂浜ではなく磯に近い香りのようで、海苔や海藻といった植物性の青臭い匂いも混ざっていた気がした。

 でも、

ここは映画館で、

普通に考えればするはずがない。

 よく香りで物事を思い出したり、思い出には香りが直結していたりすると聞くし私もそうなのだが、やはり私にとってはその香りは海を思い出すようなものだった。顔を上げて改めて大きく鼻で呼吸してみる。

(するような、しないような。)

 いざ改めて香りをたどろうと思うとちゃんと嗅ぎ取れないのだが、清掃を始めて他に気を取られるとどこからかフワッと匂ってくる。

(やっぱり生臭いな。)

匂いの出所がわからず私が鼻息をスーハーしたりするのが気になったのか、一緒に掃除しているモトミヤ君が「どうしたんっすか?」と掃除の手を止めて問いかけてきた。

「いや、あー、なんか生臭くない?磯臭いって言うか。雨じゃないし、大体カウンターの中なんて生物一切ないのにさ。」

 私は鼻をクンクンさせて、笑った。

そんなはずないよねー、という意味も込めて笑ったのだが、モトミヤ君は目を丸くして「え?」と言った。

「senaさん、もしかしてまたっすか?」

「また?またって、なに?」

「いや、だって、

磯臭いって言うから。」

磯臭いって言ったのが何なのか、わからないまま黙っていると、モトミヤ君は小さい声で「マジか。」と言った。

「俺、

昨日までA県の〇〇って言うとこにいたんですよ。

で、そこで有名な心霊スポット行ってて…」

 とそこまで言われたところで、その先に彼が何を言いたいのか悟った。どうやら私が匂ってる原因は自分じゃないかと言いたいらしい。だとして、イコールにはならないはずなのだが。

「senaさんって、マジのやつかもしれない。」

「やめてよ!もー、こっちが怖いわ。」

ただ、今までも何度もシフトが一緒だったのに、こんな事は初めてじゃないかと話し、その原因は分からなかった。とりあえず再三注意を促してその日はお互い別れたのだが、その日の夜モトミヤ君から個別でLINEが届いた。

原因、わかったかもです。

                    原因?

前、山に行った時も

そうだったのかと思うんですけど

                ああ、はいはい

その時と今回だけなんすよ

俺が心霊スポット行ったのって。

                   マジか。。

 そう言う事か。

妙に説得力があったし、それなら私は前回もなにか匂いのようなものを無意識に感じたのかもしれない。

スマホの画面を落として、暗くなった画面に映る自分にすらビックリして、私は大きく息を吐いた。

 そういえば、小さい頃も良く変な匂いがすると言っては親に怒られたなぁと思い出す。もしかしたらその頃も今と同じ事が起こっていたのかもしれない。

まさかこの年になって、こんな事で悩まされるなど思ってもみなかった。私はモトミヤ君とシフトが被るのが気乗りしなくなっていた。

 

 しかし、そうは問屋が卸さないのが自由シフトなのだ。夏休みが終わる頃、私は暑気払いをすると言う学生に合わせて、初めて夕方から夜にかけてのシフトについた。そこには、暑気払いには行かない事にしたというモトミヤ君もいて、私は締めの作業を教わることとなった。最後の回の客を入れた頃には、劇場内は静寂に包まれていて、昼間とはひどく違った雰囲気があった。

あれだけ防音、防光で昼間かどうかもわからないはずの劇場だったのに、夜になるとしっかり夜だとわかるのはとても不思議だった。

「じゃあ、廃油の処理お願いします。」

俺、3階の清掃してきちゃいます。

モトミヤ君はなかなかの貫禄で現場を回していくと、

1人で清掃に向かって行った。こんな時間に3階なんて、私なら渋々行くところだ。それならベトベトしようと廃油の処理を任された方が楽である。

 初めての作業に手こずりながら、古い油を抜き、

油でベトベトになった周辺を洗っている時だった。

フワッ

??

 明らかに処理した油ではない香りが、強く私の鼻に入ってきた。同じ油ではあるが、もっと強い匂いだ。

「灯油?ガソリン?」

 どっちだろうが関係ない。

とても嫌な予感がした。

そして、

タタタタタッ

 と、調理場の壁を隔てて直ぐ後ろにある、従業員用の通路の方に誰かが小走りに走る音がした。モトミヤ君かな?と思いそちらを覗いてみるも、そうではないらしい。そこには誰もおらず、ただ残り香のように灯油のような香りが続いていた。

また、あれかな。

 夜ということもあり、私はいつもより怖くなり急いで調理場から売店に戻った。

と、目の前のロビーから3階のロビーに架かるエスカレーターの動きが止まった。どうやら3階でモトミヤ君が止めたようだった。そのままそのエスカレーターを使いモトミヤ君が降りてくる。

!!

モトミヤ君!と声を掛けようとした私は、その声を飲み込んだ。

(あの人を、連れてきたのか…)

 モトミヤ君の肩から背中にかけて、黒いモヤがかかっているのがハッキリ見えた。ただ直感的に、それは女の人だとわかった。

「終わりました?」

「うん。」

近づいてくるモトミヤ君から目が離せなくて、私は適当に取った台拭きで単調に手を動かし緊張を和らげた。

「あのさ、モトミヤ君。」

意を決して聞いてみる。

「昨日、どこ行ってた?」

モトミヤ君は答える。

「昨日っすか?

ああ、実は、

〇〇って言う火事があって潰れた旅館跡に行ってきたんです。」

またなんか見たんですか?

そう言われたけど、私は首を横に振った。

だって、言うなと言われているような気がしたから。

 後に、聞いた場所を調べてみたら、確かに不審火による火事が起きた旅館があった。もう廃旅館だったらしいけど。私は二度とその事を調べることはなかったし、辞めるまで何度もモトミヤ君には同じ現象が起こったけど、言わなかった。

彼には申し訳ないが、

行ってはいけない場所はある。

忠告を無視していく彼と、

色々な想いでついてきたであろう彼の連れ。

私は、連れの方を思うと、 

モトミヤ君の味方にはなれないのだ。

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