中編6
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劇場の住まい人〜再会〜

(これは、私の実体験をまとめたものです。経緯は、

前作の劇場の住まい人を読んでいただけるとわかりやすいかと思います。)

劇場の住まい人

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 世の中、某ウイルスの蔓延でロクに外出できない日々が続いているが、私もその一人である。加えて持病がある息子に配慮も必要で、買い物やちょっとした息抜きに出かけるにしても、混雑をみて時間をずらしたり。そんな日常が普通になりさして苦痛も感じないのだが、一つ困る事があるとしたら、好きな映画が思い通りに見れなかった事だ。度重なる延期、劇場の営業時間の短縮などで時間を合わせる事が難しかった。

 そもそも、私が映画館でパートとして復帰したのには、映画好きが後押しをしたというのもある。色々ありやめた後も、映画を好きなようにみたり、プロモーションができなくなったのは後悔に似た感情がのこっている。

 今回の出来事は、つい1週間ほど前に起こった事で、久しぶりの感覚に戸惑いを感じている。なぜなら「彼ら」はまだそこにいたのだから。

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再会

 師走まであと1ヶ月を切った時、私はいつもやり残した事はないか、身近なところから探し出す。今年も11月がすぎたあたりからソワソワしだして、美容室を予約してみたり、子供の学校の予定を確認してみたり、年賀状どうしようか?今年は正月どう過ごそうとか。

 そんな中、一本のある映画を見忘れていた事に気づく。

 

「そういえば、あそこで映画見てないな。」

 私はスマホを取り出して、映画の時間を調べた。前見た時は、元職場である映画館ではやってなくて、少し離れた映画館に行ったし、子供がみる映画の時はもう帯同はいらないから送迎だけで、そういえば仕事を辞めてから客として中に入った事はなかったのだ。

 無意識に行くのをやめていたのか、偶然見たい映画がなかったのか、とにかく外観を高々と臨むことはあっても中に入った記憶はない。ところが、その日はドンピシャリとはこの事!といわんばかりに、映画の時間は私の隙間時間に当てはまった。まるで気持ちよく消えるテトリスのように、スケジュール帳が埋まる。

 一通りの家事を終えて、映画館に向かおうと車に乗り込んだところで、フロントガラスに細かい雨粒が付いているのに気がついた。寒くなり厚手の羽織を着ればちょっとした雨など気がつかない。

「雨は降らない予報だったんだけど。」

 

嫌だな。

私は直感的に、雨と映画館が結びついて、車で走り出した後も少し迷う。しかし、事前に購入したチケットは払い戻しが出来ないこともわかっていたので、一気に重くなった身体に「たった2時間。」と言い聞かせて、映画館へ向かった。

 

 映画館に着いて中に入ると、様子が違っていた。

私が働き出した頃もすでに寂れた様子があちこちにあったのだが、世の中の情勢がさらにそれを加速させていた。規模を縮小していたグッズ売り場はなくなり、

さらに売店の内容も簡素なものに、所々代えていない切れた電気に破棄のないBGM。省エネや節約と言えばそれまでだが、もう少し頑張れよと心の中では思ってしまう。

 チケットを発券して、もう馴染みの顔も一人もいない売店でポップコーンと飲み物を購入して、まだ少しある時間を潰すのに、私はふと気になった上の階のシネマを見に行くことにした。今日は関係ない場階ではあるが、やはり1階同様どうなってるのかが気になってしまった。

 長いエスカレーターに乗り、上を目指す。

ザワッ

「うわっ!」

 半分ほど登ったあたりだろうか。

突如、私の右手首に何かが触れたような気がした。

思わずエスカレーターの手すりから手をどけて、手首を確認するように触った。鼓動が一気に早くなって、

感覚が一気に仕事時代に戻っていくのがわかった。

 

「あの人だ。」

と、なんとなく察しもついてしまうほど。

(この手首の方の話はまた後ほど。)

2階が1階のシネマの映写室のためお客はその階には行けない。エスカレーターは3階まで直通のため、仕方なく3階まで運ばれる。

 案の定、客がいない3階のロビーは薄暗く、懐かしいような二度と戻ってきたくなかったような、なんとも複雑な気持ちで、私は誰かいないか入り口からシネマがある方を覗き込んだ。

「誰もいないか。」

 それならこんなとこいたくない。

そう思って下りのエレベーターに向かって踵を翻した時だった。

『オカエリ』

 と、低い声で誰かに声をかけられた。

「え?」

 私は思わず足を止めてしまった。

振り返ったらいけない、そう思いながらも背後に何かいるのかと気配をさがしてしまう。

 すると今度は、

『ギ、ギギィー ド 、デ…テデ…』

と、女の人の声が左横、死角ギリギリのあたりから聞こえてきた。何を言っているのかは聞き取れないが絶え間なく続いていて、私はああ、あの人に見つかった。と大きく息を吐いた。

 ゆっくりと左を向くと、もう使われてない3階の売店の奥が揺れている。使われていない売店がそのままだとお客に対して見栄えが悪いと、以前から簡易的なパーテーションが置かれていたが、明らかにその後ろが揺らめいている理由もわたしにはわかっている。

彼女がいるのだ。

今は物置となっている、売店に繋がっている調理場。

彼女はそこの住人であり、何人ものバイトを辞めさせた張本人で、以前バイトの子が悪ふざけで塩を盛って除霊だなんだと騒いだ時に取り憑かれただなんだと大騒ぎになったのを覚えている。

 

「senaさん、マジなんですよ!

マジで毎日俺の顔の前に居るんです!」

その子曰く、自分じゃない呼吸を感じると必ず数センチ前に彼女がいて、何かを呟いては消えるそうで、

「よかったね、彼女できて。」

なんて私のジョークも全く通じないほどだった。

そもそも私はふざけてそう言う事をするなと日々言っていたのに、と半ば取り付いた方に同情もしていたし、深くは関わらないようにしていて、その子が辞めた後の事は知らない。

 

ただ、あの映画館の中で飛び抜けて危険である事はわかっていた。

 

 私はいつものように、知らぬ気づいておらぬ、を決め通して足早に1階へ降りていった。

 私が知っているだけで、映画館には定住してるモノが5人いる。

雨の日に必ずいるモノ

映写室に住まうモノ

3階の売店裏に居着くモノ

エスカレーターが好きなモノ

そして、

非常階段に巣食うモノ

  

 私は、映画を見ながら色々と思い出していた。

映画館に住まう人々の他にも、スタッフについてきたり別のお客についてきたり、ただ通り抜けていくモノもいた。

なぜこんなにも、この映画館にはそういった存在が多いのだろう。

仕事をしていた時にも、このことは疑問に思ってその土地の事を調べた事もあるが素人には限界があってそれもよくはわからない。

 映画を見終えてシネマを出たところで、懐かしい顔に出くわした。とっくに病気でやめたと思っていた某スタッフが復帰していたのだ。

「久しぶり!元気になったんだ!」

声をかけると、マスクで一瞬わからなかったのか、キョトンとしていた彼は「ああ!」と思い出して目尻に皺を作った。

彼は、私が入社してから2年ほど経った時に入ってきた男の子で、これまた非常に憑かれやすい人だった。

ふざけて取り憑かれた子とは違い、単純に連れてきてしまうタイプだった。

「また来てくださいね。」

 

  

 一通り世間話をして、仕事に戻る彼を見送って、私も車で帰宅の途についた。

けど、最後の最後に私はまた見てしまった。

また来てくださいね。

と言った彼の後ろ、足元あたりに黒い影。

そして去り際に鼻をついたガソリンの匂い。

「今度は足、ケガしないといいけど。」

私は、前回病気療養で休職すると言っていた彼のことを思い出す。

あの時も、ずっとお腹に黒い影が纏わりついていた。

腸が壊死する病気になったのはそのすぐ後だった。

偶然かもしれないが、

その子とも、劇場の彼らとも再会した私は、

その日は日々の平穏を祈りながら眠りについたと思う。

そして、しばらくは、

またあの映画館には行かないだろう。

Concrete
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