中編7
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劇場の住まい人① 特等席

これは、十数年ぶりに仕事復帰した「私」の実際の体験談です。

劇場の住まい人① 特等席

 私が住んでいる街は、都内のベットタウンとしてニュータウン開発され、急激に人口が増えて栄えた街である。それゆえに、大型のショッピングセンター、ホームセンターが軒並み揃っていて、暮らし子育てをするにはなんら困らないし、都内に出るにもなかなか利便性がよく活気もあり、なかなか人気の土地柄。

少し行けば自然もあり、私自身も気に入っている。

 ただ、ニュータウン地域とは反対に、昔からの地元民もいるので、時々その温度差は感じることはあった。そんな街で、私は十数年ぶりにパートを始めた。

 勤め先は古い映画館。今のご時世にはなかなか珍しく、モールなどに併設されていない独立したシネコンである。1階に6つ、3階に4計10のシネマがありなかなかの規模なのだが、おりからの不況で今の経営者に変わってからは三階にもあった売店は閉鎖し、

明らかに勢いを失った雰囲気を漂わせている。近場にできた某有名シネマに客が流れているせいか、土日を除けば来場する年齢層が高いのも素直に頷けた。そんな落ち着いた映画館を好み来場するのは、血の通った「人」だけではないのだ。

 働きだして仕事が慣れ、正式に新人バッヂを外してもらった私は、早々に「何者か」に映写室で出会い劇場での仕事にも別の気の使い方をして過ごしていた。元々「お小遣いが稼げれば」と言った動機で入社してる為、シフトや勤務時間の自由さが生活とマッチしているこの仕事が私にはとても合っていたし、友達の顔もありすぐに辞めると言った気は起こらなかった。ただ、時々、忘れた頃にやってくる「それ」には心穏やかではいられなかった。今回は、そのうちの1人について書こうと思う。

 その人がやってくるのは決まって雨の日だった。

 その年は梅雨明けが遅く、その日は朝から雨が続いていた。雨なら予定を変えて映画にしよう!なんて話して来たのかな?といった老夫婦が多く、若者はほとんどいない。一番収容人数が多い大きなシネマがある3階は、若者向けの話題作が公開されたせいでその日の年齢層に合わなかったのか、人はほとんど上がってこなかった。

 故に、3階のシネマが開場する時間帯は暇なのである。

 私の仕事は大きく分けて二つあるのだが、一つは売店やチケットのある1階での販売業務。そしてもう一つは1階と3階のシネマへの客の案内、上映後の清掃と言う接客業務だった。その日は閑散としていたのもあり、1人で接客業務を任されていたのだが、動きがあるのは1階の時だけで、3階のシネマが上映の間は接客しようにも客はほとんど上がってこなかった。

 

「7番シネマ、動員0です。」

『了解です。』

 客のチケット購入が停止し、その時点で誰も観ていなければ映画の上映を止める為、私はインカムで支配人に知らせ、そのまま7番と書かれたシネマの出入り口の扉を開けた。次の客を入れるための清掃も必要ない。

「今日は暇だなぁ。」

 そう呟いた時だった。

不意に私の横を何かが通り過ぎた。

「あれ?Sさん?」

背丈が私と変わらなかったので、休憩上がりの同僚かと思い、迷わず過ぎ去った方向に身体をむけたのだが、そこには誰もいない。ただ、不思議な事に影が向かった方向には、7番シネマのもう一つの扉があった。

(使われてないはずなんだけどな。)

 そこは、省エネの為に締切にした扉で、最盛期にはキャストが舞台挨拶で使っていたのだが、締切にしてからは誰も使っていないと聞いていた。

(見間違いだといいけど。)

 心の中で思ってはいても、身体はそうは言っていなかったのもわかっている。私は元来そんな体質だった。上の子を産んだ時に消え去ったはずの感覚が、この仕事きっかけで再度、感じる体質となっていた。

だからこそ、この劇場の映写室で私は奇妙なモノに目をつけられたのだから。

 知らぬ存ぜぬを通し、いつも通りの業務をこなしながら過ごしていると、お昼を回った頃に

インカムが入った。

『senaさん、取れますか?』

「はい」

『お客さまが忘れ物をなさったかもと電話がありました。7番もう空いてるんで、確認してもらえます?』

『…はい。』

 昨夜映画を鑑賞した若い男性からだったそうで、

定期の入ったカードケースを落としたらしいとの事だった。席を確認し、私は気乗りのしない重い体をシネマの扉に向けた。

 防音の効いたシネマの空間は、とても閉鎖的だ。

周りからの光も入らないため、やんわりついている薄暗い照明のみで、外が雨とか晴れとか関係なしに不気味な色合いが静寂を際立たせる。

「えーと、Hの23、23…」

 あまり周りを気にしないでいいように、入り口の座席表で最短ルートを確認して、私は中に入った。

ゾクッ

「うおっ。」

 入ってすぐに感じた違和感、悪寒が背筋から熱を奪っていく。普段客がいる時に感じた事はなかった。そして何より私がやばいと思ったのは、

(映写室の方とは違う。)

と言う事だった。

シネマの中に空調は効いているとはいえ、冷んやりした空気が一気に流れてきて、私の足元を抜けていった。恐る恐る、一歩一歩中に足を踏み入れた。

L字のスロープを抜け、シネマ全体が見渡せる位置までくると、「それ」は直ぐに見つかった。

1番後ろの列から3列前、

左から13番目の席。

そこだけが真っ黒に見えたのだ。

(いる。)

 やっぱり私の違和感を感じてしまう直感的なものは復活してしまったようだ。そこでしっかりと自覚した私は、とりあえずいつもの通りに知らぬ存ぜぬ見ておらぬ。の精神で忘れ物の席へと向かった。

 忘れ物は言われた席から2席ほど離れた席の下に落ちていた。中身を確認して、電話の主のものとわかり、私はインカムでその旨を支配人に伝えると這いつくばって下ばかり見ていた視線を上げながら立ち上がった。

と、その時だった。

コツ コツ 

コツ

コツ コツ 

コツ

 と、私の死角ギリギリの辺りからヒールで誰かが歩いているような音が聞こえた。コツコツとあるきコツッと一段下りる。幅広の階段が座席の後ろまで続いているうちのシネマ特有の足音なのは間違いない。

ただ

誰なのかは理解したくもない。

 まるで映画を一本見終わって帰る客のように、

その足音は下まで降りきったであろうあたりでピタリとしなくなった。

(マジか。)

私は少しホッとしたのと、この映画館だけで2人の人じゃない人の影を見るなんてやはりここに就職したのは間違いだったのかと、色々な気持ちが混じったため息をついてから動きだした。

 7番シネマを後にして、忘れ物は規定の場所へ。

その間も先ほどの事が忘れられない私は、3階へ戻るのがどんどん億劫になって行った。また見たらどうしよう、また聞いたら嫌だな。そんなネガティブな感情が悪かったのだろうか。私はこの後その日1番の恐怖体験をするのだった。

 それは3回目の上映が終わり、3階のシネマを順番に清掃している時だった。

 ガサッ ガチャガチャガチャ

と、先程変えたシネマ前の上映案内用ポスターが剥がれ落ちた。ピンでしっかり止めたはずなのだが、そのピンごと外れて、ポスターケースの中でひしゃげるように落ちていた。

「破れてなくてよかったー」

 大事に使っていだポスターだったため、急いで拾い上げようと、私はポスターを保護しているポスターケースに手をかけた。

と、

「…え?」

 そのポスターケースのガラス部分に、誰かが映っているのが見えた。私のちょうど背後、距離はあるとはいえ誰かがいるのだ。黒い影。

でもなぜかそれは、男性だとすぐにわかったのだ。

コツ コツ コツ

コツ

コツ、コツ、コツ

コツ

 そして、あの、階段を降りている足音だと思っていた音が鳴りだした。

コツ コツ コツ

コツ

コツ コツ コツ

コツ

 規則正しく、3回続けて1回。

その音は背後から鳴りつつけ、ガラスに映る影も音に合わせて肩のような部分が震えている。

(早く、いなくなって!)

誰か

来て!

 私は心の中で大声で叫んでいました。

コツ コツ コツ

コツ

コツ コツ コツ

コツ

 心臓の鼓動も呼吸も早くなり、どうするのが正解かもわからない中、背後の気配と音はそこに居続けた。

「すみませーん!あのぉ、〇〇の終了時間わかりますか?子供が…」

 何分、何十分経ったのかわからないが、客の声でハッとした私は、ポスターケースから顔をそらして接客にあたった。その間にその影はどこかに行ったのか、あの音も聞こえなくなっていた。

 

 

一体、なんだったんだろう。

 いい加減にしてほしい、何事もなく仕事を終えたい。何度か深く深呼吸して仕事に戻ろうと、ポスターケースの前に戻ったのだが、私はそこで奇妙な異変に気づいた。

「…濡れてる。」

 先程まで私がいた場所に、拳大のシミができていたのだ。そしてそれは、7番シネマの今は使っていない扉の方に続くように現れていた。

今日は雨だ。

誰かが濡れた傘でも持ち入れたのだろうか。

いや、違う。

このシミは先ほどまではなかったし、

第一、今日は傘を用いれていた客はほとんどが傘にビニールカバーをかけて用いれていた。

では、

いつ,誰が?

 答えは一つしか思いあたらなかった。

あの影だ。

(あの音は、足跡じゃなかったのか。)

あれは、傘の音だ。

傘を床に突く音だ。

あの影が残したものだ。

 その日以来、私は雨の日になると、同じシネマの同じ席にあの影を見るようになった。影は特に何かをしてくるわけではないのだか、雨の日の勤務の時には接客を担当するスタッフの後ろに必ず黒いモヤを見た。

 

そして、

私にしか見えないあのシミがいつも扉へと続いている。彼は、今日もあの特等席で映画を見ているのだろうか。雨が降ると現れる映画館の住人は、私に何か伝えたくて見ていたのだろうか。

 雨の日には、そんな記憶がいつも蘇る。

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@エスニ
ありがとうございます。
私としては誰かに相談もできない事が
今も昔も辛く、体験談として投稿させてもらっています。ぜひまた話を聞いてください。
よろしくお願いします。

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