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中編5
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人身事故の後

「ご苦労様でした。」

警察の現場検証が始まってから一時間半。

やっと仕事に取りかかる。

今回は、踏切での飛び込みだ。

各々、手鉤や長いトング等を持って線路上を歩く。

俺はまず、肘から下の腕を袋に入れた。

電車への飛び込み遺体は、車輪に引かれてスパンと切れている場合、切断面から皮膚がクルクルと捲れて、肉が丸見えになっている事が多い。

この腕は、手首辺りまで肉が剥き出しで、手の甲と思しき所で皮膚が丸まっている。

状態はその時によって違うが、どの部分も、実際に処理に携わった人間でなければ、見た事が無いだろう姿をしている。

不謹慎だが、遺体を集めながら仲間内で

"男か女か" "歳は幾つ位か"と予想する事もある。

今回もそんな事を話していたら、定年間近である、ベテランの親父さんに怒られた。

その後、袋を集めて警察に引き渡し、保線作業に入った。

夜間の作業は灯りが行き届かない為、特に骨が折れる。

「ちっ…」

帰り際、バラス(線路に敷いている砂利)の中に、わかりにくいが肉片を見つけた。

こんな風に、作業の後で見つかる事がある。

これも、本来なら提出しなければならないが、連絡したり引き渡しのやり取りを思うとうんざりし、見なかった事にした。

土台、全部を探すのは難しいのだ。

野犬やカラスが始末する事もあるし…と言うのが暗黙の了解だ。

線路外なら警察の管轄なのだが…。

「おーい。電車通すぞー。」

声がして、俺はその場を後にした。

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日が高くなってから、保線の為に何人かで例の場所に行ったが、記憶の場所には何も無かった。

カラスあたりが始末したのだろう。

夜間は行き届かなかった、血が付いた線路やバラスを水で流しながら移動した時、線路内の草むらに、肉片があるのを見つけた。

(他にも見逃しがあるかもな。)

トングで掴もうとすると同僚が来て、先に掴み上げた。

「こんな細かいの、全部集めらんないよな。線路の外なら、管轄じゃないのによ。どうせなら飛んじゃってろよって思う時あるよな。」

とふざけて言った。

「おい、止めとけ」

聞いていたらしく、親父さんがたしなめた。

「線路で起こった事は、線路で治めにゃあならん。」と言い、先に進んで行った。

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作業を終えた後、親父さんは俺達を飲みに誘い

「年寄りの与太話と聞いてくれて構わねぇが…」と前置きし、こんな話をした。

「全ての部位を集めるのは、難しい事だがな。後で野犬が食う事もあるだろうが、それでも全部じゃねぇ。

どっかに小さいのが残ってるはずだろ。そういうのは、どうなると思うよ。」

見つけられなかった、体の一部。

目視できない物も含めると、そこそこあるだろう。

「…染み込むんだよ。線路や、バラスや…場合によっては電車自体にな。吸収されちまうんだ。

それでな、染み込んだ量が多くなる程、次の犠牲者を呼ぶんだよ。

飛び込みなんてモンが多い区間に、必ずしも大型駅がある訳じゃねぇだろ。」

親父さんの突拍子もない話を、俺達は黙って聞いていた。

染み込む云々は別だが、確かに、俺達の管轄している路線の区間は、この十年で一番投身自殺者割合が多いと言われている。

利用者数は、日本最大級の駅を有する区間と比較して大分少ないのだが、利用者数の割に自殺者が多いのだ。

以前、ホームから飛び込み、ギリギリで引き上げられた人が「呼ばれたから」と言っていた事があった。

自殺の名所なんかで良く聞く話だ。

"呼ばれた"という事も、思い込みを含めてあるのかもしれない。

だが電車に飛び込む場合、人の心理として、余りに利用者が多かったり、無人駅だったりすると、ためらう物ではないだろうか。

と、俺は思っている。

地下鉄で飛び込みが少ないのも、人の心理だと思う。

まぁ、迷惑な事に違いはないのだが。

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俺の考えを余所に、親父さんが言う。

「鉄道ってのは、独特の力があるんだ。

日本で自殺者が一番多いのは、週で言うと月曜だ。それはわかるよな。

でもよ。電車の飛び込みの多さに、曜日は関係ねぇんだ。

時間帯で言うと、20時台が一番多いのも、何でなんだかな…。

ともかく飛び込みってのは、他の自殺と、毛色が違うんだよ。」

日本全国。どこかでほぼ毎日、電車への飛び込みが起きていると言われている。

事故や過失も含めると、何かしらの人身事故とは、常に隣合わせだ。

「ほとんどの人間はよ、何があった線路の上を走ってるのかなんて、考えもしないだろうよ。

ついさっきまで、遺体があって、血を流した後かもしれないのによ。電車の下だって、ミンチが張り付いてる事があるだろ。

洗い流してもよ、そんな事があった電車に自分が乗ってるなんて、考えてる奴がいるか?」

ひと渡り話した後、最後に親父さんが、ジョッキのビールを見ながら、

「染み込んだ物も、いずれ溢れて、広がっていっちまうのかもしれねえなぁ。」

と呟いたが、俺は良く理解出来なかった。

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それから数ヶ月後、駅のホームで飛び込みがあったとの知らせを受け、駆けつけた。

だが、様子がおかしい。

遺体が無いと言うのだ。

最終電車だったが、飛び込んだ所を何人かが見ていたし、電車の運転士も、目視で確認し、急ブレーキをかけたが間に合わなかったと言っている。

跳ね飛ばされたとして、部位がどこにも見つからない訳がない。

しかし、丹念に現場や付近を捜索したが、体の一部どころか血痕も見つからず、事件として成立しなかった。

結局、見間違いという事で処理されたようだ。

線路脇で待機していたが、解散の指示が出た。

(無駄足か。)

睡眠時間を削られた事に腹を立てながら引き上げようとした。

だが、歩こうとして、なぜか、片足が何かに固定されたように動かない。

(何だ?)

足元を見ると、皮が下から捲れて丸まり、肉が剥き出しの、血にまみれた手が、俺の足首を掴んでいた。

地面から生えているかのようなその手は、しっかり俺の足首を掴み、地中に引きずり込もうとしているようだった。

「う…わぁあぁあ!」

情けない叫び声を上げ、手首を振りほどこうと必死に足掻く。

「おいっ!気をしっかり持て!」

その声で我に返ると、いつの間にか親父さんが目の前におり、俺の肩を掴んで、揺さぶっていた。

「親父さん_」

足元を見ると、そこにもう手は無かった。

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程なく、親父さんは定年で退職した。

親父さんは、最後に、俺にこう言った。

「電車が運ぶのはな、良いモンばかりじゃねえ。どんな物も、線路を伝って広がっていくんだ。気を強く持てよ。俺らに出来る事は、そう多くねぇがな。」

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あれから一年近くが過ぎた。

俺は相変わらず、あの路線を担当している。

だがこの頃、ここと隣接する路線でも、投身自殺が増え始めた。

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いつか親父さんが言った 、

"線路を伝って広がっていく"

という言葉の意味が、どういう事かは判らないが、ネットでこの事を報じたニュースの見出しには、

"自殺者が多い路線、広がりを見せる"

とあった。

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