中編7
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バレないように、殺す

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ああ、また、あの人と一緒のシフトだ。

憂鬱で、休みの日も気持ちが沈む。

初めは違った。気に入らない事はあったけれど、そこそこ上手くやっていたのだ。

何年か経ち、互いの小さな不満が募って解消出来なくなった。

決定的な出来事があって、それからはもう、一緒に仕事をするのが苦痛でしかない。

仕事をしていない時も、その事ばかり考えてしまい、気持ちが沈む。

介護の仕事は、人材の墓場だと言うけれど、

程度の低い人も実際多い。

他では絶対通用しないのに、我が物顔の人もいる。特に私の職場のように、女だけなら尚更だ。

彼女は年だから、何年かすれば辞めるだろうか。そうなったら、穏やかな毎日になるだろうか。

…いや、そうなったら、また別の懸念材料が出てきて、同じ事なんだろう。

私の能力と、弱さの問題だ。

他では通用しない、あぶれた人材…

私も、その一人なのだ。

人間関係が原因で辞めた人は、次の職場でも人間関係で苦しみ、お金が原因で辞めた人は、次の職場でも、お金で納得出来ない。

クリアしないで辞めても、だいたい同じ事になる。

わかっている。けれど、「あの人がいなければ」という思いは、どんどん大きくなる。

こんな時、自分が仕事を辞めるという選択肢もあるのに、同じ箱にいるのを選ぶのは、私のような者によくある事だと思う。

他に出来そうな仕事は無く、若くもない。

新しい事に飛び込む勇気はないし、そうした所でまた、どうせ苦しむのだ。それよりは、今の箱での苦痛を選ぶ。

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この頃、彼女はタガが外れたのか、謂われようの無い事でも、すぐに私を罵倒するようになった。

もう、ダメだ。このままでは私はおかしくなってしまう。普通に仕事をしているつもりなのに批判されて、何が正しいのか、もうわからない。

まくしたてる顔を見ながら「死ねばいいのに」と思った。

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死ねばいいのに…いや、いっそ…。

「敵がきたぞー!皆を起こせ!」

ある日の夜勤中、幻覚をよく見る入居者が、居室から飛び出して来た。戦時中、たくさん人を殺してきたという男性だ。

いつものようになだめて、隙を見ながら非常食だと、安定剤を口に入れる。

すぐに落ち着く事はあまりなく、大抵は興奮が収まらない。

男性の方が寿命が短いし、戦争経験者の認知症の男性も少なくなってきた。

こういう時、他の入居者は、耳が遠かったり、睡眠薬を飲んでいたりで、案外起きて来ないものだ。

起きた所で全員認知症。言いくるめてまた寝せるだけ…。

「これか…」私の黒い考えは決まった。

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数週間後、あの人と二人の夜勤。

明け方近く、朝食の簡単な準備が始まる。

彼女はいつも、入居者の対応を私に押し付け、調理に入る。

包丁を使う音が聞こえる。

「隊長。敵襲です。」例の入居者の耳元で、私は言った。カッと目を見開き、辺りを伺っている。上手いこと起きてくれたものだ。

失敗しても、次の機会が十分にあるためか、私は落ち着いていた。

台所に誘導すると、彼女が気付いて私に小言を言う。

「…ちょっと。ちゃんとやってよ!こっちに来させるなって、何度も言ってるでしょ!」

そんなのはお互い様なのに、クドクドと言う。他のスタッフにだったら言わないはずだ。

でも、もうこれで終わり。

彼女の手が止まっている。手袋をした手で包丁を取り上げ、間髪入れず刺す。刺す。刺す。

彼女は、何が起こっているのかわからないという表情のまま、崩れて行った。

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「他の入居者の部屋にいたんです。センサーマットのコールは鳴りましたが、すぐには行けなくて…。その内に悲鳴が。行った時にはもう、血まみれで倒れていました。」

私は、警察の事情聴取を受けていた。

あの後、包丁を入居者に握らせたのだが、予想外な事に、興奮して私に襲いかかってきた。

驚いたが、そこで激しく揉み合いになったのが上手く作用してくれたようで、痕跡が曖昧になったようだ。

実際私もケガをした。いくら高齢とはいえ、男の人の力には敵わない。

揉み合う内に、入居者が頭を打って放心状態になり、偶然私は助かった。

本来なら、血液の飛び方や足跡、彼女の抵抗の跡等、不自然な所があったのかもしれない。

でも、現場が検証不可能なほど荒れており、詳しくは調べられなかったらしい。

ともかく状況は、私に有利に進んだ。

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その後、認知症の入居者による、介護員の殺害と言うことで、一時期世間を賑わせたが、その内に別のニュースに塗り替えられていった。

殺人があった施設であっても、認知症を受け入れてくれる所はいつだって足りない為、入居者が減ることは無かった。スタッフも、入れ替わりはしたが、私を含め何人かは残った。

あの入居者は退去して警察病院へ。

家族はと言うと、平謝りに方々に謝罪し、かなり苦労したようだ。

後で考えれば杜撰な計画だったが、上手く運んでくれた。

本当は私が刺したのではと、陰口も聞こえてきたが、私は大きい態度を取るようになっていった。人を殺した事で、底辺の私にも、やはり何かが作用したのだろう。

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十数年後、同じ施設に勤め続けた私は、古株になって、我が物顔で仕事するようになっていた。

スタッフも、私には面と向かって反論出来ない。自然と入居者にもきつく当たるようになっていったが、上にはゴマをすり、上手く立ち回っている。

悪口は意に介さないし、その分仕返しもしている。相手は泣いても追い詰められても、私には逆らえないのだ。

辞めたい人は辞めればいい。弱い奴は仕事を続けていけないだけだ。

それに、誰かを力で威圧するのは気持ちがいい。この狭い箱に限っての事だけれど、私にとっては仕事のしやすい環境だった。

今日もスタッフを叱責した。何を言っても、うつむいてるだけの子で、いつもイライラする。入居者には娘のように思われているようだが、私にしてみれば、単にスタッフの中で一番若い女だから、可愛がられているだけだ。

この頃は、彼女を見るだけでイラッとする。

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ある日。彼女と二人の夜勤中、私は台所で朝食の準備をしていた。

そこで、徘徊している男性入居者を目にし、うんざりして声を掛けた。またか。

「○○さん。どうして部屋から出たの!」

「ああ。探してたんだ。あんたを…あんたを殺さないと…娘が苦しんでるんだ。」

「…え?」

その時、彼女がやってきた。

私は言った。「ちょっと!ちゃんとセンサーマットのコール聞いてたの?徘徊してたじゃない!台所には来させないでよ!」

「いえ。スイッチは切っておきました。

と言うより、私が来させたんです。…お父さん。この人だよ。押さえててくれる?」

「ああ。お前の為なら、何でもするよ。こいつか。こいつがお前を苦しめるんだな!」

入居者は、私を床に組み伏せた。

馬乗りになり、しっかり両手を押さえられ、逃げられない。跳ね返そうとするが、高齢者であっても男性の力には敵わない。

叫んでも誰も来ない。来た所で、認知症の入居者に、どう助けて貰うのか。

「私は、他の入居者の居室にいて、気付くのが遅れた事にしますから。

なるべく不自然じゃないようにしたかったんですけど、でも、これだけはやらないと。」

彼女は手袋をはめた手で包丁を持ち、膝を着いて頭側から私を覗き込むと、包丁を口に差し込んだ。口の中が切れ、血の味がする。

「_っ!お…えが…い!やめ…!」

「他の先輩に聞いたんですけど、昔、ここで入居者がスタッフを刺したって。

あれ、ホントは刺したの、あなたじゃないんですか?現場がメチャメチャで、証拠がうやむやになったそうですね。

それまで弱かったあなたが、それからずいぶん変わって、今みたいになったって。

ま、どっちでもいいんですけど。私の事、随分いじめてくれましたよね。」

「ごえんなさ…」

「あなたの声、ムカつくんですよね。二度と喋らないで下さい。」

そのまま、包丁を押し込み、私の喉を貫く。

「_!ごっ。ぐっ、がほっ。ごっ_」

声にならない声を上げる。苦しい。痛い。息が出来ない。ヒューヒューと、空気の漏れる音がする。

「人を見下す目も、同じようにしてやりたい所ですけど、バレないように殺すには、あんまり痛ぶるわけにもいかないんで。

お父さん。次は、ここを押さえてくれる?

生体反応がある内に、争った跡を付けないと」

「ああ。お前の言う通りにするよ。これで、お前は苦しまないんだな?」

「うん。取り敢えずは、この人さえいなければね。」

彼女の声が遠くなっていった。

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「はい。私が見たときにはもう…。入居者さんから、何とか包丁を取り上げて。後はもう、よく覚えていません。」

事情聴取は、割とあっけなく終わった。

あの人が、入居者にも酷い対応をしていたのは皆の知る所だし、包丁を見たのがきっかけで、襲いかかった可能性が高いとされた。

パワハラを受けていた私にも、当然疑いの目は向けられたが、現場の争った跡が滅茶苦茶だった事から、確証は得られなかったようだ。

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私は、仕事を続けている。

あれから、次から次へと、酷い人材がやって来た。

あの人がいなくなったからって、ストレスが無くなる事はないが、せっかく手を汚したのに、辞めるなんて勿体ない。

私はいつも考えている。同じ手は難しいだろう。他にも、あるはずだ。バレないで殺す方法。

犯罪者の七割は逮捕されていないというのは、何の話だったか。

私のように苦しんでいる人の話はよく聞く。

方法はきっとみつかる。

同じ考えの人と、協力してみようか。

どなたか、いらっしゃいませんか?

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ね、猫次郎 さん!あわわわ…。
むぅさんもそうですが、いつも作品を拝見している方からのコメント、大変恐縮でございます!
猫次郎さんの作品、いつも楽しみにしております。
家庭でも施設でも、介護の現場は過酷だと思います。イライラや報われない事が多く、予想外の自分の面を引き出してしまうのも、辛いだろうなぁと思います。

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@アンソニー さん、コメントありがとうございます。じわじわ怖さを感じて戴けて恐縮です。

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@むぅ さん、いつも作品拝見しております。コメントとても嬉しいです。
私は新参者で、むぅさんのコメントが初めてです。怖ポチやコメント頂くのは、嬉しいものですね!
パワハラは、誰にも可能性がありますよね。加害者であれ、被害者であれ。それが何かで逆転する事もあるし。
皆が、思いやりを持てたら良いのにと思いつつ、私も、そんなに人間が出来ておりません。
(^-^;)

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