21年05月怖話アワード受賞作品
中編6
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足一本の罰

「賽の河原」と呼ばれる場所は、全国に何ヶ所もあるそうですが、一番有名なのは青森の恐山だと思います。

賽の河原は、親より先に亡くなった子供達があちらの世界で、河原の石を積んで塔に見立て、親の為に功徳を積んでいるとされている場所です。

親より先に死ぬのは大罪とされ、罰を受けます。

朝と夜に六時間ずつ、手を血まみれにしながら積み続けるのですが、必ず鬼に崩されてしまい、終わることのない償いをしていると言います。

「一つ積んでは父の為。二つ積んでは母の為…」と言いながら積んでいるそうです。

不慮の事故で亡くなっても、自殺でも、親が都合で堕胎しても、子供は罰を受けるのだとか。

理不尽な話ですが、大体このように伝わっています。

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恐山は日本三大霊場の一つで、あちらとこちらの境のように言われています。

同時に観光スポットでもあり、多くの人がやってくるのですが、やはり独特な雰囲気がある場所です。

賽の河原には、石を積み上げたものが所々にあり、子供のおもちゃの風車が回っています。

元々は管理側が行っていたのかもしれませんが、子供を亡くした人達や、観光客の方達も、子供達を不憫に思って行っています。

中には良くない考えで、足蹴にして重ねた石を崩してしまう人もいるんだとか。

これは、石を崩した人の話です。

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その男は、友人何人かと観光で恐山にやってきました。

独特な雰囲気はありますが、何か面白い物があるわけでもありません。

心霊スポットでもあり、目的を持ってくる方もいますが、彼らはそういう事に興味はなく、ただ、話のネタにやってきただけです。

結構な敷地を歩く内に、飽きがきました。

賽の河原にやってきた時、その内の一人が、

「なぁ。あの石積んでるやつってさ、倒したらどうなんのかな」

と言い出しました。

「あれだろ。鬼が壊して、子供がまた初めから積み直すんじゃねぇの。」

「いや、ここでやったらって話だよ。」

「は?それはマズくね?」

「俺さ、ここの職員が積み直すと思うんだよね。やっぱ、あれないと雰囲気出ないっしょ。観光客も、あれをわかって来てるんだし。ここって田舎の貴重な収入源じゃん。

あの風車だって、入り口で売ってるし。

ビジネスだよ。明日には、石積んであるんじゃねぇのかなって。確かめてみね?」

時刻は閉場近くになっていました。

辺りに人はいませんし、この後の観光客が石積みをする事は無いでしょう。

賽の河原の石積みを崩す。

それは、お地蔵様を粗末に扱うようなものであり、心霊的なものを信じていなくても抵抗があります。

友人達もやろうとしません。

ただ男は、言った手前引っ込みが付かなくなり「皆ビビりだな。こんなのただの石だって」と、積み石を蹴り崩し初めました。

十カ所位の、目に付く積み石を崩し終えて蹴飛ばすと、ふと思いついて、河原を写真に収め「ご苦労さん」と言って、そこを後にしました。

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次の日、開場から少しして男はやって来ました。

「どんだけ積まれてんのかな。職員っても数少なそうだから、苦労したんじゃねぇの。」

彼は昨日と今日の比較写真を、SNSに上げようと思っていました。

タイトルは「マジお疲れ〰」でしょうか。

遠目からでも何となくわかりましたが、近くに行って拍子抜けしました。

石が、積まれていません。

「は?観光客無視な訳?」

誰もおらず、風車だけは風を受け、音を立てて回っています。

まぁいいやと写真に収め、車で待っている友達の所に戻ろうとした時、男は気を失いました。

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風車の音と誰かの声で気が付きました。

目を開けると、さっきまでいた賽の河原です。しかし、どこか雰囲気が違います。

(倒れたのか?何があって…どん位時間たったんだ)

聞き慣れない野太い声が言います。

「戻ってきた」「戻ってきた」

「人間だ」「人間だ」

掛け合いのように話しています。

見るとそれは、ボロボロの簡素な服を着た大柄の者達で、痩けた頬に、大きな目をしています。よくある伝承とは少し違いますが、それは鬼でした。

「お前石を積め」「石を積め」

「積め」「積め」

「そしたらワシらが壊す」「ワシらが壊す」

「早よう」「早よう」

鬼は、男に迫ります。

「わ、わかった!やるよ!やる!」

足元の石を積み始めますが、鬼達が目の前で首を振ります。

「お前の石はそれではない」「それは使えない」「自分のを使え」「ワシらが石に変えてやる」

鬼は、ノコギリのような物を差し出しました。けれどそれは、金属ではなく竹で出来ています。

昔、拷問や刑罰に使っていたとされているものです。

金属とは違い、竹で出来たノコギリは、対象をすぐに切ることは出来ません。

刃の部分がギザギザになっているのですが、なかなか切れない為に、何度も往復させて押し切るのです。

それで、人体を切って拷問したり、死罪人の首を少しずつ切って刑に処したという話があります。

「お前それで切れ」「お前が切れ」

鬼達が言います。

「足一本だ」「足一本」「石蹴った足を切れ」「早よう切れ」

「ひっ…」男は迫られて、太ももにノコギリをあてがいました。

(これは夢だ。切っても痛くないはずだ。夢だ。夢だ!)

「場所が違う」「下からだ」

鬼は、ノコギリを足の親指にあてがいます。

「こっちから」「ちょっとずつ」」「上に」「切って来い」「大きすぎても」「小さすぎても」「石にできない」「できなければ」

「できなければ」「一本切り終わるまで」

鬼達は声を合わせました

「やり直し」

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男は自分の足を切り続けています。

"繋がったままの自分の足を、足先から付け根まで少しずつ自分で切る"

という地獄の責め苦は終わりません。

切り落とした肉片の大きさが違うと、鬼が足を元通りにし、親指からやり直しです。

朝に6時間、夜に6時間。

それ以外の時間は何もせず、ただ、切断途中の足の激痛に晒されます。

痛みで気絶しても、血が流れ続けても死ぬことはありません。痛みで寝ることも出来ず、飢えと渇きで、ただただ苦しむのです。

男は、数え切れない程後悔しましたが、もう、考えることも出来なくなってきました。しかし、痛みや苦痛だけは感じます。

この地獄はいつ終わるのか。

ある時、男は足を一本切り終えました。

鬼が、男の足だった肉片や骨を石に変えます。それは他の石と違い、赤黒い色をしていました。

「さあ積め」「積め」

男はフラフラと石を積み始めました。

しかし、積み終えそうになると鬼が蹴散らしていきます。何度も何度も…

鬼に責め立てられるため、止めることは出来ません。

朝に6時間、夜に6時間。

血豆はとっくに破れ、指の感覚も無くなってきました。

それから幾らかの時間が過ぎ、男の周りに子供達がやってきました。

子供達は、男の足だった赤黒い石で石積みを始めます。

やはり鬼に蹴散らされますが、一人でやっていた時より、積み上げるのが早くなっています。

周りを見ると、他にも子供達がいて、血まみれの手で河原の石を積み上げています。

しかし、見回りの鬼に容易く崩され、また積む…

一方男の石は、いくつかに分けて 積みあがり、もうすぐ完成しそうです。

その時男は思いました。

(俺は、帰れるのかもしれない。でも、この子達は…)

「なぁ、お前たち。俺のはいい。向こうで一緒に積んでやるよ。」

「ううん。いいの。」「それよりね、お兄ちゃん。」

「…次は、足二本だから」

同時に、最後の一個が積み上がりました。

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カラカラと風車が回る音がして、男は目を開けました。自分が蹴散らした賽の河原に倒れています。

(戻ってきた…)

足も、血まみれだったはずの手も元通りになっています。

男は、声を上げて泣きました。

その後、様子を見にきた友人に連れられて入り口に戻った男は、風車を買って賽の河原に供え、友人達と石を積んで帰りました。

不思議な体験は信じて貰えなかったけれど、男はもう、罰当たりな行為はしなくなったそうです。

男が後で調べた所、賽の河原の伝承には諸説あり

"鬼が崩し続けて子供が永遠に報われない"

というのは、後付けの俗説という向きが強く

"子供達は菩薩に抱かれて、いずれ成仏する"

というのが本来の説のようでした。

現世から救いの手を述べる事は出来るのでしょうか。

せめて、不敬な行いはしないようにしたいものです。

Concrete
コメント怖い
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とても面白かったです!
アワード受賞おめでとうございます😊

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@arrieciaアリーシャ 様。コメントありがとうございます! アリーシャ様の作品も、いつも拝見しています。
身に余るお誉めの言葉に恐縮しておりますが、とても嬉しいです。ありがとうございました!

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五右衛門様、コメントありがとうございます。
倍返しをするサラリーマンの信条で
・正しいことを正しいと言える事
・組織と世間の常識が同じである事
・ひたむきで誠実に働いたものがきちんと評価される事

というのがありましたが、そういう世の中であって欲しいと思うし、自分もそうありたいと思います。

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文書改ざんさせられて、自死された公務員が居たね。
そん時の責任者達、とりわけトップの総理大臣だった奴とか
のうのうと今も政界で蠢いているよね。
竹の鋸で刻んでやりたい‥

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アンソニー様。コメントありがとうございます。正直者は報われ、罪を犯しても反省のチャンスがある世であって欲しいですね。

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むぅさん、コメントありがとうございます!

調べた所、善行も悪行も積んでいない、人生経験の少ない子供が、賽の河原に行くそうです。
12・13歳以降になると、閻魔様が、親を悲しませた以上の罪は無いか調べて、畜生道や飢餓地獄に落とすのだとか。

男性の方が寿命が短いし、賽の河原はおじさんで溢れているのではとか、社畜と言われていた方が、ひたすら石を積んで、会社より楽だと言っているのではと書き込んでいる方もいました。
誰も成仏出来ないとしたら、賽の河原も増築が必要で、鬼達が過剰労働で閻魔様に直訴してるかもしれませんね。
ストライキが起きたり、鬼の労働組合が出来たりして(^^)

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あんみつ姫様!!コメントありがとうございます!
作品いつも拝見しております!光栄です。
描写を生々しいと言って下さり嬉しいです。

仰っていた大河ドラマ、凄そうですね。
川谷拓三さんの演技となると、苦痛もリアルそうです。ゾゾゾッ。
人間は残酷で、恐ろしい刑罰や拷問を考えるものですね。

ちなみに恐山は、入場料を払えば、中の温泉に無料で入れるそうです。硫黄が強いので、3分から10分で上がった方が良いそうですが、良い湯だそうなので、機会があればゼヒ!

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