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中編3
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私は鮟鱇になりたい

私は今、息子の部屋のドアを一枚隔てた冷たい廊下の上で立ちあぐねている。

いや、実際には冷たいという感覚はない。

私の意識は、このドアの向こうにいる息子にだけ向けられているのだ。

私は早くここを開けて息子に真実を伝えなくてはならない。息子は勇気を振り絞って私たち家族に心の中の真実を打ち明けてくれた。

息子は自分は女なんだと打ち明けた。

そのせいで学校でイジメにあっている事も、小さい頃からずっとそれを自分一人で抱え込んで生きてきた事も。

全てをカミングアウトした息子を欺く事はできない。だから、私も息子に大事な事を伝えなくてはならない。

私は数ヶ月も前から会社には行っていない。リストラされた事はまだ家族の誰も知らないはずだ。

家族を悲しませたくない。そんな単純で身勝手な私の気持ちが決意を鈍らせ、ずっと言い出せずにいた。

お父さんは会社をクビになった。

だけどお父さんはまた頑張って新しい働き口を見つけるから心配するな。

と、正直にそう言えたなら良かった。

私を絶望から救えるのは家族だけなんだと気づいてさえいれば、私はあんな暗い場所で死ぬなんて選択をしなくてすんだはずなのだ。

私は息子の告白を聞いてようやく目が醒めた。

なんと自分がバカだったのかと思い知らされた。この先、ずっと家族を苦しめ続ける事になるなんて事を、微塵も考えつかなかった自分を本当に恥ずかしいと思った。

だから、私は本当の事をせめて息子にだけは伝えておかなくてはならない。このドアの向こうにいる息子には私と同じ道を歩ませてはならないからだ。

ドアを開けなくても見える。

息子はもう間もなくこの中で首を吊ろうとしている。早く止めなくてはならない。

今の息子を止められるのは私しかいない。

それなのに。

それなのに私は前に進む事が出来ないでいる。

四方八方から伸びてきた無数の手が私の体の至る部分を掴んでいるため、私は一ミリたりとも前に進む事が出来ないのだ。

こいつらに地獄へ引きづり落とされるその前に、私は息子にどうしても伝えたい。

生きてくれと。

死ぬ事はないと。

いずれくる死を待てば良いのだと。

死は知りたくもない真実を私に教えた。

腐ってずり落ちた私の下半身に群がる蝿の中に、偽物の蝿が混じっていた。

生きている人間には気付かれないくらいの小さな声で、まるで無人探査機のように蝿は何かと交信していた。

もがけばもがくほど、真っ黒で不気味な手は数を増やし、私の真上から降りかかってくる。

もはや、私を包み込んでしまった無数の手は、まるで地引網を引くように私の体をじわりじわりと後ろへ引っ張り始めた。

私はもう抵抗をやめた。

息子に奇跡が起こる事だけを祈って、私は私の今後について想いを馳せた。

私は蝿の声を聞いていたのだ。息子の心配だけでなく、自分の心配もしなくてはならない。

自殺した人間が次に行く場所は決まっているらしい。蝿が言っていた少ない言葉から察するに、恐らく深海。次に私が生まれ変わるのはたぶん深海に住む生き物だ。

人間だけでなく、それ以外の生き物の殆どがたどり着ける事のない深い深い海の底。

逆に日の目を見ようと無理に上がってこれば、たちまち気圧の差で目は飛び出し、舌も飛び出して絶命してしまう。

そんな寂しい場所で私は何万年くらい罪を償えば良いのだろうか?私は貝になりたいなんて事は思わない。

私はできれば鮟鱇になりたい。

深い暗闇の中で頭の先から仄かな灯りを灯す提灯鮟鱇になりたい。

理由は?

理由はたった一つだけ。

大事な事を伝えきれなかった息子を探すためだ。

Concrete
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あんみつお姉様、暖かいおコメントをベリーサンクスです。

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