中編6
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眠りを殺す物達

「だめだぁ。今日も眠れない…今は午前二時か‥不眠症ってやつかなあ。何日寝てないんだろう私。3日前に寝たような気もするけど、2時間位で目覚ましちゃったし…それ以降意識が途切れてないって事は寝てないって事だよ。どうしよう…前はちゃんと眠れていたのに‥いつからこんな風になっちゃったのかなあ。一ヶ月位前からかな?仕事は嫌だけど休む訳にはいかないし‥医者とか行く暇ないから色々ネットで調べて改善法試したけど効果ないし‥」

私は高校を卒業してからすぐ就職した社会人一年目。田舎から出てきてこの都会で一人暮らしをしている。今の時期に会社を休む訳にはいかないのだ。

「どうせ眠れないならコンビニに夜食でも買いに行くかな‥明日は会社休みだし‥日曜日だから医者なんかやってないけど。ああでも書類の処理しなきゃいけないから午後から会社行って‥あー考えるのやめやめ。コンビニ行こ‥」

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「へえ。こんな夜中に街出歩いた事なんか無かったけど、わりと雰囲気はいいじゃん。夜の闇の中、私の足音だけがこだまする‥なんて、こんな雰囲気も悪くないかも。ああでも不審者とか出たら怖いな。肉まん買えたしさっさと帰ろう‥」

「ちょっとそこの人」

「うわ出た不審者!今何時だと思ってるんですか警察呼びますよ!」

「ちょっと落ち着いてくださいよ。いきなり声かけたのは申し訳ないのですが、あなたも私と同じ悩みを抱えているのではないかと思っただけですよ。警察は勘弁してください」

「ああビックリした。すいませんとり乱して‥え?宗教の勧誘か何かですか?あいにく私にそんな余裕はないですし、お金目当てなら他をあたった方がいいですよ。貯金も全然ないし‥仕事は辛いし‥あーなんで休みに会社なんか‥」

「なんかめんどくさい人ですね。単刀直入に言いますけどあなた最近急に眠れなくなったのではないですか?」

「‥どうしてそれを?」

「詳しい事は少々長くなりますし、大きな声では言えないのでちょっとそこの公園に入りましょうか。あ、因みにあなたに危ない事は一切するつもりありませんよ。私も女ですし。逃げたくなったらそこのコンビニに駆け込めば人もいますからね」

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「私、彩っていいます。不眠症って辛いですよね。私もそうなんですよ。だからたまにこうやって夜中に外出するんです。どうせ眠れませんしね。あ、お酒飲みます?え未成年?いやあ大変そうな。まあ私は飲みますけど。お酒おいしいですよ」

「私は今日出歩いたのが始めてですが、昼間見出る景色とは全然違うんですよね。と言うか早く本題を」

「不眠症って色んな原因があるんですよね。ストレスとか。いや一口にストレスとか言われても困りますよね。改善の仕様がないじゃないですか。指摘されても会社の環境が良くなるわけじゃないし。どうすればいいんですかね。ところでツマミ食べます?イカの干物ですが」

「いりませんよ。ていうかそんな事は解ってます。ネットに書いてありますから。そんな話が続くなら帰ります」

「なんか怒ってます?まあいいや。ストレスってのは体の不調の原因になるわけですよ。不眠症ってのはつまり体の不調が原因って訳です。ところがね。あなたの不眠症の原因が体の不調では無いとしたら?あ、肉まん持ってますね。食べていいですよ」

「言ってることがよく解らないんですけど」

「【眠りを殺す物】って知ってます?」

「知りません」

「信じるか信じないかはあなた次第ですけど。そう呼ばれる存在がいるんですよ」

「何なんですかそれ。漫画の中に居そうですねそんなの」

「私はそいつに狙われてるんですよ。信じられませんよねそんな事言われても。まあ暇つぶしに聞いてください。そいつは人を喰うんです。生きるためとかそんなんじゃない。嗜好品として。酒のツマミ感覚で人を喰うんです。嫌になりますよねそんなんで食べられるなんて。あ、イカ無くなっちゃった。揚げせんべい食べます?これくらい味の濃いのがいいですよね」

「不眠症で頭がおかしくなったんですか?そんな存在が現実にいるとでも?」

「そいつは普通の人には見えないんですよねえ。でね。食われた方は昔の恐竜映画みたいに一口で喰われちまえばまだ楽になれるんですよ。でもそうじゃない。ほんと嫌な存在ですよ」

「その話続けるんですか」

「そいつは狩りをするんですよ。獲物を見つけるとそいつを精神的に弱らせる。具体的には眠れなくするんです。この不眠症により弱った人間を捕食するんですよ。眠れなくて苦しんでいる人間の様子を見て楽しんでいるんです。本当にたちの悪い…」

「たちの悪いのはあなたの作り話ですよね?」

「それなら良かったんですけどね。あ、お酒無くなっちゃった。2缶目…このストロングってお酒好きなんですよね。値段やすいし」

「あの、仮にその話が本当だとしたら、なんであなたはその話を知っているんですか?食べられた人はみんな死んでいるのに。誰から聞いたんですか?それともネットですか?」

「そいつから直接聞いたんですよ」

「え?」

「言ったでしょう?そいつは獲物の様子を見て楽しんでいると。最初は見てるだけ。だんだん近づいてきて、私にむかって話しかけて来るんですよ。普通の人間に混じってね。それで色々教えてくれるんです。まあこんな話をされてる時点でもう逃げられないんですけど。いわばそいつの「勝確宣言」みたいなものですね。意味わかります?んで、頃合いを見計らって捕食する」

「まさか‥それを私に教えるって事は、あなたがその眠りを殺す者なんですか?」

「あー私は違います。もう食べられてしまった被害者として、獲物にされてそうなあなたに声をかけたんですよ。獲物にされた人は見てわかるので。あ、もうせんべい無くなっちゃった。お酒もあと少しかぁ」

「食べられたって‥あなた死んでないじゃないですか」

「私食べられたら死ぬとは一言も言ってませんよ」

「え」

「骨折したことあります?あいつに食べられるとね。あれの10倍位ひっどい痛みが全身を巡るんですよ。それから自分が噛み砕かれてバラバラにされていく感じ。あーいっその事殺してくれって思いますよね。人間ってね。眠っていない様に感じても、生理現象として脳が勝手に眠ることがあるんですよ。あいつが現れるのはその瞬間。私が食べられ続ける悪夢の始まりです。だから私はそもそも眠りたくないんですよ。でもそれやると体は辛いし。脳が勝手に寝たらあいつに襲われる。目を覚ましたら体はなんともない。もっかい寝たら最初からまた悪夢の始まり。いやあ辛い話です本当に。あ、お酒も無くなりましたね」

「あの、そいつはどんな姿をしているんですか?」

「様々です。普通の人間に見えますし‥あでも食べるときはなんか黒いでっかいスライムに人の口と歯が一杯ついているようなきみの悪い見た目をしていました。どうか気をつけて。それじゃあ良い夜を」

「あの!最後に教えて下さい!そいつに狙われたって事はどうやったらわかるんですか?」

「普段の生活音に紛れて、どこかから何かがケタケタ笑うような声が聞こえてきたら‥あ、あと急に意識がなくなったり、記憶が飛ぶようになったら‥」

「ちょっと!またこんな所で!何やってんのよ!」

「え、あなた誰ですか?」

「彩がご迷惑をおかけしてすいません。私が責任を持って連れて帰りますから。あ、私は花といって、こいつの同棲相手です。この公園の近くに住んでるんですけど、全くこのおバカは‥」

「あの、その人眠れなくて困っているんですよね?」

「彩がそんな事言ったんですか?そりゃあ眠れないでしょうね。寝ぼけて眠りながらここに来たんでしょうから。寝ぼけてなんか呟いたんでしょう。ほら、今も寝てますし。最近ちょっと目を離すとこれなんだから‥夢遊病?てやつかしら」

「え」

「Zzz‥」

「どうもすみませんでした。それでは‥」

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「‥私疲れてんのかな。近いうちに無理してでも医者行こ‥ん‥?どっかから子供が笑ってる様な声が‥?」

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