『拝啓 おふくろ様
父さんの葬儀から、はや半年が経とうとしていますがお身体に変わりはないでしょうか。
季節も晩秋とあり、朝の寒さは骨身に堪えるものがありますね。どうぞ御自愛下さいませ。
父さんが亡くなった後のおふくろ様の気落ち振りは息子の自分から見ていても胸の詰まる思いでした。
しかし
実はおふくろ様には言えていないことがあります。
それは・・・あなたの倅(せがれ)ことわたくしには、実は・・幼少期より霊感があるのですが・・・
それをずっと隠していたのは、子供時分でも周りの大人達や友人に変な目で見られるのを畏れたのに他なりません。
いえ、別にその程度のことをわざわざ告白するために、この手紙をしたためたわけではありません。
なんと言いましょうか・・・
実は先月より、おふくろ様の元配偶者こと、わたくしの父さんの霊が、わたくしの家に御在宅なのです。
はい。おふくろ様の戸惑いと御怒りはわかります。なぜ父さんの霊が身近なところにいるのなら、おふくろ様にご連絡を差し上げなかったのか。
はい。ごもっともでございます。
しかし、これには事情がございまして・・・
それというのも、父さんが少々、いえ痛ましい程に乱心しているといいますか、
その乱心といいますのも・・・』
ここまで書いて俺は筆を止めた。
息子の俺とて、今の親父(霊)の現状を受け止められない。
ましてや、病弱な母にこのことを伝えられるはずがない。
・・・隣の部屋には親父の霊がいる。
しかもなにやら話し声が聴こえる。
だがそんなはずはない。
隣の部屋には親父の霊しかいないのだから。
新築の我が家に、他の霊がポンポンと現れて良いはずがない。
いや・・・違う・・・
いても良い。むしろ、いてくれてた方が良いのだ。
まだ親父が他の霊と話しているのなら、
どれほど俺は救われるか・・・
俺は書いている途中の手紙を一旦机の引き出しにしまい、椅子から立ち上がり、廊下に出て隣の部屋のドアの前に立った。
そして僅かな逡巡を置いて、そっとドアを開けた。
「父さん、いるかい?」
『あーん、もう君たちぃ♪えっちぃコメントが過ぎるぞお♪』
「・・・・・・」
・・・親父(霊)は、Vteberになっていた。
『あ、ごめーん♪宅配が来たみたいだから、ちょっと出てくるね♪』
マウスがひとりでにクリックされ、マイクは消音になった。
『・・・お前か。配信中は入るなと言っているだろうが。』
半透明の父が、威厳ありげに話しかけてくる。
Vteberすなわちバーチャルユーティーバーは、主にインターネットやメディアで活動する2DCGや3DCGで描画されたキャラクター(アバター)もしくはそれらを用いて動画投稿・生放送を行う配信者の総称である。
「やめてくれよ・・・幽霊にもなってネカマなんて」
『ネカマではない。バ美肉おじさんだ』
「じゃかしいよ!」
バ美肉、すなわちバーチャル美少女セルフ受肉は、美少女のアバターを纏い(受肉)、ボイスチェンジャーを使うか自身の発声方法を工夫するなどして発声を美少女に変えるか、または地声のままで、美少女の3Dモデル・イラスト等を使いバーチャルな美少女になることを指す。
なかでも成年男性が受肉した場合は、バ美肉おじさんというそうだ。
「母さんが今どういう状態か分かっているのかい?父さんに先立たれて、どれほど落ち込んでいるか!」
親父霊は眼鏡をクイッと中指で上げて、ふぅっと息を吐いた。
「お前に夫婦の情の機微がわかるものか。年端も行かぬガキめが。」
やれやれ若造が、という顔をしているが、頭のネコ耳とミニスカートで台無しである。
親父は霊体なので、自分の様相を好きに変えられる。イメージした格好に瞬時になれるのだ。また、声帯も思いのままらしく、ボイスチェンジャーを使わなくとも少女ボイスを自然に出せるのだ。
「たしかに俺はガキだよ。でも親父も目もあてられない姿じゃないか。」
論点ずらしということは分かっている。だがこの姿の父に道理を諭されるのは受け入れられない。
「・・私は三十数年間、堅実に働いてきた。職場では良き上司として、家に帰れば良き夫、父親として。
だか、なぜか心は満たされなかった。」
「・・・父さん・・」
「私は探したよ。日々の仕事に追われながらも、古今東西の名著や宗教を研究して、私の心が求めているものが何なのかを探した。
・・・だが、ついに見つかることはなかった。」
「・・・父さん・・」
「しかしだ倅よ。死ぬ間際に気付いたんだ。いったい私は何を欲していたのかを。何がしたかったのかを。
・・・・・・私は、美少女になってチヤホヤされたかったんだ!!」
「・・・父さん!?」
「私は死の間際、美少女になりたいと願った!
そして神の御加護か、その願いは叶った!
私は父親らしさ、夫らしさ、男らしさから開放されたんだ!!
私はもうむさ苦しい成人男性ではない・・
お色気美少女エクソシストのトゥエンちゃんなんだ!」
「そんな・・・」
思わずクラついてしまう。
いまの時代の流れがどうあれ、
実の父親の、この手の告白に目眩がしてしまうのは息子として仕方のないことだろう。
・・・なんとか昔の親父に戻ってもらいたい。
「だからって・・そ、それに、自分のファンの視聴者を騙すなんて許されないことだよ!!
彼らだって、トゥエンの中の人は可愛い女の子だと夢見てるはずじゃないか!!」
「・・・彼らは私がおっさんだと知っている・・」
「・・え!?」
「知っているんだよ、私のファンは。私がスネ毛の生えた小太りの中年男性であることをね。」
「なんだって!?」
俺は知らなかったが、キャラクターがかわいいなら中身がおじさんでもどうでもいい、という価値観がこの界隈にはあるらしい。むしろ美少女の見た目で魂がおっさんというギャップに惹かれるというのだから、闇が深い。
「・・・それに、私にはもう恋人がいる」
「もうおなかいっぱいだよ!」
「同じVteverのボヘミアンくんだ。屈強な漁師でな。陽射しで焼けた黒い肌がセクシーなんだ。」
「聞きたくない・・・もう、聞きたくないよ・・」
俺は頭をかかえて、うずくまる
「とにかく私はもう、妻子という『枷』から開放されたのだ」
「『枷』って言っちゃたよ・・」
「ちなみにボヘミアンくんなんだがな・・」
「もうやめてくれ!もうたくさんだ!」
「ふん、自分が認められないものは拒絶するだけか。だからお前はいつまでも子供なのだ。
理解できないならば出て行け!私のサンクチュアリから出て行け!」
「俺の家だよ!」
俺は親父の暴言に心を痛め、部屋を飛び出してしまった。
バタンッと扉を閉め、廊下で放心していると部屋の中から
「君たちぃ♪おまたせぇ♪変なことなんかしてないよぉ!そんなエッチぃこと言ってると、君たちに聖水ぶっかけて読経しちゃうぞ♡」
・・きっつい・・・あの親父はもうだめだ。
早くなんとかしないと。
このままでは、親父はいずれアンチとの不毛な争いで悪霊化しかねない。
そのときは近所の住職を呼んで親父を除霊してもらおう。
「住職vs闇堕ち美少女エクソシスト(中年男性)」というエラーが発生しそうな構図になるが致し方ないだろう。
だが、いざその場にいるのが俺だけというのも心細い。
心苦しいが、おふくろ様に全てを洗いざらい記載した手紙を送ってしまおう。
なにかしら良い方向に事態が転ずるかもしれない。
・・こうして俺は親父(霊)にまつわる全てを手紙に書いた。
俺が実は霊能者だったこと(もはや些末なこと)
父さんが霊になって俺の前に現れたこと。
父さんが美少女エクソシストのトゥエンになって、ファンのおっさんたちと楽しくやっていること。
同じVteverのボヘミアンと恋仲であること。
・・そして親父は俺に黙っていたが、既に動画が収益化しており、振り込み先が実はおふくろ様の口座であることも・・
私の告発書を郵送して、5日後
おふくろ様から返信の手紙が届いた。
内容は以下の通り
「前略 倅(せがれ)君
都会での暮らしはどうかしら
身体を壊さないよう、十分に注意してね
お盆休みも仕事とのことだから、母さんの方からそちらのお家にお邪魔してもいいかしら
もし招いてもらえるのなら、母さん嬉しいです
追伸
わたしが ボヘミアンよ」
・・・俺はそっと手紙を封筒に戻して、天井に目をむけて、一言つぶやいた。
「これが地獄か・・」
作者退会会員
この話はフィクションであり、登場する企業等は架空のものです。