中編6
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“美しいから大丈夫”

Aとは大学時代、2年の時に同じ授業を受けていて仲良くなった。別の学部ではあったけれど趣味は似ていて、ついでにお互い一人暮らしだったこともあってすぐに家を行き来して泊まるようになった。

次の日の朝の授業が被る日なんかは大体どっちかの家に泊まっていたのだけれど、比較的Aの家の方が大学に近いから、泊まるといえばAの家!って感じだった。

 ……が、何度か部屋に行き来していると、Aの奇妙な行動に気がついた。非常にささやかながら、奇妙な行動。

 さてここでちょっと“部屋の間取り”的なのものを頭に思い浮かべてほしい。

Aの部屋の間取りというのは“玄関を開けて、靴脱いで、廊下を通って、ドア開けて、部屋に入る”ような、一人暮らしする人にとっては物凄く一般的な間取りになっている。

Aの奇妙な行動というのは

“廊下と部屋を隔てるドアを開けた時に、廊下と部屋の境い目のちょうどドアの木枠の部分を見上げて立ち止まる”

という、何とも不思議な行動で。

僕も目の前で立ち止まられたら一緒に立ち止まるしかないし、つられて上を見るけど何もない。虫1匹いない上に木枠にもシミひとつない。

 「なにみてるの?」

 「いや何もない、ごめん!」

こういうやり取りを何度も繰り返した。

何を見てるんだろうとは思ったけれど、僕の目視で何も見えないし、まぁ犬とか猫もたまに何もない空中を見て止まる事もあるし、そもAもだいぶ不思議な人物ではあったから、そういう事もあるなぁと思ってその時は深く考えないままにしていた。

 そんなとある日の事である。

僕はいつも通りにAの部屋に遊びに行って、その日はAよりも先に歩いてドアを開け廊下から部屋に進んだ。

クイッ、と。

僕の髪が、上向きに引っ張られた感じがしたのだ。何かにつままれたような。

“もしかしてこれのせいじゃね!?!”

僕は何となく理解した。

Aは普段からこういう事があって、それで上を見てたのでは?と。

でも確証なかったし気のせいかもしれないというのもあって、この事は一回限りの不思議体験として僕の心の中に仕舞い込むことにした。

したのだけれど、これ以降、廊下と部屋の境目で髪を上に引っ張られるような気がする瞬間というのが頻繁に起きるようになった。

 やっぱり、廊下と部屋の間のドア開けたところ、境目の上のとこに何かがある、のだ。

一度気になったら、もう聞いてみるしかないと思って。とりあえずAに聞く事にした。

「あのドアのとこ」

「あ、言わなくていいよ。美しいから大丈夫だと思う」

Aが僕の言葉を遮った。

Aはもう何かあるとわかっていたらしい。

そして“大丈夫”と言った。僕からすると何が大丈夫なのか全くわからない。というか“美しい”って言った。

……こいつ確実に何か見てる。

けれどもこれ以上何か言って明確に“〜みたいなのがおるよ!”とか言われたら怖いし、住んでるAが大丈夫ならまぁ、と思って、

「……そっかー!」

僕は追求するのをやめた。

 この一件の後、別にそれで仲が悪くなったりとか、遊びに行かなくなったりとかそういう風にはならなかった。普通にお互いの仲は良好だし、なんかちょっと変な事があるといっても髪を引かれるくらいなら目を瞑れる程度のものだったし、僕の中でなんとなく“まぁいっか”の気持ちが固まっていた。

 さてそれから数ヶ月後。

試験期間を挟んでちょっとお互い泊まりで遊ぶ機会が減っていた。もちろん2人して日中は遊んではいたのだけれど、外食して解散して各々ちょっと真面目にレポート書いたり作品作ったりとかそういう事に時間を取っていた。

 で、試験があらかた終わって最初の金曜に久しぶりにAが今日泊まりにくる?と聞いてきたから、大学終わってそのまま直行でAの部屋に遊びに行くという事になった。

……試験期間明け久しぶりにAの部屋。玄関を開けると、だいぶおかしな光景が広がっていた。

廊下と部屋を隔てるドアが開いていて、その境目に椅子が置かれている。

「…………あの椅子なに?」

「あーごめん!片付け忘れた!」

 嫌な想像が2通りくらい頭をよぎった。

Aが言うには“美しいもの”があるらしい。そこから考えられるパターン。

一つ目。“1人の時間、美しいものを延々あの椅子に座って眺めている”

二つ目。“美しいものをもっとよく見たい、か、触れたいか、どっちかの理由であの椅子に登ってそれを見ているか、触れに行ってる”

想像したらゾワッとしたし、黙って放っておけるような状況ではないような気がした。

「あのさ、やっぱりあのドアの境目のとこの話、何があるか聞きたいんだけど」

「あー……。美しいから大丈夫だと思うんだけど聞く……?」

「聞く!!」

一瞬だけ、んー…、と考えたAが言う。

「あそこに顔があるんだけど、美しいから大丈夫なんだと思っててー」

「なんて!!?!!!?!?!!」

僕は全力でツッコミをいれた。

想像以上に大変なものがそこにはあった。

……必死に説明してくれたけどフワフワした感じの目立つAの話をまとめるとこうである。

“あの境目のところに超絶美しい顔が浮いてる”

“もうめちゃくちゃ美しいから大丈夫だと思う”

“悪い感じはしないけど、たまに髪を咥えてくる”

“すんごい綺麗で美しいすぎる、絶対大丈夫なやつ”

“最近はそこに椅子置いて顔のデッサンしてる”

“もうとにかく美しくてヤバい”

僕の感想としては顔もヤバいけど許容してるAもやばい。

「いやでもマジで美しいから大丈夫なんだ。髪の毛咥えて引っ張っていたずらしてくるだけ!」

 …………稀な話。

ごく稀に、事故物件に住んでたりする人が、心霊現象まみれの日々を送っていたりするらしい。そういう場所の住民はおかしな出来事に慣れすぎて「あっ、うち勝手にドアとか戸棚開いたりするし急に電気消えたりするけど気にしないでね〜!」と、外から聞けばとんでもない事を当たり前のように言い出したりするとか聞く。

Aの発言がまさにそれだった。

「あ、せや、あの顔デッサンしたやつ見る?」

「いや、見ない」

言葉を詰まらせている僕に、Aが平然と聞いてきたので、もう即答で断った。

「まじ美しいから大丈夫なんだって……」

「住んでるのAだし大丈夫ならいいと思う……」

 この部屋に住んでるのはAだし、なんやかんや言っても“髪を引っ張る”だけの存在だし、Aが良いというなら、いいか……って事で僕はもう深く考えない事にした。

この後、僕らは別に仲が悪くなる事もなく仲のいいまま、お互いの家でゲームしたりDVD見たりする関係のまま卒業まで大学生活を駆け抜けた。

Aは卒業するまでこの部屋に住んでいたわけだけれど、結局、あの日以降も美しい顔には特に変化もなかったと聞いている。

 唯一、この日以降に変化があったといえば僕である。僕はてっきり“髪の毛をつまんで引っ張られてる”とか思い込んでいたから、Aから“髪を咥えて引っ張ってるんだよ”と教えられてしまったら怖すぎた。

なので、この日以降は僕はその顔があるであろう場所はちょっと姿勢を低くして通るようになった。

 Aとは未だに仲がいい。

(ちなみに昨日LINEしたら明日は夕飯食べにいこーぜって事になった)

この部屋の顔の話は未だに話題に上る時があって、引っ越した後はあの部屋の顔はどうなったんだろうね?あの顔どうなったかな?とよく話す。

最終的には“美しいから大丈夫じゃね?”で話は締め括られる。どこか不安な気持ちが残らなくもない。けど。

“美しいから大丈夫”なのだ。たぶん。

Concrete
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