これは茜さんが小学生の頃の記憶だ。
いつもの通り小学校から帰宅すると、玄関のドアが少し空いていた。
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いつもならば玄関のドアはもちろん閉まっている。
鍵もかかっていて、チャイムを鳴らせば母が出迎えに来てくれた。
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この日は違った。
母が出迎えてくれる気配はなく、しんと静まり返っている。
茜さんは不思議に思いながらも靴を脱いで母がいるはずであろう居間へ向かった。
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玄関を抜けて居間へ向かう。
小走りに廊下の角を曲がった所で茜さんの顔面が何かにぶつかった。
「わ!?」
それが見慣れた母親のつま先であることにすぐに茜さんは気がついて、思わず上を見上げた。
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青いジーンズ、ベージュ色に花柄の見慣れたエプロンを身につけた身体、首の辺りにぐるりぐるりと巻かれた見慣れない縄。
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顔は真っ赤に腫れたように赤く舌がでろりと口から垂れ下がっていた。
それは紛れもなく母だった。
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「…………――――!!!!!!」
確か、母だと認識した瞬間に絶叫した。
意識を飛ばしたのか、そこから先の記憶は全くない。
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「目が覚めたら居間にいたんです」
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――――バタン!
という扉か何かが勢いよく閉まるような音で茜さんは目を覚ました。
目が覚めると同時に先程見た物を鮮明に思い出し、勢いよくもがくように起き上がる。
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「茜!?どうしたの?!!」
キッチンから、心配そうな母の声がしたのだという。
どうやら先程の“バタン”は冷蔵庫を閉めた音らしい。
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茜さんが声の方を見ると、カウンター越しに驚いた母が茜さんを見ていた。
見た事もない母の死に顔と、今そこにいる母のいつもの優しい顔が重なった。
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恐怖と安心感がいっぺんに押し寄せて涙が溢れて、茜さんは走って行って母に泣きついて暫くの間「怖い夢を見た」と泣いた。
「茜は怖がりなんだから」
母のいつも通りの優しい声がした。
今日の夕飯は大好きな卵焼きを作ってあげるからね、と。
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「でも、本当に怖かったのはその後。
自分の部屋にランドセルを起きに行ったら、まだそこにお母さん、ぶら下がってたんです。怖くなって走って居間に戻ったら、ちゃんとお母さんがそこにいて。わけわかんなくて……」
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あの日以来、茜さんの母は2人に増えた。
1人は今も健在で、1人は今も首を吊り続けている。
作者怪談夢屋