短編2
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祈り

鹿原さんの家は熱心な仏教徒で仏間に大きな銅の仏像がある。

父はおらず祖父母と母と自分の4人暮らし、それと愛猫が1匹、仏像が1体。

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そんな家に育った鹿原さんだが子供ながらに仏に祈ったところで願いなど叶わない事を理解していた。

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何故なら家に不幸や困り事があるたび仏様に向かい祖父母と母が念仏を唱えていたが、特にその祈りが通じたと思える奇跡は起こらなかったからだ。

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仏の不在を痛感したのは中学生の頃、愛猫のミィが病に臥した時である。

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鹿原さんは泣き縋り仏様に祈ったがミィは呆気なく逝ってしまった。その時に“仏などいない”と強く感じた。

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そんな仏に何故こうも熱心に祈るのか納得ができず、この頃から仏教に熱心な家族と心の中で一線を引いた。

嫌いになったわけではないが、仏に祈るなど弱い人間が縋るもの欲しさに祈っているだけだ、と少し見下す気持ちもあった。

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時は経ち鹿原さんは23歳の社会人になった。

その頃、寝たきりの祖母と、認知症で気性が荒くなり暴力を振るうようになった祖父の介護が母の肩に重くのしかかり家庭環境が悪化した。

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鹿原さんは黙って耐え忍んだが、祖父母が不在の間に母が仏像に愚痴とも暴言ともつかない言葉を念仏と共に投げかけているのを見てとうとう心の限界が来てしまった。

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母の言いつけで仏様にご飯と水をあげに行った時、鈍くてらてらと光る銅の仏像の柔和な微笑を見て黒い感情が渦巻いた。

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毎日祈りを捧げているのにこの有様は何?

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祖母は寝たきり、祖父は暴力を振るう、母は毎日泣いて苦しんでる……。

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くだらない!仏が本当にいるのならもっと静かに穏やかに暮らせるようにしてみろよ!

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鹿原さんの心の中に憎悪と憤怒の気持ちが渦巻いた。

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湧き上がる怒りに任せ仏像の横顔を平手で叩きつけると〈パァン!〉とまるで生身の人の頬を打ったような破裂音と手のひらに吸い付く柔らかい肌の感触がした。

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呆気に取られた鹿原さんだが怖くなりすぐ仏間から逃げ出した。

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それから間もなく。

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祖母の容態が悪化し亡くなった。

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葬儀から数日しないうちに祖父は認知症が進み、何を話しかけても理解せず曖昧な微笑みを浮かべるだけの生き人形のようになってしまった。

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母は心労が祟り慢性的な鬱状態から一日中はらはらと涙を流していたが、とある日、鹿原さんが仕事から帰宅すると居間の梁からぶら下がっていた。

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今、鹿原さんは仏のように微笑むだけの祖父と共に、仏像のあるこの家で静かに穏やかな生活を送っている。

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