長編8
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祓えない恐怖心

 この体験を怖い話と言っていいかはやや微妙なところがある。

 というのも、種が割れているところがあるからだ。

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 朱雀門出氏の怪談で「オーグリーンは死にました」というものがあるが、それに近い。

 詳しくは「怪談のシーハナ聞かせてよ」の第一回の朱雀門氏の怪談と

Amazon Kindleで配信されている「オーグリーンは死にました孝」という実話怪談集を見てもらえるとわかりやすい。

 かいつまんで言えば子供のころに見たとある特撮番組の不気味な描写がトラウマとなっている人物がいるのだが、いくら調べてもそのエピソードが存在した形跡がない……

 だが、詳しく調べたり思い出したりしていくと、どうやら子供のころに見たとある事件の報道のイメージが特撮番組とオーバーラッピングして記憶されているらしい、というような話である。

 電子書籍「オーグリーンは死にました孝」の中で朱雀門氏は「怪談の種が分かったとして、面白さが失われるわけでは無い」と言った。どうしてそうなったのか、どうして怪談となったのかを考える過程は意味がある、と。

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 であるならば。僕の身に起きた、種の割れている恐怖体験にしても、僕の感じた恐怖が失われるわけでは無い。怖い話としてこのサイトに投稿することも許されると思っておこう。

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 僕が小学生の頃の話である。

 そのころ、インターネットで怪談や都市伝説についての個人ウェブサイトや掲示板を覗くのが趣味だった。

 当時はYouTubeは今ほど盛り上がっていなかったし、各種SNSも充実していなかった。情報を集めるとなると個人サイトか掲示板ということになる。

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 特に興味を惹かれたのが封印作品についての解説である。

 封印作品というのは、様々な要因によって放送やソフト化が見送られた作品のことである。この手の作品について、現在でこそ各種書籍や動画などで取り上げられることが多かったが、

当時においては安藤健二氏の『封印作品の謎』が出版されて間もなかった。

 おそらくだが、この書籍に触発されて作られたサイトであったように思う。

 いかんせん、古いウェブサイトである。当時のことを思い出そうと検索して探したりしているのだが、検索に引っ掛からない。

 論旨としては主にウルトラセブン12話の封印の是非についてと『コンクリート』というコンクリート詰め殺人事件に題材をとった映画の公開の是非についてを絡めて論じたサイトだったと思う。『コンクリート』の公開が2004年ということだから、時期も符合する。

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 ウルトラセブン12話が封印作品であるということは多くの人が知っているし、封印の経緯も今更語ることも無いだろう。

 当時と違って動画サイトも充実している。少し探せば実際の動画を視ることだって不可能ではない。知らないという方がいれば一度見ていただきたい。

 別段、内容がことさらに怖いとか恐怖をあおるというわけでも無い。ウルトラシリーズにはもっと怪談じみた話や不気味な回はやまほどある。

 それにくらべれば、むしろまっとうな社会派SFな内容と言える。

 『封印された』という事実がこの作品を特別視させているような感じもある。実のところ、言うほどの回ではないのだ。

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 しかし、その『封印された』という事実こそがこの作品を不気味なものにしているともいえる。

 

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 この作品に登場するスペル星人だが、そのデザインは白い身体に黒い釣り目という不気味なデザインだった。

 なんでも被曝によるケロイドをモチーフにしているらしい。

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 このデザインにしても、ウルトラシリーズを見渡せばもっと不気味な宇宙人や怪獣・超獣などいくらでもいる。

 ……しかしながら、それらとスペル星人を分ける線が一つある。

 スペル星人はキャラクター化されていないがために、彼らにまとわりつく恐怖とか不気味さとかそういうものを解けなくなっているということだ。

 例えば同じウルトラセブンでもバド星人という不気味なデザインの宇宙人がいる。本編もそれなりに不気味な存在だ。

 だが、彼は後続のシリーズに登場し、個体名とセリフを持ったキャラクターとして扱われている。ただの不気味な宇宙人としては扱われない。

 例えばウルトラマンに出てくるダダ。あれもトラウマもののデザインだが、これも後続作品によく登場し、時にはコメディリリーフのように扱われることもある。

 それどころかバラエティ番組に出てくることだってある。これもやはり、キャラクター化された存在だ。

 怪異というのはキャラクター化された時点で恐怖を失う、と思う。

 ウルトラ怪獣に限らず、例えば貞子などは加耶子と戦ったり始球式に参加したりするようになったことで、その恐怖性を剥奪されている。

 しかし。スペル星人はそうではないのだ。

 彼が最新作に登場してウルトラマンと敵対したり、あるいは仲間になったりすることはない。バラエティ番組に登場して笑いを取ることも無い。

 円谷プロはウルトラセブン12話について、永久欠番という扱いをしている。ソフト化しないし、二度と扱わない、ということである。

 つまりスペル星人は、SF怪奇ドラマに登場した不気味な宇宙人のまま固定されることを意味している。しかも、封印されたという曰くを残したまま。

 

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 コンクリート詰め殺人事件とそれを題材にした映画『コンクリート』についても、やはりここで文字を割く必要はないだろう。

 事件の詳細な経過、および映画に巻き起こった論争についてはWikipediaに書かれている情報で事足りる。残虐かつ猟奇的な事件であるため閲覧するのは精神に余裕がある時にしておく方がいい、という程度のことは言えるが。

 映画についても劇場公開に際して論争は起こっているが、こちらは封印作品とはなっておらず、ソフト化もされている。

 実際のところ、『コンクリート』の方は僕の体験には直接のかかわりはない。ただ間接的には関わっているといえる。

 つまり、僕のなかでスペル星人とこの凄惨な事件はセットで記憶されているのだ。

 ウルトラセブン12話に登場するおどろおどろしい不気味なデザインの白い宇宙人。

 女子高生コンクリート詰め殺人事件という、凄惨で猟奇的で残酷な事件の経過。

 僕が見たウェブサイトは、このふたつを並行して解説した。

 もちろん、内容を混雑させる意図はなかったはずだ。表現の自由を論旨とした文章であったと思う。決して事件と封印された特撮を混同させる意図があったはずではない。

 ……しかし、僕の中ではこのふたつが分かちがたく結びついてしまっている。

 凄惨な事件の解説によって生まれたおぞましい感情、そして不気味な白い宇宙人の姿がオーバーラッピングしてしまっている。

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 さて、これだけなら幼少期のトラウマである。

 しかし、これに付随した怪奇現象というか、奇妙な事件がひとつだけ、自分の身に起きていた。

 僕はこの封印作品についてのウェブサイトを夜中に見ていた。

 両親が飲み会で帰ってこない日に一人で、夜遅くまで延々と眺め続けていた。

 そういうこともあってか、僕はパソコンの前で寝落ちしてしまった。

 目が覚めたのは午前3時頃。

 さすがに身体のあちこちが凝って、疲労が全身に蟠っていた。

 翌日も学校があったし、自分の部屋の布団で眠らねば……そう思って、自分の部屋へと向かった。

 部屋には窓はひとつある。

 僕の部屋はマンションの廊下沿いの一室にあり、窓からは廊下の様子が見える。

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 僕が眠ろうと部屋に入ると……その窓に、白い人影があった。

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 ぽつんと、そこにいるのが当たり前かのように白い人影がいた。

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 彼は僕の姿を認めるや、その顔をべったりと窓にこすりつてきた。

 白い顔。黒い、釣り目の瞳。ケロイドのようなのっぺりとした肉質の身体。

 僕は恐ろしくなって、急いで布団の中に入り込む。

 気づかれないように。気づいていないかのように。反応してはいけない、と思った。早く眠ってしまわなければならないと思った。

 しかし、恐怖と興奮で寝付けない。

 悶々としながら布団を振りかぶって……気が付けば朝になっていた。

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 当然のことだが、翌日、窓を見ても人影などは残っていなかった。

 何か後のようなものが付いてる形跡もない。

 いや、そもそものところ、特撮番組に登場する宇宙人である。架空の存在である。

 結局僕の理性は、あれを夢を見たのだ、と結論付けた。そう納得することが容易だった。

 これが例えば幽霊とかグレイタイプの宇宙人とか、あるいはカシマさんみたいな怪異とか、架空の存在であっても貞子みたいなアイコニックな存在であればもう少し取り乱したのだろうが、ウルトラシリーズに登場する宇宙人となるとそうもいかない。

 もちろん、もう少し怖い解釈をすることも可能ではあるかもしれない。

 例えば本当に変質者が窓越しにべったりと顔を付けていた……となれば、それは相応に怖い話である。

 だが、僕の部屋についていた窓ガラスは磨りガラスであり、どんなに顔を引っ付けてもあんなにはっきりと顔が現れるはずがないのだ。

 あるいは……そういう白い顔をした幽霊とか怪異がやってきていて、それがたまたまスペル星人に似ていたとか。

 ただ、そうなるとややこしすぎる。あれは僕がスペル星人の幻覚を見たと考える方が自然だろう。

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 僕の理性は、そう結論付けてている。僕はそれで納得もしている。そう解釈するのが自然だからだ。

 しかし、僕の恐怖心はそうでもない。

 僕はいまだに、窓を見ると恐怖を覚える。そこに白い人影が……あのケロイドまみれの黒目の怪物が立っていやしないかと、警戒してしまう。

 時折は夢すらみる。スペル星人が僕のことを、夜通し窓から覗き込もうとするのを神の視点で眺める夢である。

 ネットでスペル星人を検索すると青空の中直立するスペル星人のスチール写真が出てくる。それを見るといまだに心臓が飛び跳ねる。

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 余談なのだが。

 今の僕の寝室は、あの頃に近い間取りの、廊下に面した部屋なのである。廊下に面した窓がある。しかも当時と違って透明な、はっきりと外が見えるタイプの窓だ。

 これを書きあげたら眠らなきゃならないのだが、部屋に戻るとスペル星人がいやしないか、そんな恐怖がぬぐえない。

 余人からすると馬鹿馬鹿しいだろうが、どんなに理性的に解釈したところで、祓えない恐怖というものあるということなのだろう。

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