中編5
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都市伝説オフ会で

ある友人が熱を出した。

急に全身を差すような寒気が出て、熱を測ったら39度を超えていたらしい。

二晩ほど寝込んだが、幸いなことにすぐに平熱に戻った。

本来であればPCR検査を受けて、コロナであるかどうかを調べる必要があるのだが、病院はどこも予約がいっぱい。一部薬局でも検査しているらしいのだが、それも予約待ちであるという。

しばらくしたら検査キットを購入して自分で調べてみようと思っているらしい。

そんな話を電話越しにされた。

僕は「そうするのがいいよ」と無難な同意しかできない。

「しかし、ワクチンも打ったのに災難だったな」

彼がワクチンを打ったという話はずいぶん前に聞いていた。

だから、まさか……とは思っていたのだが、打ったからと言って確実ではないらしい。

僕がそのように納得していると、友人は僕の発言を聞いて「ああ……それな」と煮え切らない雰囲気の返事をした。

「まさか実は打ってなかったとか?」

「……いや、打ってはいたよ。その、なんというのかな……多分きっかけになった出来事があって……そこでワクチンの話も少ししてたから」

彼の説明はますます煮え切らない。

僕は何があったのか、と尋ねた。

「この間、まだ蔓延防止措置が出る直前くらいの話なんだけどさ。都市伝説の集まりに行ったんだけど」

そこで彼は、ちょっとした奇妙なシチュエーションに置かれてしまったらしい。

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彼が集まった都市伝説の集まり、というのはいわゆるオフ会であった。

10名でカフェに集まり、様々な都市伝説を題材に語り合うのだという。

「このご時世に行くのも軽率かな、とは思ったけどさ。応募したのは新規感染者数10人とかそのくらいの時期だったし、それに蔓延防止措置が出たらおいそれと遊びに行けなくなると思ったから」

少し遊びに行くくらい良いだろう、と彼は思ったらしい。

会場となったのは都内のカフェ。

炭コーヒーが名物であるらしい。ほかにもたまごサンドイッチなどのメニューが充実していた。また換気もよくされていて、総じて感じのいいカフェであったという。

参加者が集まり、カフェ会は始まった。

集まった人々もみな、感じのいい人物ばかりであったという。

初参加が4人、常連が6人という比率であったらしいが、常連も初参加も分け隔てなく会話を楽しんだ。

会話のネタとなるのは古今東西の都市伝説たちであった。

地球平面説、9.11陰謀論、3.11の原因を地震兵器とする説、イルミナティやフリーメイソン、八咫烏といった秘密結社について……

友人はそれらについて、あくまで『フィクション』というスタンスで語った。

周囲の人物たちも、そういう語り口で会話に参加する彼を排除せずに受け入れていたらしい。

ネタは膨大である。あっという間に時間は過ぎ去った。

半分くらいが初めましての人だったので、ところどころ会話が止まる場面もあったらしいのだが、主催者はその度に話題を誰かに降ってくれたので、気まずくなるということは無かった。

宴も竹縄となり、参加者同士が連絡先を交換しあったり、主催者が今後の催し物について案内などを語り始める。

「しかし、今後どうなるかわかりませんね」

主催者がそう漏らした。

友人は「このご時世ですからね」と相槌を打つ。

「そうなんですよね……居酒屋とかカフェは軒並み閉まっちゃうし。開こうにも開けません」

「そういえばある飲食店でワクチン証明書が見せないと入れなくするっていう話があるって聞きましたよ」

発言したのは参加者の女性だった。

「横暴ですよね、それだったら私なんて入れないじゃないですか。ますます厳しい世の中になってきましたね」

友人は思わず「へ?」と声を出してしまった。

先述の通り、友人はワクチンを職域接種で受けていた。世論的にも接種することが主流派である……と彼は認識していたので、面食らったらしい。

さすがにそれは、と引いていると、他の参加者が話題に喰いついた。

「自分はまだ回避できてますけどね……会社からの追及がどんどん強くなってきてて」

「僕は粘れるだけ粘ろうと思いますよ。半強制的に摂取させるだなんて、どう考えても国家がよからぬことを企んでる証拠ですよ」

「大変ですねー。その点わたしはフリーランスですから」

「いいなー。俺なんかワクチン拒否してたら会社首にされましたから」

「とんでもない話じゃないですか!許せないですね」

「会社はそれが原因じゃないって言い張ってましたけど、圧力があったに違いありませんよ」

周囲の人物たちの語りはどんどんヒートアップしていった。

友人はその中で、愛想笑いを浮かべることしかできない。

……もしかすると、ワクチン接種をしている自分の方が間違っているのではないか?

そんな気持ちにすらなってくる。

周囲のワクチンに対する怒りや国家への憤りを語る参加者たち。

彼らの姿は……とても、楽しそうに見えた。

「それで」

主催者の人物が会話を打ち切る。

彼の視線は、友人に向いていた。

「あなたは?」

周りの視線が一気に友人に集まった。

その瞬間、まるで自分だけが仲間外れにされたような、疎外感を覚えたという。

友人はしばし考えて、正直に「打っちゃいました」と答えた。

「会社から強制されて……」

「えっ!?」

「マジか。許せないっすね」

「大丈夫ですか?どこか痛くなってたりしません?」

参加者たちはあくまで友人のことを心配してくれているようだった。

角を立たせるのも嫌だったので「まぁ、実験台になったと思うしかないっすね」と、どちらともとれる苦笑いでその場を乗り切ったという。

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友人が言うには、おそらくその場で感染したのではないか、ということだった。

会場となったカフェでクラスターが起きたというニュースは届いていない。

また、その都市伝説会はオミクロン株が猛威を振るう中でも開かれているらしい。

「そこにはもう行かない方がいいんじゃない?」

「でもさ、参加者はみんな親切な人ばかりだったし、そもそも俺の熱とあの会が関係あるとは言い切れないし……」

彼の言う通りではある。確かなことは何一つ言えない。

都市伝説会の参加者の多くが反ワクチン論者であったとしても、それが彼の熱と関係があるかは分からない。そもそも、彼の熱がコロナウィルスに起因するものであるかどうかも分からない。

だが、僕に相談したのは、彼自身がどこか疑いを持っているからではないか。

いずれにせよ、彼は検査キットを購入して検査するということだった。

そして、もし陰性だったら、また例の会に行きたいと思っているらしい。

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初めまして、当然同じ価値観だと思ってた側の人が、実は違う、といきなり分かるのはドキッとしますよね

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